第299話 情報交換①
王宮客室。アンジェリカとクレアの部屋には、現在リディーナがその二人の護衛についており、ゴルブとラルフも同部屋を訪れていた。
「やっぱり直らないわよね~」
テーブルに置かれた
「こりゃもうダメだ。しかし、高純度の魔銀を溶断するなんて、一体どれほどの熱量だ? 剣のことより
折れた剣の修復は基本的には不可能だ。剣をつなぎ合わせるために熱を加えれば炭素鋼の組成が変わり、元の強度に戻すことはできない。この世界でも剣の強度を上げるために、元となる素材に関わらず鋼も加えられており、折れた剣が修復できないのは常識だった。折れた剣を見るまでも無くそれを分かっていたゴルブだったが、細剣の特徴と製作者が気になり手に取っただけに過ぎなかった。
「分かるの?」
「当たりめーだ。ワシを誰だと思っとるんだ」
「勇者にやられて死にそうだったお爺ちゃん、ってぐらいしか知らないけど?」
「うぐ……。まあいい、とにかくコイツはもう修復出来ねぇ。いいか? 剣ってのはどんなモンであれ、見た目の形だけなら元に戻せるが、折れた箇所の強度はどんな鍛冶師にも元には戻せねぇ。剣ってのは折れたら終わりだ。まあ、
「……」
「どうした?」
「……ゲンマ爺はもういないの。二人のお弟子さんも一緒に『勇者』の一人に殺されたわ」
「なん……だと?」
「殺した『勇者』はまだ生きてる。……仕留められなかったわ」
リディーナはメルギドで起こったことをゴルブに話した。
「そうか……。ゲンマの師匠とワシは古くから付き合いがあってな。ゲンマが若い頃に少し教えてたこともある。そうか……勇者に殺られたのか……」
ゴルブは細剣をテーブルに置き、酒瓶を手に取ってジョッキに注いだ。献杯するよう軽くジョッキを掲げ、一気に呷った。
「ふぅー……。いくつになっても知り合いが逝くのは堪えるな」
「そうね」
リディーナも冒険者として長年活動してきた。特に親しい者を作らなかったリディーナではあったが、それでも冒険者である以上、知り合いの死はそれなりに多く経験している。ゲンマもそれ以上に多くの知人や友人を亡くしてきた。だが、冒険者として現役である以上、悲しみに囚われたままでは次に死ぬのは自分だ。それが分かっている二人はすぐさま気持ちを切り替えようと、心の中で気持ちに折り合いをつける。
「あのー……リディーナの姐さん、すいません、俺はそろそろマネーベルに戻ろうかと思うんですが」
暗い雰囲気の中、ラルフが話題を切り替えようと口を開いた。
「ん? ああ、そうなの? 今までありがとね。色々助かったわ」
「いえいえ、俺の方こそ色々お世話になりました。一応、レイの旦那が戻るのを待ってから出発したいと思います」
「ラルフ、お前さんがいなかったらワシは死んでた。後で何か武具でも見繕ってやるから部屋に来てくれ。命の恩人にそんなことぐらいしか礼は出来んが勘弁してくれ」
「いやいやいや、そんな、俺はそんな大したことしてませんよ! 命を救ったのはレイの旦那の方ですよ!」
「あ奴には後でちゃんと礼はするつもりだ。だが、お前さんがいなかったら間違いなく死んでただろう。そう謙遜しないで礼を受け取ってくれ」
「は、はい。分かりました。では有難く頂戴します」
ラルフにとって今回の経験は貴重な体験だった。一般的に知られていない「S等級」の冒険者と行動を共にする機会など滅多にない。自分のパーティーに戻ればメンバー全員が羨む経験だった。
しかし、この時ラルフは知らなかった。『大地のゴルブ』、S認定を受けた理由はその武具職人としての腕にあるということに。後にラルフは、礼を受け取ることを全力で断れば良かったと後悔することになる。……渇いた笑みを浮かべる上司と共に。
「じゃあ、マネーベルに戻るんならついでにコレをお願いしようかしら」
「え?」
リディーナはテーブルに置いてあった折れた細剣をラルフに渡す。
「メルギドにコレを持っていってお爺ちゃん達に同じの作って貰って欲しいのよね。勿論、報酬はちゃんと払うわよ?」
「は、はあ……」
「おい、嬢ちゃん、そいつはゲンマが作ったモンだろう? いくら
「え? だってこれと同じよ? 作れるでしょ?」
そう言ってリディーナは『龍角細剣』を取り出す。
「ちょっと見せてもらっていいか?」
取り出された細剣を見たゴルブの目の色が変わる。手に取って鞘から抜いた透明な刀身を見た瞬間、大きく目を見開いた。
「間違いねぇ。こいつぁ『龍』の角、それも『古龍』のだ。それに強い火属性。まさか……こんな素材一体どこで……。しかもこの刀身の仕上げはソド家の秘伝だ。ソドの印もある。この細さでこれが出来るのは当主のニコラぐらいしか思い当たらんが……」
「ああ、それなら作ったのはお爺ちゃん本人よ? さっきは見ただけでゲンマ爺が作ったって分かったのになんでそんな難しい顔してるのよ?」
「バカ言うな。ゲンマのように独立した鍛冶師とソド家一門じゃ規模が違う。ソド家は剣の鍛冶師をまとめる大家だ。一門に認められたモノには一律にソド家の印が刻まれてるが、その中で剣の良し悪しはともかく、誰が作ったまでかは判別なんぞできん。それに、代表のニコラはもう何十年も作ってねぇはずだ。まさかと疑うのは当然だ。ニコラが一から剣を打つなんて相当なことだぞ? まあ、ワシには及ばんけど。だが、さっきの魔銀の細剣と重さも含めて他人が作った剣と全く同形にして、これ程の剣を打てるなんてヤツしかいねぇか。ワシもできるけど。てっきり老いぼれてもう剣は打てないと思ってたがやるじゃねぇか。ワシはまだ現役だけど。しかしよくもまあ、こんな極上の素材が手に入ったもんだ」
「ちょいちょい自分をアゲるのイラっとするけどまあいいわ。……素材はあの火山にいた『古龍』のだけど?」
「なにぃぃぃ!!!」
「ちょっと、いきなり大声出さないでよ! 吃驚するじゃない!」
「すまねぇ。それよりあの火山の『
「回収? 龍なら討伐したわよ? レイが単独で」
リディーナの発言に、アンジェリカとラルフが飲んでいた紅茶を一斉に噴き出した。
「ちょっ、何してんのよアンタ達!」
「うっ、ごほっ、い、いやしかし……」
「そ、そうですよ。『古龍』を単独討伐って……」
「一人でか? 『女神の使徒』ってのはバケモンだな……」
「私とイヴもレイと一緒にあの場にいたけど、何も出来ないどころか足手纏いだったわ」
「あ、あの、姐さん、マリガンの旦那はそのことご存じで?」
ラルフが恐る恐るリディーナに尋ねる。
「マリガン? メルギドのお爺ちゃん達以外に話してないし、知らないと思うわよ」
「えっ! 話してないんですか? 『
興奮したラルフがリディーナに詰め寄る。『龍殺し』は『竜』より上の存在といわれる『龍』を討伐した者に与えられる称号だ。そこらの亜竜ではそう簡単に認められない。だが、過去の勇者だけがそれを実際に成し遂げ、伝説として語り継がれている。大陸に住む誰もが子供の頃に聞かされ、一度は夢見て憧れる称号。それを報告もせず、誰にも話していないことがラルフには理解し難かった。
「アンタ何言ってんのよ。レイの使命を知ってんでしょ? でも、仮に女神様からの使命が無かったとしても、レイは称号なんて興味無いわよ。「S等級」の認定だって国を跨いで動きやすくなるから貰ったようなものだし、「S等級」の特権が無ければ、「C等級」で十分だって言ってたのよ? ……言っておくけど、このことあんまりベラベラ話したらレイに何されるか知らないわよ?」
「うっ! そ、そうでした……。でも姉さんから話しておいてそりゃないですよ……」
「何か言った?」
「いや、なんでもないです」
(やばい、これ以上ここにいたら聞いたら拙いことが嫌でも耳に入ってきちまう……。くぅう……胃が……)
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