第296話 事後②

 「「「魔導船?」」」 


 「上空にあった黒い物体のことだ。郊外の森に墜落したのは確認したが、爆発して粉微塵になった訳じゃ無い。船体と中にある物資を含めた全てを貰う」


 魔導船に関して、森へ墜落したことはラーク王国側も把握はしているが、王都の混乱もまだ終息しておらず、調査する程の余裕も今はない為、周囲の立ち入りだけ禁じて未だに放置していた。


 しかし、その巨大な『古代魔導具アーティファクト』とも言える危険な遺物をそのままにしておけるはずもなく、また、此度の反乱で使用された兵器があの船からもたらされた物ということもあり、他国の人間に所有権を認めることは出来い。


 ……と、少なくともテスラー宰相はそう思っていた。


 「承知しました。それではあの船に関してはレイ様に一任致します」


 「へ? へ、陛下? 何を仰られているのですか? あのような危険なモノ、即刻破壊せねばなりません! いくら国を救った者とは言え、どこの馬の骨とも知れぬ子供に与えるなどと……」


 ラーク王の発言にテスラーが慌ててそれを諫める。いくら王や他国の貴族がレイを『女神の使徒』と言おうが、テスラーは未だに半信半疑だ。なんせ目の前にいるのは十歳に満たない子供だ。話し方は尊大で内容に関しても凡そ子供とは思えないが、得体の知れない人間であることには間違いないのだ。それに、ラーク王が様付けで呼んでることに関しても、テスラーは気を揉んでいた。


 「テスラー宰相、心配には及ばん。レイ様は私の伴侶としてこの国の人間になって頂く」


 「「「はい?」」」


 一同が呆気に取られる中、当のラーク王は、頬を染めてレイをチラチラ見ている。


 「ちょっ、な、何言ってんのよっ! アンタ、バカじゃないの? そんなことさせるわけないでしょ!」


 「勿論、リディーナ殿が実質の正妻で構わない。世間的にはレイ様の側室扱いということにさせて頂くが、私は二番で良い」


 ラーク王国で女王はローレンが初であるが、王配に側室など前代未聞だ。そのようなことを認める訳にはいかないが、そもそも貴族でもない子供を伴侶として迎えるといった王の発言に、テスラーは空いた口が塞がらない。



 「落ち着け、リディーナ。俺が他の女と結婚なんかするわけないだろ。王様も落ち着けよ。第一、こんな身体で結婚もクソもあるか」


 呆れるようにして自分の体に目を落とすレイ。しかしながら、その整った容姿に透き通った灰色グレーの瞳、ツヤのある漆黒の長い髪は、神秘的な美しさを醸し出していた。この場にいる女性陣のみならず、男性から見ても目を引く容姿だ。まさに神が創造したと言われてもおかしくないが、それが事実なのだから質が悪い。


 「そ、そうよね! というか、なんでそんな姿になっちゃったのよ?」


 「私はそのままのお姿でも一向に構いませんが?」


 「アンタはちょっと黙ってなさい!」


 「貴様っ! さっきから聞いてれば陛下に向かってなんて口の利き方だっ! 他種族だからと言って、無礼は許されんぞ!」


 リディーナとラーク王のやり取りにテスラーが我慢できずに口を挟む。


 「リディーナ様は、エルフ国『エタリシオン』の第三王女殿下で在らせられます。貴方こそ無礼ですよ?」


 イブがテスラーに突っ込む。


 「「「えっ?」」」


 リディーナの正体を知らない者達が一斉にその視線をリディーナに向ける。自国の王と遜色ない類まれなる美貌を持つエルフ。王族や貴族と言われても納得の高貴な雰囲気も漂わせ、加えてレイとの逢瀬を重ねた所為か、その身体は艶のある色香を放っており、同性であっても見惚れる美しさだ。


 「ちょっとイヴ、余計な事言わないでちょうだい!」


 「申し訳ありません」


 「イヴ殿と言ったか? 其方もレイ様の第三夫人として――」



 「黙れ」



 レイの一喝するような一言で場が静まる。


 「俺の体に関しては、コイツに聞くしかない」


 そう言ってレイは、『魔刃メルギド』を取り出して目の前に置いた。


 「おい、クヅリ。説明しろ」



 『……怒りんせんか?』



 「「「剣が喋ったっ!」」」


 「『意志ある武器インテリジェンスウェポン』か……。こいつは盲点だった。武器に意思が宿ってるなら、作った本人達がどうイジっても負の性質を変えられなかった理由も納得できる。まったくとんでもねぇ代物だ」

 

 クヅリが喋ったことに、ゴルブが一人納得していた。今は大分顔色も優れ、片手には酒瓶が握られている。


 「そいつはゲンマんトコに死蔵されてたはずだ。他のシリーズもだが、よくもまあ、こんな危ねぇモンを使っていられると思っていたが、武具に気に入られてるなら納得だ」


 『二百年も閉じ込められてたら考えも変わりんす』


 「いいから、話せ。何をした? 『黒のシリーズ』が四つ揃って、封印をもう一段階解くって話だったが、前に話してた内容と大分違うだろ。お前以外の武具も消えたままだしな」


 『……封印を解くというより、緩めたというのが正しいでありんす。完全に解けば、レイはこの世にはいられないでありんす。高次元の存在はこの世に存在するだけでも膨大な「エネルギー」を消費しんす。わっちは、武具から『龍』の因子を抽出してその「力」を補完しんした 。それでも足りずに、レイの肉体から「力」を消費して今の姿がありんす 。まあ、鍵は閉じたまんまでありんすから 、そのうち元に戻ると思いんす 』


 「女神がリミッターを設けてたってことか……。いつ頃戻りそうだ?」


 レイは、己の手を見ながら呟く。魔力は元に戻ってるが、筋力などは子供のそれだ。身体強化を施しても当面は今までの様に刀は振れそうも無かった。


 『魔素があるところなら自然と元に戻りんす。ただ、いつ頃かは分かりんせん』


 「魔力回復の際、余剰分が肉体に還元する感じか? なら『魔の森』みたいな魔素の濃い場所なら回復も速そうだな」


 『そうだと思いんす』


 部屋にいる殆どの者は、話についていけなかった。リディーナとラーク王だけが、魔導船内でレイの天使状態とも言える姿を見ている。あのような神々しい姿を見た二人にとっては、膨大なエネルギーが必要ということにも何となくだが想像がついた。


 レイにしても、当時はまさにチートと呼べる状態だった。王の傷を癒した再生魔法も、複雑なイメージは必要無く、願った事象が瞬時に体現できたのだ。ただし、そのまま立っているだけでも凄まじく消費する何かを感じていて、長くは持たないとも思っていた。


 「と、とりあえず、元に戻るんなら一安心……よね?」


 「まあな」


 リディーナが心配そうにレイに寄り添う。本音を言えば、元の大人の姿に早く戻って欲しい反面、ここ三日間のお世話で、まるで自分とレイの子供のような気がして、母性を強烈に刺激されていたリディーナは、今すぐにでもレイを連れてどこか遠くへ行ってしまいたかった。


 それは、ラーク王も同じだった。レイの天使のような姿に魅了されたラーク王は、その圧倒的な存在感と、自分が救われたこともあり、崇拝にも近い恋慕の情を抱いていた。その当人が今は可愛らしい子供の姿であり、否応も無く母性を刺激されていた。


 ((は~ん、やっぱり胸がキュンキュンしちゃう)) 

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