第255話 不審者
「魔法剣士だわ」
リディーナの呟きにレイも同じ意見だった。
『魔法剣士』。イヴの持つ、炎の魔法短剣のように、武器自体に魔法の効果が付与された武器を使う者、もしくは、リディーナのように武器に直接、魔法の属性を付与できる者をそう呼ぶ。武器と魔法、両方を駆使して戦える者もそう呼ばれるが、一般的には武器に属性を付与、もしくは付与された魔法武器を扱う者を差すことが多い。但し、武器に魔法の属性を付与するには、使用する武器が
城直樹の鞭による攻撃には雷属性が付与されていた。雷属性を扱える二人には、一目でその属性が分かり、冒険者を倒した属性は別の属性、闇属性だと確信した。
「どうやら何にでも魔法を付与できるみたいだな」
「みたいね」
「それと、城直樹の仲間も分かった。トリスタンの資料にあったパーティー人数とも一致する」
「そうね。でもアレは?」
レイとリディーナは、城直樹が宿泊している高級宿に戻るところまで上空から見ていたが、城直樹を宿まで尾行していた一人の人物も同時に捉えていた。
「俺達の他に城直樹を調べてる奴がいるみたいだな」
「フジサキって勇者かしら?」
「さあ、どうだろうな」
レイは、一瞬、藤崎亜衣かと思ったが、藤崎の影に入れる能力なら、あのように普通に尾行する必要は無い。それに、レイの目から見ても尾行の動きが素人ではなく、元は日本の高校生と教師である『勇者』達とは思えなかった。無論、そのような能力を持った『勇者』である可能性もあるので断定はできない。
「上からじゃ、外套のフードが邪魔で顔が見えないわね」
「ちょっと見てくるか」
「え?」
レイは光学迷彩を施し、地上の尾行者の元へ降りて行った。
(まだフードが邪魔だな)
地上に降りても顔を確認できなかったレイは、完全無詠唱による魔法で軽く風を起こし、尾行者のフードを捲り上げる。
外套のフードから垣間見えた顔は、薄い紫色の髪と瞳に目鼻立ちのはっきりした西洋顔の成人した女で、『勇者』では無かった。
レイは、その女の背後から気配を消したまま近づき、首に腕を回して頸動脈を絞め、昏倒させて担いでリディーナの元へと戻った。
「んもう、いつもいきなり消えて行っちゃうの止めてよね! って、連れて来たの?」
「すまん。コソコソ見張られてたら城を殺るのに邪魔だからな。城を尾行してた理由とこの女の正体も知りたいし、とりあえず連れて来た。宿に戻ろう。城直樹は夜にまた来て始末する」
「ん? それ、女?」
「そうみたいだな」
「ちょっと私が担ぐから貸して!」
「はぁ……」
レイが女を担いでいることに不満なリディーナは、レイから女を奪い取り、自分で担いだ。
「ほら、行くわよ!」
「わかったよ(……やれやれ)」
…
宿に戻ったレイとリディーナは、城直樹を尾行していた女に『魔封の手錠』と目隠しをして椅子に縛り付けた。一連の行動はリディーナが行い、レイに女を触らせようとしない。
「リディーナ、イヴを呼んできてくれ」
「むー」
不満顔をするリディーナだったが、渋々イヴを連れてくる。
「お帰りなさいませ。お呼びでしょうか?」
「この女の身体検査を頼む。城直樹を調べていたようだが、尾行の様子からして素人じゃない」
レイは不審な女を、教会の暗部で訓練を受けたイヴに調べさせる。
「承知しました」
イヴは、レイがいつもこういったことは自分が積極的に調べるのに、何故レイが直接やらないのだろうかと不思議に思ったが、言われたとおりに女を調べる。まずは女の持ち物を全て取り出し、身元や身分を示す物や、武器、魔導具、薬物などの危険物が無いかを調べ、続いて身体を調べた。
女は身分証も何も持っていなかった。短剣を所持していたものの、この世界では不審な物とは言えない。『鑑定の魔眼』で女の名前や種族、年齢などは分かるが、魔眼を使用するか、レイに確認する。
「イヴ、その前に口の中と爪を調べろ」
「はい。すみません」
口の中や、歯に薬物を仕込むのは典型的だが、見逃すことが多い。普通はそこまで調べないし、調べたとしても精巧に作られた歯は見分けるのは難しい。一本づつ調べるのは手間の掛かる作業ではあるが、見逃せば自殺される恐れもあるので必ず調べる。爪も同様だ。
男女共に、性器や肛門にも武器や薬物を隠してる可能性はあるが、手足を固定して縛り付けてあるので、今回レイは無視する。
「レイ様、ありました」
イヴがレイに一本の歯を見せる。歯をくり抜いた穴に丸薬が仕込まれていた。
「暗殺者ではなく、諜報員か?」
歯に薬を仕込むような者は戦闘行動はあまり行わない者が多い。戦闘中に攻撃を受けたり、歯を食いしばって割れることはよくあることで、そのような所に毒を仕込むような暗殺者は普通はいない。特殊な加工がしてあれば別だが、大抵は拘束中に口内で薬を取り出す必要があるので、複雑な構造ではないのが殆どだ。自決用の毒であれば、この女が重要な情報を扱う者であるということを示している。
「レイ様、『鑑定』しますか?」
「そうだな。名前だけでも知っておきたい」
レイに言われて、目隠しを取り、気を失って閉じている瞼を無理矢理剥いて『鑑定の魔眼』で鑑定するイヴ。
「レイ様、この女の名前は、メサ、二十五歳、人間の女で間違いありません。それと歯に仕込まれた丸薬も鑑定しましたが、ムチノコの毒でした」
「わかった。後は俺がやる」
ムチノコというのは魔の森に生えている植物で、。一枚の葉で一時間以内に死ぬほどの猛毒だ。希少性が高く、採取場所も魔の森ということもあり、どこでも手に入るものではない。
(歯に仕込む周到さと毒草の希少性。その辺の冒険者なんかじゃないな)
レイは尋問をはじめる為、目隠しをして女を覚醒させる。
「……?」
意識を覚醒させた女は、状況が分からずしきりに首を左右に振るが、目隠しをされ、手足が固定されて魔力も練れないことに気付くと口内の歯を探す仕草を見せる。
「拘束された途端に死のうとするとは潔いな。歯に仕込んだ毒は取り除かせてもらった。イヴ、この女に猿轡を」
「――ッ!」
イヴが、準備してあった猿轡を女に嵌める。あらかじめ、歯の毒を使う素振りが見えたら噛ませるように指示してあった。猿轡をしたら話せなくなるので尋問し難いが、舌を嚙み切られても面倒なので仕方ない。
「
「メサと言ったか? 何故、城直樹を尾行していた? 街中で奴が騒ぎを起こしてる時からずっと城を観察していたのは見ていた。素直に話せば解放するぞ?」
「ッ!」
女は自分の名前を知られていたことに驚く。一体どこまで知られているのだろうかと焦って考える。自分の存在が知られている、どこから漏れた? いつから見られていた? この声の主は誰なのか? 様々な考えが脳裏に浮かぶが、歯に仕込んだ自決用の毒も抜かれ、為す術がない。なんとしても自分の主のことは話すまいと、これから受けるであろう拷問に備え、静かに覚悟を決める。
「ひょっとして、国の密偵かなんかじゃない?」
リディーナの発言に、レイはその根拠を尋ねる。
「どうしてそう思う?」
「あの騎士達よ。街中で、都合良く現れたのが気になってたのよ。普通、人間の国の騎士って、街での騒ぎぐらいで出張らないわよ? 偶々ってこともあるけど、一々平民の騒ぎに介入するとかちょっと考えられないのよね……」
「誰かが通報した、それがこの女だと?」
「平民が騎士団に通報なんか出来る訳ないし、衛兵が通報するのも、有り得ないわ。この女が国の密偵なら、仕向けることも出来たと思うのよね」
女は動揺することなく、沈黙を貫いている。
「騎士に通報したのはお前か?」
「……」
「お前は国の密偵か?」
「……」
「お前は暗殺者か?」
「……」
「城直樹を知ってるか?」
「……」
「藤崎亜衣を知ってるか?」
「……」
「『勇者』を知ってるか?」
「……」
レイは、いくつか女にゆっくり質問した後、リディーナに向く。
「推理は当たってるみたいだぞ? 平静を保ってるが、心拍数が乱れる質問がいくつかあった」
「「シンパクスウ?」」
「後で説明する」
レイは聴力を強化して、女の鼓動を注意深く聞いていた。アメリカの嘘発見器などにも応用されるが、心拍数や血圧など、生理現象の変化により、嘘を見破る技術だが、本来はきちんとした手順と機器で行わなければならず、確実でもない。レイは、この女が『勇者』との関連、仲間かどうかだけ分かれば良かった為、女の動揺だけ見分けられれば十分だった。
流石に、『勇者』と関係があるか分からないまま痛めつけて吐かせるような真似は出来ない。
「騎士に通報した国の密偵、暗殺者じゃない、城直樹は知っている。藤崎亜衣は知らない。『勇者』に関しても知ってはいるが、疑っているってとこか?」
「――ッ!」
目隠しの下で、女の目が見開く。
この女が『勇者』の仲間では無いことが分かったレイは、メサという女に対する脅威度を下げた。
「この女は、後でゆっくり尋問する。悪いが二人はコイツを少し見張っててくれないか? 二、三時間ほど仮眠をとってから、先に城直樹を始末してくる」
「わかったわ」
「承知しました」
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