第283話 古代兵装の脅威

 「毒を放て」



 「は? え?」


 ウォルトの指示に、ゴードンは耳を疑った。


 「通路に毒を放てと言った。できるだろう?」


 「は、はい。いや、し、しかし通路には騎士達が……」


 「構わん、やれ」



 「……し、承知しました」


 ゴードンは躊躇いながらも制御盤に手を伸ばす。この階層の通路には、騎士六人が指揮所を守る為に配置についている。侵入者を殺すと同時に、同じ通路にいる騎士達も犠牲になるのだ。


 ラーク王を痛めつけて黙らせろと命令を受けた騎士も。王を殴る手を止めてゴードンを見ていた。


 「おい、手が止まっておるぞ?」


 「は、はっ!」


 侵入者を殺す為とは言え、長年仕えてきた臣下を切り捨てるウォルトに、やるせない気持ちの側近の騎士。しかし、王都と王宮にて、侵入者の男を仕留め損なったのは自分達だ。ここでウォルトに意見しても、ならお前が何とかしろと言われるのは目に見えている。側近の騎士は今までの戦闘を見て、あの侵入者に勝てる見込みが全く無かった。のこのこ出向いて殺されるのは目に見えている。犬死するくらいなら、ウォルトの命令に従う方が何倍もマシだと思い直す。


 己のみじめな気持ちを誤魔化すように、側近の騎士はラーク王への殴打を再開した。


 ラーク王は苦痛に声を上げることも無く、何度殴られても騎士を睨み続けていた。お前の拳など痛くもなんともない、そう侮るような目つきが癇に触れたのか、騎士は殴る力を徐々に強めていった。


 王の顔が見る見る腫れ上がり、鼻は折れ、歯が欠ける。血塗れになった王を見て、ウォルトがようやく余裕を取りもどす。


 「クックックッ、良い様だな、ラーク王。さっきの偉そうな態度はどうした? 所詮は女よ。女は黙って男を喜ばせてればよいのだ。元は美しかったとは言え、その醜い顔では身体と血統にしか価値はないのだ。顔などいくら殴られても変わらんだろ? 女の癖に悲鳴一つ上げないのはご立派だが、侵入者を始末したら次は本格的に壊してやろう。なに、私の娼館で調教されれば、どんな高貴な女でもすぐに雌豚のように股を開くようになる。楽しみに待っていろ」


 「ぎ ざ……ま……」


 「おいゴードン、さっさとやれ」


 「……は、はい」


 ゴードンは、通路の空気を遮断し、ボタンを押す。ウォルトは毒だと言ったが、毒ガスのような化学兵器を船内に散布する設備は船には無い。火災発生時の消火用ガス、二酸化炭素のことをホルコムが過大に解釈して翻訳したのだ。しかし、高濃度の二酸化炭素を人が吸えば、数秒で死に至るのは変わらない。


 …

 ……

 ………


 階段を降り、下の階層に入ったレイとリディーナは、通路奥に陣取った騎士達と対峙していた。


 六人の騎士の内三人は、先程の騎士が持っていた透明の大盾を前衛で構え、後衛の三人はそれぞれ異なる武器を手にしていた。


 騎士達が手にする見慣れぬ武器より、レイとリディーナが気になったのは、騎士達の纏う鎧だ。今までの騎士達が来ていた銀色の鎧と異なるそれは、ウェットスーツのようなピタリとした黒いシルエットに、骨の様な黒鉄色のフレームが組み込まれていた。


 (強化外骨格パワードスーツかっ!)


 強化外骨格は、兵士の防御力と身体能力を大幅に向上させることに加え、それ以外にも様々な機能を盛り込み、無敵の兵装を目指した軍用パワードスーツだ。目的の性能の一部はすでに実現されており、更なる性能向上を目指して今も地球では研究開発が行われている。


 六人の騎士が隊列を組んだまま、レイ達に向かって走り出す。そのスピードは、レイの予想を上回る速さで、急速に距離を詰めてきた。


 ―『雷撃』―


 リディーナが咄嗟に『雷撃』の魔法を放つも、前衛の騎士が構える盾の手前で弾かれるように電撃が散る。


 それを見たレイが、すぐさま銃を撃つも、透明の大盾に弾かれた。あの盾が、手榴弾の爆発と破片に傷一つつかなかったことはレイにも分かっている。六発の弾丸を騎士達の上半身に向けて連射し、薬室に弾を一発残したまま、素早く弾倉を交換する。


 ニヤリと笑みを浮かべて尚も接近してくる騎士達。盾を高く構え、隙が出来た騎士達の足元に狙いを変え、レイは銃弾を撃ち込む。


 コォン


 まるで硬質なゴムに弾かれるようにして、足に撃った銃弾が弾かれる。騎士達の纏うスーツに貫通はおろか、撃ち込んだ衝撃すら通じなかった。


 「ちっ」


 レイは、舌打ちしながら銃を仕舞い、黒刀を抜く。リディーナも魔法が通じなかったことで、既に『龍角細剣』を抜き構えていた。


 大盾を押し出すように前衛の騎士が二人に接近し、それに合わせるようにレイとリディーナは剣を振るう。


 レイの黒刀『魔刃メルギド』は大盾ごと騎士を上下に分断したものの、今まで豆腐を斬るような感触は無く、分厚いゴムを無理矢理叩き切るような抵抗に驚く。


 (マジかよ、黒刀ですんなり斬れないモノは初めてだ。「龍」以上だ!)



 一方のリディーナは、『龍角細剣』の刺突を放ち、大盾は貫通させたが、騎士のスーツは貫けなかった。


 「くっ!」


 リディーナはすかさずもう一方の手で魔銀製の細剣を抜き、目出し帽のように露出していた騎士の目を突き、脳に達するまで剣を刺し入れる。


 崩れ落ちる騎士の背後から、後衛の騎士が真っ赤になった戦斧をリディーナの真上から振り下ろす。リディーナは殺した前衛の騎士を足蹴にして二つの細剣を引き抜き、剣を交差して戦斧を受け止めた。


 「ッ!」


 尋常ではない騎士のパワーに、リディーナは膝を折って戦斧の衝撃をなんとか受け止めるも、魔銀製の細剣が戦斧の帯びた熱に耐えきれずに溶断された。リディーナはその威力に目を見開き、慌てて折れた剣を手放し、両手で『龍角細剣』を保持する。


 (嘘でしょ? 魔銀ミスリルが溶けるなんて…… それになんて力なのっ!)


 騎士の膂力に圧され、高温の戦斧が徐々にリディーナに迫る。



 次の瞬間、リディーナに戦斧を圧し付けていた騎士の首が飛んだ。


 リディーナの劣勢にレイが戦斧の騎士の首を斬り飛ばしたが、自分が相対していた騎士を無視した代償は大きかった。レイが斬り殺した前衛の裏にいた、後衛の騎士が放った戦槌がレイの脇腹に刺さる。


 「ぐ……がはっ」


 咄嗟に身体強化を胴体に集中したレイだったが、戦槌の発した高振動により肋骨が粉砕、内臓も潰れてレイの口から血が溢れた。


 「レイッ! ――『風の妖精シルフィー』!」


 二人と騎士達の間に強風が吹き荒れる。騎士達は、只一人残った前衛の大盾の背後に慌てて身を隠し、リディーナの放った風刃を伴った強風を躱す。


 強風が途絶えた瞬間を狙い、槍を持った騎士が大盾から飛び出し、レイの肩を貫いた。


 レイは、槍に貫かれ、血を吐きながらあえて前進し、刀を手放し腰の銃を抜いて騎士の眉間に銃口を押し付け、引金を引いた。眉間を貫いた銃弾が騎士の頭部を覆うスーツ内を跳ねまわり、槍の騎士は眼球が飛び出て絶命した。


 「ひっ!」


 その悲惨な死に様に、大盾の騎士と戦槌の騎士は、無意識にレイとリディーナから距離をとった。


 「ビビるな! ヤツはもう虫の息だ! 一気に行くぞ!」

 「分かってる!」


 仕切り直した騎士達に、レイは満足に呼吸が出来ずとも、目の前の騎士達に震える銃口を向ける。


 リディーナは『風の妖精シルフィー』を憑依させたまま、怒りに呑まれる寸前だった。あの透明の盾の前には魔法は通じない。自分の細剣も、騎士の纏うスーツは貫けない。自分を庇ってレイが大怪我を負った。自分の不甲斐なさと苛立ちが入り混じり、リディーナは本能で感じていた越えてはならない一線を踏み出そうとした、その時。


 ビー ビー ビー


 静寂を破るような、けたたましい警告音が通路に鳴り響いた。

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