第269話 参上

 幸い、倉庫にいた者達に命を落とした者はいなかった。しかし、魔操機兵による銃撃に誰もが無傷とはいかず、かすり傷で済んだ者から、腕や足が吹き飛んだ者まで怪我人が大勢出た。軽傷で済んだラルフやアンジェリカは、回復薬ポーションを優先的に重傷者と子供達に飲ませていた。


 怪我を負い、泣きじゃくる子供達を必死に介抱するリディーナとメサ。


 リディーナの魔法の鞄マジックバッグには、万一に備えて十分な量の回復薬が入っている。当面の応急治療はそれで行うことにし、回復魔法による本格的な治療は後回しすることになった。言うまでも無く、レイの魔力を温存する為だ。


 レイはすぐにでも重症者の治療をしてやりたかったが、危機はまだ去っていない。沸き起こる怒りを胸の奥に仕舞い、今は冷静に行動しようと頭を切り替える。


 銀色の鎧騎士に人は乗っていなかった。一機は生々しい人間の声がしたことから自律型のロボットではない。恐らく遠隔操縦されたものだと判断したレイは、これからすぐにでも増援が送られるか、空に浮かぶ潜水艦からの攻撃があるだろうと思っていた。


 ウォルト・クライス侯爵に宣戦布告したものの、空から攻撃されればこの人数は守りきれない。ここを一刻も早く離れ、移動するつもりだ。


 レイは、自分の魔法の鞄マジックバッグから馬車を取り出し、子供達と怪我人を乗せていく。六人乗りの馬車だが、子供なら十人は乗れる。足りない席は、街にあった大型の馬車を魔法の鞄を使って二台盗み、無理矢理連結させて作った。先頭馬車にはラルフとメサを御者席に座らせ、二台目にアンジェリカとクレア。三台目にはイブとゴルブを乗せて、子供達の面倒を見させる。


 「旦那、馬はどうするんです? この重量じゃ、最低でも六頭は必要ですよ?」

 「そうだ、流石にこれを引けるほどの数を確保するには時間が……」


 「心配無い」


 ラルフとメサの問いに、レイが即答する。リディーナも隣で頷き、理由が分かってるのか、レイに同意する。


 レイは二人にそう言うと、すっと息を吸い込み、森に向かって大声で叫んだ。



 「ブランッ! 俺の声が聞こえたらこっちに来いっ! お前の力を貸せっ!」



 「大丈夫よ。多分、すぐ来ると思うから」


 「「?」」


 リディーナがラルフとメサに大丈夫と言うが、二人には意味が分からなかった。


 

 『アーーニーーキーー』



 すぐにブランが森から駆けてきた。遠目でも分かる白い巨体と一本角。


 「「ユ、ユ、ユ、一角獣ユニコーンッ!」」


 有名な存在だが目撃者は非常に少なく、半ば伝説的な魔物の一角獣。


 「あいつに馬車を引かせるから問題無い。リディーナ、ブランに説明を頼む」


 「わかったわ。……それにしても来るのが早過ぎるわね」



 レイは、リディーナにブランと馬車を任せると、破壊した鎧騎士を調べに行く。


 (材質は分からんが、魔法が効かないし、触れればこちらも魔力が練れない。ならどうやってコイツを操作してる? AI搭載の自律型ならともかく、人間が操作するタイプのロボットなら無線か有線で指令を送るラインが必要だ。冒険者ギルドにあった通信の魔導具は魔力による無線通信だった。コイツが同じだとしても、魔力を遮断する装甲なら魔力による無線通信は傍受できないはずだ。俺の知らない特殊な構造なのか、もしくは、それを受信する為に結界のどこかに穴があるはずだ。頭部のトサカみたいな飾りが怪しいが……。まさか、電波ってことはないよな?)


 「まあ、刀で斬れるから別にいいか」


 次に鎧騎士の腕に装備された銃が気になったレイだったが、指で操作するタイプではなく、内部で動作が完結するタイプのようで、取り外しても手動で使えるような物でなかった。


 「威力は50口径並。対人には過剰な威力だが『勇者』や魔物には丁度いい。鹵獲して使いたかったが今は無理か……」


 レイは鎧騎士の残骸を全て魔法の鞄に仕舞い、馬車へ戻った。



 「ブラン、結構重いけど大丈夫? 引ける?」


 『これくらい余裕ッス』


 「「喋ったっ!」」


 ブランとリディーナの会話にラルフとメサが目を丸くして驚く。


 「ちょっと不思議な子で、喋れるのよね」


 「「……」」



 「お前、アルスじゃないのか?」


 突然、ゴルブがブランを見て声を上げる。


 「「「アルス?」」」


 「ワシだ! ゴルブだ! 覚えてないか?」


 興奮した様子でゴルブがブランに詰め寄る。


 『誰っスか? オイラ、ブランっす。てか、ちょっと離れて下さい。臭いんで』


 「なっ!」

 

 固まるゴルブに、戻ってきたレイと、リディーナが尋ねる。


 「コイツのこと知ってるのか?」

 「アルスってこの子の名前?」


 「あ、ああ、すまん。話せる一角獣なんぞ初めてだが、昔の知り合いかと思ってな……」


 「「昔の知り合い? 一角獣が?」」



 パシューーーーーーー


 「「「ッ!」」」


 上空にいる黒い潜水艦から一筋の雲が倉庫に向かって来た。レイは、少し前に街中に落ちたミサイルに似た飛翔体だとすぐに気づき、高速で接近する飛翔体に向けて、魔力を込めた『雷撃』を咄嗟に放った。


 電撃が飛翔体に当たり、倉庫上空で激しい爆発が起こる。


 辛うじて周囲に被害は無かったものの、この場からすぐに移動すべきと誰もが思った。レイは、ゴルブの話を一旦置いて、急いで全員に指示を出す。


 「大至急移動する。全員、馬車に乗るんだ! ブラン、あの一番大きい建物が見えるか? あれに向かって走れ。俺とリディーナは馬車の上でさっきのアレと鎧騎士に備える」


 「一体、どこに向かうのだ?」


 メサが目的地をレイに尋ねる。


 「城だ。あの侯爵はこの国を乗っ取るつもりだろ? 流石に城は破壊したくはないはずだ。この人数じゃ、どこに行っても上空から捕捉されるからな。銃やミサイルで攻撃してくる相手に、この人数は守りきれない。王宮なら少なくともミサイルは撃ってこないだろうし、銃撃を躱せる壁や場所があるだろう」


 「ジュウ? ミサイルとは何だ?」


 「さっきのアレと倉庫を穴だらけにしたヤツだ。説明は後でしてやる」


 「しかし、城の周囲には反乱騎士が大勢いるぞ? それに対魔法の結界も張られたはずだ。城門前はさっきみたいな魔法は使えないぞ?」



 「関係ない。邪魔なヤツは全て俺が斬る」

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