第256話 勇者と勇者

 レイは月の位置を見て、大まかな時刻を予測し、時刻が深夜三時前後なのを確認して宿のバルコニーから飛翔魔法で城直樹の宿まで飛ぶ。


 余程、不規則な生活か睡眠障害を持ってない限り、大概の人間が寝ている時間であり、人間の睡眠サイクルで一番眠りが深い時間帯でもある。レイの経験的にもこの時間は寝ている人間が多かった。本来なら、暗殺において対象者の生活リズムや行動パターンを把握しておくことは必須事項だが、城直樹の能力系統が判明し、様々な属性を武器に付与できるだけではレイにとって脅威では無かった。こちらの存在がバレておらず、不意を突けるなら、仮に起きていても殺せるとレイは判断した。

 

 光学迷彩を施し、城直樹の宿泊する宿の入り口に降り立ち、ドアを開けて中に入る。


 「いらっしゃいま……?」


 受付の男が、自然に開いたドアを見て首を傾げた瞬間、姿の見えないレイに頸動脈を絞められ昏倒した。


 レイは、受付の机にある宿泊者名簿で城直樹の名前と部屋番号、それと、同じ階層の空室を調べ、合鍵を手に取り階段を上って行った。


 城の部屋がある階に着くと、空室を確認した部屋へ入り、大まかな部屋の構造を確認する。宿泊する者の中で身分の高い者や上位の者の大半は、入り口から離れた一番広くて窓際の部屋を選ぶ為、城が使用しているであろう部屋を予測する。


 空室の窓から外に出て、外から城の部屋の様子を伺うも、カーテンで中は見えない。窓際のリビングと一つの部屋の明かりは点いてるが、もう一つの部屋は暗い。窓に手を当て、室内の音を探る為、聴力を強化する。


 (暗い部屋には寝息が一人分、リビングに呼吸音が二人分、夜番か? 会話が無いのが気になるが、見張りだとしたら随分用心深いことだ)


 窓際のもう一つの部屋はカーテン越しに光が漏れており、中からベッドの軋む音が窓ガラス越しに響いて来る。


 (仲間に見張らせて、本人はお楽しみ中ってわけか? 全く、最近の高校生ガキは……)


 レイは、明かりの無い部屋の窓に取りつき、『防音の魔導具』を起動、魔金オリハルコン製の短剣を抜いて、窓の鍵を断ち切り、静かに窓を開ける。


 部屋には昼間の大通りでも見かけた、城のパーティーメンバーの男が寝息を立てていた。


 レイは、気配を殺したまま男に近づき、頭を思い切り捻じって首の骨を折り、即死させた。先程調べた空室と部屋の構造が同じなのを確認し、廊下に出て隣の部屋のドアを見る。


 部屋の明かりが消えているのをドアの隙間から確認したレイは、ドア越しに中の音を探る。ゆっくりとした呼吸音、寝息を立て、中にいる人間が寝ていると判断したレイは、ドアノブに手をかける。鍵が掛かっていないことを確認し、静かに室内に滑り込む。部屋には女が寝ており、城のパーティーメンバーの一人と確認すると、先程の男と同様に頭を捻じって首を折った。


 (城を除いて後二人、残りはリビングだけだな)


 レイは、廊下からリビングのドアを音を立てて少し開け、放置する。



 リビングにいた男は、不意に開いたドアを不審に思い、ドアに近づく。男がドア引いて開けた瞬間、レイに心臓を短剣で一突きされ、即死する。レイは間髪入れずに男の体の陰から女に向かって強化した膂力で短剣を投げる。


 首の中心に短剣が突き刺さり、女は声も出せずに座っていたソファに沈み、息絶えた。


 (流石に夜番をしてて眠かったわけじゃないだろうが、見張りをしていた割には警戒心が薄く、動きも緩慢だ。ひょっとしたらメンバーも操られてたかもしれないな。まあ、これで邪魔は排除した。後は城だけだ)


 リビングから灯りの点いていた窓際の部屋のドアの前に来たレイは、先程と同じように聴力を強化して中の様子を伺う。


 …


 部屋の中では、城直樹が、昼間、奴隷の首輪を嵌めた冒険者の女を犯していた。女は感じてる様子も無く、無表情のまま、ただ黙って城を受け入れている。


 「はぁ はぁ はぁ ……くそっ!」


 城は、無反応な女にイラつきながらも、果てるまで腰を振り続け、部屋の隅に立っていた女二人を呼ぶ。


 「次はお前らだ、こっち来い!」


 二人の女が城に近づいた瞬間、城は何かに気付いた様子で、魔法の鞄マジックバッグを手元に引き寄せる。


 「待ってたぜ~」



 「……よく分かったわね?」


 部屋の影から藤崎亜衣が姿を現す。


 「何の為に態々ウォルトの名前を昼間出したと思ってんだ? 文句を言いに執事モーガンを寄越すか、お前が殺しにくるかでウォルトの俺に対する扱いを見極める為だ。お前が来たってことは、アイツは俺がいらないらしーな?」


 「さあ? 怒ってたのは確かね。てか、私が来たってどうやって分かった訳?」


 「俺の近くの影はそこだけだ。あんま、舐めんなよ?」


 藤崎は、この部屋に入る際に感じた違和感の正体を、周囲を見て納得する。四方から灯りの魔導具で部屋を照らし、自分が出入りするであろう影を一つに絞っていたのだ。


 「私が来るかもって、ずっと腰振りながら待ってたってわけ? てか、ちょっと見てたけどヘタクソ過ぎない? その女、全然感じてないじゃん」 


 「うるせーよ、クソビッチが! 『催眠ヒプノシス』掛けたヤツは皆こうなんだよ! 『魅了チャーム』なら楽しめるんだが、勝手に行動されてウザいからな。だけど安心しろよ、藤崎。お前は魔法無しで無理矢理犯してやっからよ!」


 「催眠だか魅了だか知らないけど、魔法無しじゃまともに女とヤレないなんて、本気でキモイんだけど」


 「で? どうするよ? ウォルトの命令で俺を殺りに来たんだろ? 影からコソコソ殺るしか能の無いお前が、その距離から何ができんだよ?」


 「あんたこそ、素っ裸で何イキってんのよ。確かにアンタの周りに影は無いけど、私の能力がそれだけだっていつ言ったっけ?」


 藤崎がそう言うと、部屋の隅の小さな影が動き出し、蛇の様な形に変形していき、次第に立体的になっていく。


 「この部屋の中ぐらいなら自在に操れちゃうんだよね~」 


 大蛇のような影が、素早く城に巻き付いていく。城はそれを振り払おうとするも、影に触れることも出来ずに身体を絞められる。


 「うぐっ、くそっ」


 城は、絞めつける影の対処を諦め、魔法の鞄に手を入れ、数十個の小石を握りしめて藤崎に投げつける。


 「何してんの? こんな小石とか意味ねーし」


 「ちっ、やっぱ強化してやがるか。なら……」


 直後、藤崎の身体がビクンと跳ね、痙攣しながら床に倒れた。


 「あ……ぐ…… なん、で?」


 「ギャハハハハ! バーカ、俺は触れた物なら何でも魔法を付与していつでも発動できんだよ! 武器だけじゃねーんだよ、このクソビッチ~! 床に仕込んだ『電撃』の味はどーよ? 心配しなくてもそのエロい身体を楽しむまでは殺しやしねーからよ。分かったら、とっとと、この影解除しろや」


 「ぐっ、だ、誰が……きゃああああ」


 城によってまたも床に電撃が流されたようで、藤崎の身体が跳ねる。その衝撃の影響か、城に纏わりついていた影が霧散する。


 「くっ……」


 「へっ、やっぱ闇魔法は強化した奴には効果がねーなー。便利だが戦闘中は使い勝手悪ぃーぜ」


 城は手の中の小石を弄びながら、床に倒れた藤崎に嗜虐的な笑みを向ける。


 「ほれっ」


 「ぎゃっ」


 城は小石に『電撃』を付与して藤崎に投げつける。小石が当たった部分に電撃が流れ、悲鳴を上げる藤崎。


 「ざまーねーぜ。それによ、俺を殺せばお前がウォルトに何されるか分からねーぜ?」


 「は?」


 「ウォルトの鉱山に引き渡した冒険者の奴隷な、ウォルトには調教してあるとは言ったが、俺の闇魔法の『催眠』を付与した首輪を着けただけなんだよ。意味分かる? 俺が死ねば、自動的に魔法が切れて、あいつ等自由になっちまうんだぜ? 無理矢理奴隷にされて鉱山で働かせられた奴らがどんな行動すると思う? その結果、ウォルトがどうなるか、流石に予想できるよな?」


 「そ、それは……」


 「俺が、相手が貴族だからって、ただ黙って言うこと聞いてると思ってたのかよ? 『催眠』で侯爵を操れるのにそれをしないのは、『催眠』じゃ言われたことしか出来なくなっちまうからだ。ただの操り人形じゃ、一々俺が指示しなきゃなんねーからな。そんなの面倒臭せーし、つまんねーだろ? あのプライドがクソ高い大貴族様そのままで、俺の為に必死になる状況を作った方が面白いからな。因みに冒険者達に掛けた魔法は俺が死ななくても任意に解除できる。このことをあの侯爵が知った時の顔が見たいぜ~ なんせ、数百人の冒険者が俺の命令一つで侯爵の命を狙うんだぜ? ウケるだろ?」


 藤崎は、痺れの残る身体で必死に考える。城を殺したら、アルヴィンやスヴェンを利用してハルフォード家を乗っ取るどころではなくなる。それどころかこの国は大混乱だ。ウォルトが死ねば、その権力を使って『探索組』から身を隠し、贅沢に暮らすことなど出来なくなる。城を殺さなくても言いなりになるのは変わらない。いずれにせよ、この場から逃げるのが最優先と考え、周囲の影を自分の元へ急いで集める。


 「ぎゃっ」


 城は、藤崎にそれをさせまいと、『電撃』を付与した小石を藤崎に投げる。それを藤崎が動かなくなるまで何度も続けた。


 「さっきも言ったが、殺しはしねーよ。藤崎、お前はこのことをウォルトに伝えるんだ。ただし、俺の人形になってからな」


 城は魔法の鞄から奴隷の首輪を取り出すと、動けない藤崎に首輪を嵌め、ベッドに放り投げた。


 「ヘヘッ 闇魔法を掛けるには、身体強化を解かせないといけないからな、たっぷり可愛がってやるぜ。てか、もう解けてるか? まあいい。それとな、ギルドマスターのクライドっていたろ? あの金髪七三分け。俺が死んだらお前のことを探してる『探索組』にお前のことがあいつから伝わるようになってる。『探索組』も冒険者やってんだろ? 便利だよな、ギルド便。俺が死んだらまた逃げなきゃならねーなー ハッハッハッ」


 「ッ!」


 そう言って、城は藤崎に馬乗りになり、服を引き裂いた。

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