第282話 得手不得手

 「もう終わったの?」


 壁に張り巡らされた六角形のタイルの隙間から煙幕弾の煙が急速に吸い出され、レイが最後の銃弾を放った頃には煙はすっかり無くなっていた。その僅かな時間で六人を始末したレイに、リディーナは感嘆した声を上げる。


 魔法を使えばリディーナも六人を一度に始末することはできる。だが、同じ時間内に弓でやれるかというと、それは難しかった。リディーナはレイの手にした「銃」の特性に驚いていた。


 「まあな。剣や弓と同じように訓練は必要だが、それらに比べれば遥かに少ない期間でモノにはできる。後でちゃんと教えてやるよ」


 「へー、それは楽しみね。ちょっと音が大きいのが気になるけど……」


 「確かにな。備品の中に消音器サプレッサーがあるかもしれないが、あったとしても無音にはできない。『防音の結界』の魔導具で無音にできるが、外部の音も聞こえなくなるから使い勝手は良くないな。無音で殺るなら弓の方がいいし、弾丸は直進しかしないから、曲射のできる弓の方が適してる場合もある。まあ状況次第だな」


 「レイは、ホント器用よね~」


 「そうでもないさ。俺にだって苦手なものはある」


 「例えば?」


 「…………土魔法とか」


 「呆れた。あのね、本職の魔術師だって、いいとこ二つぐらいしか属性を扱えないのよ? 何言ってんのよ」


 「……」


 本音を言えば、射撃に関しては使用する銃にもよるが、アサルトライフルの有効射程、四百メートルの半分以下の距離しかレイには自信がない。高倍率のスコープが必要な長距離射撃は、専門の狙撃訓練が必要であり、レイはそこまで長距離射撃には習熟していなかった。爆発物に関しても同様で、手榴弾や地雷など、製品化された物なら扱えるが、最適な爆薬量で建物を倒壊させたり、仕掛けられた爆弾の解除など、専門の知識と技術が必要なものは出来ない。


 あらゆる戦闘技術が高い水準にある特殊部隊員でさえ、全てが一流の者などいない。全員が高い戦闘技術を保持しつつも、それぞれが得意な専門分野で一つのチームを構成することによって、特殊部隊は最強に至る。単独での軍事作戦など現実にはあり得ず、一人が何でも出来るような超人は、映画やアニメの中にしか存在しない。


 

 「それにしても、手榴弾グレネードの爆発で傷一つついてないな」

 

 レイは、手榴弾の爆発があった辺りの壁や床を見て呟く。騎士達の損傷具合から手榴弾の威力は地球のものと遜色ないはずだが、通路には一切被害が無かった。


 「魔法を使っても大丈夫そうね」


 「そうだな」


 (前にメルギドでイヴが鑑定した『防爆』『防火』『対衝撃』のタイルと同一の物かは分からないが、凄い材質だ。外壁はこれより強固なはずだが、あっさり斬り裂けたのは黒刀コイツの性能が飛び抜けてるってことか)



 コンコン


 リディーナが騎士の持っていた透明な大盾を、興味深そうに叩きながら手に持っていた。


 「まさか、ガラスなわけは無いと思ってたけど、すごく硬くて軽いわコレ」


 実はレイもその盾が気になっていた。衝撃までは殺せなかったようだが、手榴弾の爆発に傷すらついていないのは驚異的だ。材質によるものなのか、魔法的なものなのか調べてみたかった。


 「とりあえず、コイツも貰っておこう。性能テストはこれも後だな。先に進もう」


 「了解~」


 三つの透明な大盾を魔法の鞄マジックバッグに仕舞い、通路の奥に進むレイとリディーナ。その場で装備しないのは、いくら頑丈な盾とはいえ、よく知らない物に命を預けたくないからだ。


 (それにしても、コイツら銃は持ってなかったな。あの武器庫は漁られた形跡が無かった。他にも保管庫があるかもしれないが、船を掌握しきれていないのか? それとも銃が武器だという認識が無かったのか。まあ、いずれにせよ使いこなせなきゃ意味は無いが……)


 …


 「行き止まりね」


 通路の奥には古代語の文字も何も無く、ドアノブの高さに赤いランプが灯ってるだけだった。試しにそこに触れると、ランプが緑色に変わり、スライド式の扉が開いた。奥には下に降りる階段があるだけだ。


 「まあ、船の大きさ的にワンフロアだけとは思ってなかったが……。ひょっとして、通路の途中にも階段があったかもな」


 「ホント、不便ね~」


 …

 ……

 ………


 「「「……」」」


 ウォルトを含めた、魔導船の指揮所にいた全員が、モニターに映る船内の様子を見て言葉を失っていた。侵入者の二人を排除に向かった騎士と冒険者の六名が、一瞬のうちに煙に包まれ、三分も経たずに全滅したのだ。


 「おい、ホルコム!」


 「は、はい、閣下……お呼びでしょうか?」


 「貴様、あの部屋にあったのはただの工具ではなかったのか? なんだあれは!」


 「ひっ! も、申し訳ありません。そんなはずでは……」


 ホルコムは部屋の表示にあった『銃器保管庫』と部屋内にあった「銃」を工具だと偽った。正確には意味が分からなかったのだ。それは銃を目にした騎士や冒険者も同じで、武器だという認識を持てなかった。指揮所にある端末には魔導船の操作や兵装に関するものの資料が閲覧でき、それらはなんとか解読できたが、船内にある小物や備品に関しては説明する文字や書物が見当たらず、それが何に使う物なのか分からないものも多かった。


 侵入者の男が手にしていた黒い物は、あの部屋にあった物だ。あれが保管された部屋から出てきたのだから間違いないだろう。まさか、武器だったとはホルコムも思っていなかったが、それよりもあれを武器だと理解し、使用したことが信じられなかった。


 (まさか、あの小ささで魔操機兵の武装の一つと同じ武器とは……。あの男は、古代の遺物に関して、この私よりも知識があるのか?)



 「や、奴らは下の階、この階層に降りてきます。閣下、如何致しますか?」


 「……クライドはどうした? どこにいる?」


 モニターを見て険しい表情のウォルトがゴードンの問いに答えずに、クライドの行方を聞く。対処すると言って、部下を率いて部屋を出て行ったクライドは、未だに動きが見られなかった。



 「逃げたのだろう? どうした? さっきまでの余裕がないではないか。玉座に座るどころか、ここが棺桶になりそうだな」


 椅子に拘束されたラーク王がウォルトを挑発するように口を挟む。


 「黙れ」


 「ふん、よく知りもしない代物を自分の力と勘違いするからそうなる。金の鉱脈が発見され、それだけで自分達が富める者だと思い上がるのと同じだな」


 「なんだと?」


 「何度も言ったはずだ。自分達の力で得た富ではないと。金は確かに富をもたらした。だが、金を掘り尽くしたらどうなる? 金は確かに価値ある鉱物だが、自分達で創り出した訳では無いのだぞ? 降って湧いた富や力を自分の実力と過信するから、いざ失えばそのような無様を晒すのだ」


 「私は何も失ってなどいない! 金も! この船も!」


 「拾い物を自分の力などと、卑しいにも程がある。王どころか物乞いだな」


 「黙れぇぇぇ!」


 ウォルトは言い返す言葉が出ず、感情のままにラーク王を殴りつけた。王の仮面が衝撃で飛び、焼け爛れた顔が露になる。


 その顔を見たウォルトは嗜虐的な笑みを浮かべ、側近の騎士達を呼ぶ。


 「おい、お前達! こんな醜い顔は見るに堪えん、お前達で治してやれ!」


 暗に顔を痛めつけろと騎士に命令し、笑みを浮かべながらゴードンに指示を出す。



 「毒を放て」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る