第297話 事後③

「とりあえず、何か着るモノ無いか?」


 上気してレイを見つめるリディーナに、レイが自身の体を見ながら言う。レイは現在何も着ておらず、裸にシーツを巻いてる状態だ。今まで着ていた服はサイズが合う訳も無く、辺りを見回しても着替えらしきモノもなかった。


「え? 服着ちゃうの?」

「着てしまわれるのか?」


「何バカ言ってんだ。当たり前だろ! 裸のまま動けるか!」


「動くって、どこ行くの?」


「魔導船だ。船体の損傷具合を調べたいのと、使えるモノはなるべく回収しておきたい」


「それならワシも同行させてもらえんか? 何か役立てるかもしれん」


 魔導船を見に行くと聞いてゴルブが同行を願い出るが、レイは難色を示す。


「悪いが、あの船にあった兵器は『勇者』を始末すること以外に使う気は無いし、不要なモノは破棄するつもりだ。興味本位なら首を突っ込むのは止めとけ。それに、俺は爺さんのことはよく知らない。意味分かるよな?」


「それは十分承知してる。信用しろと言っても信用できんだろ。だが、二百年前『魔王』討伐に『勇者』と共に参加した者の一人として、古代兵器の危険性は分かってるつもりだ。その上でワシの知識と技術をお主に役立てて欲しい」


「……? 二百年前のことと古代兵器に何の関係がある?」


「当時の『勇者』の半数が古代兵器、『古代魔導具アーティファクト』によって殺られとる。中には未だに原因が不明なモノもある。ワシはそれ以来、『古代魔導具』の研究をずっとしていた」


「え? ちょっと待って下さい。それっておかしくないですか?『勇者伝説』で死んだ人なんていないですよね?」


 ゴルブの発言にハインが突っ込んでくる。


「人族の国で伝わってるお伽話ではそうなってるな。だが、実際は当時召喚された『勇者』は十二名おって、最終的に生き残ったのは四名だけだ。それ以外にも大勢の仲間が亡くなってるが、ワシら従者だった者の多くは亜人種だったこともあって、人族の物語には犠牲者のことは記されてはおらん」


「えーーー、そうなんすか? なんかちょっと酷いっすね」


「当時は今ほど人間社会に亜人種はおらんかったし、差別は今よりもっと酷かった。人族にとって見栄えのよくない部分は物語から削られたんだろう。そのことに関してワシらも気にしちゃおらんかったし、修正しろなんてバカ言う奴もいなかったしな」


「じゃあ、俺らがガキの頃から聞かせられてた話は嘘だったってことっすか……」


「全くの嘘ってわけじゃねぇ。だが、さっきの話の続きじゃねーが、勇者を殺せる古代兵器の存在や、危険な遺跡の存在なんかは当時の勇者達とワシらは秘匿すると決めて口外しとらん。所々足りない話を人族の都合のいいように脚色された物語だってだけだ。それに二百年の間に随分端折られた部分も多い。誰も当時のことを真剣に研究しとるヤツなんておらんし、問題にしとらんからな。世代交代が早い人族の歴史が、事実とかけ離れたものになっていくのは仕方ねぇこった」


 手にした酒瓶をグビリと呷りながらゴルブはハイン達、王国側の人間に向けて言う。



「じゃあ、古代兵器をイジってみたいって理由じゃないんだな?」


 レイとしては、出来れば魔導船の修復をしたかったが、自分には無理なのは分かっていた。ゴルブがどの程度の知識や技術があるかは分からなかったが、修理できたとしても、信用できない人間に頼むくらいなら破壊した方がマシだった。レイはゴルブとの会話でその見極めをすることにした。


「まったく興味が無ぇと言ったら嘘になるが、危険なモノかどうかを調べて、破壊、もしくは封印するのはワシの責務だと思っとる」


「冒険者ギルドの本部に古代語の書物が集められてるのもその一環か?」


「そのとおりだ。だがそれは『勇者』の遺言でもある。この世界で再び戦争が起こらないよう、その火種となるような兵器や遺跡の封印も冒険者ギルド設立の背景の一つだ。まあ、勿論、そのことは公表してねぇがな」



「なんか、知られざる歴史の裏を垣間見たって感じっすねぇ〜」


 ハインが飄々とした態度で呟く。


「おい、そこの若いの、勘違いするなよ?」


レイがベッドの上からハインに鋭い視線を向ける。


「わ、若いの? いや、あんたの方が――」


「この場にいる人間に今までのことを話したのは、女神が排除を決めた危険な『勇者』が国や組織を利用するのをなるべく防ぎたいからだ。権力者と結託されたら始末する人数が増えて面倒だからな。今回は謀反を起こした側に『勇者』がいたからそんなのん気な態度でいられるだろうが、『勇者』だったジョウナオキをお前らが囲ってたなら、今頃はそこの王様も含めてお前も死んでたぞ?」


「え?」


「俺は『勇者』の暗殺に邪魔な者は、全て排除していいと女神から許可を得ている。もし、城内に『勇者』が暮らしてたら、暗殺に邪魔な人間は全員殺してたってことだ」


 女神とのやり取りにそんな許可など無かったが、勇者暗殺の依頼に、条件など細かい制約は定められていない。暗殺が済めば世界征服でも何でもしていいと言った女神の言葉を、レイは敢えて拡大解釈して、ラーク王国側の人間への口止めと、楔を打ち込むことに利用する。


「いくら何でも俺達近衛がそう簡単に――」


(もう少し釘を刺しとくか……)


 いつの間にかベッドの上にいたレイの姿は消えており、ハインの背中に黒刀の鞘が押し付けられた。


「うっ」


「勿論、無関係な者を殺すのは本意じゃないが、それを気にして遠慮するつもりも無い。半分は始末したとはいえ、残りはまだ十六人もいるんだ。一々遠慮なんかしてる暇は無い。ここでの話が俺にとって邪魔な方向へ拡散すればすぐにでもこうして始末しに来てやる」


「ッ!」


 ハインは背中の感触を受けて、微動だにできなかった。近衛騎士団の中でもロダスに次ぐ実力を自負していたハインだったが、目の前に座っていたはずの子供を見失ったばかりか、全く気付かぬまま一瞬で背後を取られたことに戦慄する。


 レイ達『レイブンクロー』の面々以外は、その光景に誰もが息を呑む。唯一、ロダスだけが、ハインの背後にレイが現れた瞬間にその手が剣に触れていたが、その表情は険しい。同じことを王にされてたら守れなかったと即座に判断したからだ。


「レ、レイ様、我々は絶対にここでの話を口外しないことを誓います。その上でお伺いしたいのですが、我々が今後お役に立てることはありますでしょうか?」


 ラーク王が、恐る恐るレイに尋ねる。


「別に何もしなくていい。『勇者』共に俺達の存在は知られたくない、それさえ覚えてくれてれば援助も協力もいらない」


「し、しかし、レイ様にはこの国を救っていただいた大恩が御座います。国として何もしないというのは……。勿論、この身はレイ様に捧げ――」


「いらん。あの魔導船に関することだけ口出ししなけりゃそれでいい」


「そ、そんな……」


 …

 ……

 ………


 ブルルルル~ スピ~ ブルルルル~ スピ~  


 ぐほっ


「起きろブラン」


『うっ ごほっ あ、アニキ、おはようございます』


(だらしない格好に思わず蹴っちまったが、コイツ本当に馬なのか? どんどん人間臭くなってるな……)


 ラーク王達との話を終えたレイは、城内の中庭に来ていた。庭の中央で大の字になって寝ていたブランを蹴り起こしたレイは、一緒に来ていたイヴに目配せする。


「お前に贈り物だ。ゴルブの爺さんが作ってくれたそうだ」


 イヴが持っていたのはブラン専用の馬具一式と、額を覆うような頭部の甲冑だ。ブランの特徴的な一本角がこれによって装飾のように見える仕様になっている。これはレイが眠っていた間、城内にあった材料を使用して、イヴに頼まれてゴルブが作成した物だった。


『えー オイラ別にいらないんスけど……』


 嫌そうな顔をして、馬具を見るブラン。


「これが無いと、一緒に街に入れませんよ? それに、これを着ければ、レイ様にも乗って頂けるでしょうし……」


『オイラ着ける!』


「……」


 イヴの子供をあやすような言い様に、ブランはあっさり着けることを了承した。



「じゃあ、外に出るぞ」


『うひょ~ アニキ、乗ってくれるんスか! やったー!』


「イヴも一緒だ。だが、街に出たら喋るなよ? ただでさえ目立つんだ。その上、喋る馬だなんて知られたら一気に有名になっちまうからな」


『り、了解っす!』

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