第275話 爆走

 「やっぱ、イイ女だな、リディーナ……」


 レイは目の前の騎士を斬りながら、建物から感じていた視線が消え、それをやったのはリディーナだとすぐに分かった。魔法の使えないこのエリアで、高台の人間を始末できるのはリディーナの弓しかない。


 (今の状況で、高台から悪意ある視線を送るのはこの騎士達の指揮官だろうからな……。指揮官がいなければ大分楽になる、ナイスだリディーナ)



 煙が晴れ、夜間とは言え視界が開けてきても、騎士達は隊列を組む様子も無ければ、弓による狙撃も魔法の結界を解除する様子も無い。跳ね橋が下り始めたことで、現場の指揮官が優先順位を決めかねていたからだ。


 言うまでも無く、城を攻め落とすことが反乱軍の最優先事項であり、内部から扉が開かれることは、ウォルトから指揮官達にも通達されていた。しかし、正体不明の男に対する脅威は無視できるようなものではなかった。既に死者は五十名を越えており、城を攻める戦力を、あの男に割かねばならなかった。


 だが、その権限を持つ者はリディーナに殺され、すでに存在しない。


 「命令は? 団長からの指示は無いのかっ! 跳ね橋が下りるぞ?」

 「知るかっ! いいからあの男を殺せっ!」


 「くそっ! 身体強化は使えないはずだぞっ! バケモンか?」

 「違う! あの剣の所為だっ!」


 「どっちでもいい! 早く殺せっ!」


 レイを囲む騎士達から怒号が飛び交うが、間近で相対している騎士達は完全に及び腰だ。目の前の男に剣は当たらず、当たったとしてもそれに構わず剣を振って来る。男の剣は受け止めることは出来ず、受けた剣ごと両断される。一撃で斬り殺される状況に、戦意を失う者も出始めていた。


 「ひっ……カヒュッ」

 「逃げ……アバッ」

 「ギャッ」


 「バ、バケモンだっ!」


 レイは後退る騎士を無視し、進路を城門へと変える。跳ね橋は半分ほど下りていたが、騎士達は橋が下りてくることよりも、レイから目が離せない。騎士達の間を縫うようにして鮮血が舞う光景に、誰もが尻込みして道を開ける。


 跳ね橋が完全に下がりきった時、その橋の前まで到達したレイは、そこで初めて大きく息を吐く。逆腹式呼吸、所謂『息吹』や『丹田呼吸法』と呼ばれる呼吸法は、古武道に限らず空手などでも必ず身につけさせられる呼吸法だが、『新宮流』においても同じような呼吸法が存在する。元は古代の気功法における呼吸法で、鼻呼吸と下腹部を使って呼吸し、身体の強化と疲労軽減や精神の安定に効果のある呼吸法だ。


 対峙する人間に呼吸のリズムを悟られないようにするのは武道の基本だが、身体強化もせずに生身で五十人以上を斬り殺し、流石のレイにも呼吸を大きく整える必要がある程、疲労が蓄積していた。


 「ちっ、門は開かないか……」


 跳ね橋は下がったものの、城門の扉が開く気配は無い。ここでいつ開くかも分からないのに待っていたら、騎士達に隊列を組まれて押し込まれる。そう判断したレイは、リディーナ達に片手を上げて合図をする。直後に魔法の鞄マジックバッグから発煙弾を一つ取り出し、目の前に投げた。跳ね橋の周辺を煙が充満する間に、レイは城門へ向かい、黒刀を門の扉に振り下ろした。



 再度、煙に覆われた騎士達は、その場から動けなかった。この煙の中にあの男がいる、視界の悪いまま飛び込めば、斬られるのは確実だ。正体不明のたった一人を相手に、名誉も何も無い。ここで死ねば犬死だ、そう誰もが思い、足が止まる。



 ドドドドドドドドドドッ



 「「「――ッ?」」」


 煙の中、馬の蹄の音が城門に近づいてくる。


 ドゴッ


 「ギャッ」


 グチャ


 「オゴッ」


 ブチッ


 「ガッ」


 グチャ


 普通の馬の倍はあろう巨躯のブランが、煙の充満する城門前に突撃してきた。視界を覆う煙に困惑する騎士や、レイに斬り殺された騎士の死体をお構いなしに踏み潰し、一直線に城門へ走り込む。


 「ちょっと、ブラン、前が見えないけど大丈夫なのーーー?」


 『アニキの匂いがするんで大丈夫ッス~ でもこの辺、なんか力が出ないような……んんんぎぎぎ……おーもーいー』


 (魔物って普段から無意識に身体強化してるのね……)


 魔法が使えない結界内で魔物の動きが鈍るのはリディーナも知らなかった。魔物相手に、魔法を封じる結界を発生させることなど普通はしない。だが、リディーナは冒険者ギルドも知らないような新発見をしたことよりも、素の力で大型馬車三台をブランが引けるかということに不安になった。


 『ふんぬぅぅぅーーー!』


 「ブラン、頑張ってーーー!」


 …

 

 「なんだこりゃあ……」


 城門の扉をバラバラにしたレイの目の前には、銀色のロボットのようなモノが、無数にいた。表の騎士達とは違う、華美な鎧を纏った近衛騎士達を集団で襲っていた。


 「黒い潜水艦からの兵器か?」


 目の前の『魔導無人機』は、レイには襲ってこない。そのことを不思議に思うレイだったが、近衛騎士にしか攻撃していない様子を見て、すぐに察する。


 「自律型、いや、与えられた命令だけを実行する自動型か」


 城門の内側を見ると、跳ね橋の操作盤から離れていく無人機と、傍には力尽きた近衛騎士達が見える。近衛騎士を倒し、跳ね橋を下ろしたのは無人機達だった。


 「そういうことか……」


 ドガラッ


 『ぶふはぁぁぁーーー ぜはぁー ぜはぁー はぁはぁはぁ……』


 死にそうなほど呼吸を乱し、酷い顔をして突入してきたブランを見るや、レイはすかさず御者席に座るメサに指示を飛ばす。


 「メサ、ラルフ、跳ね橋を上げろ!」


 レイの指示に、慌てて御者席を飛び降り、跳ね橋の操作盤へ走るメサとラルフ。


 二人の操作により跳ね橋が上がり始める。レイが門の前で黒刀を構え、仁王立ちで騎士達を牽制すると、橋を渡って来る騎士はいなかった。


 「よく頑張ったな、ブラン」


 『ば~に~ぎぃ~アニキー


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