第249話 暗殺者

 ―『王都フィリス 騎士団宿舎』―


 ラーク王国、王城の敷地の一角に、王国が有する騎士団の施設があった。その中にある、上級騎士の宿舎に藤崎亜衣は潜入していた。影から影へ、息継ぎをしながらの移動は決して楽な作業ではなかった。施設内にいる騎士達の人数から、万一発見されて騒ぎになれば、影を使った移動能力があっても逃げることは困難だと藤崎は思っていた。


 今宵は満月。藤崎は、ハルフォード家の次期当主、アルヴィン・ハルフォードの暗殺は新月に行いたかった。藤崎の能力『暗殺者アサシン』は、光源が作り出した影ならどこでも潜れる能力があるが、月の無い夜こそ影が最大になる時間であり、最も自由に力を発揮できるからだ。


 「まあ、仕方ないか……」


 藤崎は、一枚のメモを手に、宿舎内を探索する。メモにはアルヴィンの特徴と、この世界の大陸共通語で書かれた名前の綴りが書かれていた。上級騎士の宿舎は全て個室になっており、部屋の扉にはその部屋の使用者の名がプレートで表示されていて、藤崎はメモの文字とプレートの表記を見比べて、アルヴィンの部屋を探す。


 この世界の騎士は、どの国もその殆どが上級と下級に身分が別れている。ラーク王国の場合、上級貴族出身の者は入団と同時に上級騎士の身分が与えられ、騎士団の幹部としての待遇と教育を受ける。それに対して下級騎士は、下級貴族や一般兵士、平民から学業と実技の試験を受けて入団し、上級騎士の命令通りに働く兵士としての教育を受ける。


 ラーク王国では、伯爵以上の上級貴族の子弟は、無条件で上級騎士として入団できるが、下級騎士と違い三年間という任期があり、大半の上級騎士は任期満了後、爵位を継ぐか、文官としてのキャリアを積む為に退団する。任期満了後も上級騎士として騎士団に残るには、指揮官として相応の実力が無ければならない。次期当主として爵位を継ぐことが決まっている者は、騎士団への入団は言わば箔付けであり、爵位を継げない次男や三男の、騎士団に残留できなければ身を立てられない者とは、任期中の過ごし方に大きな差が見られた。


 アルヴィン・ハルフォードは、三男という立場から自分が爵位を継げるとは思っておらず、騎士として大成する為に、日々を真面目に過ごしていた普通の青年だった。


 …

 

 (ヤバ……)


 プレートを確認し部屋に入った藤崎は、アルヴィンの寝姿を見て、固まる。


 (何コイツ、超イケメンなんだけど? スヴェンに似てるけど断然コイツの方がイイ。てか、あのエルヴィンとかいうブタは本当に兄弟なわけ? この兄弟になんであんなブタが混ざってるのよ……)


 無防備な寝顔ながら、端正で甘いマスク。程よく鍛えられた肉体。自分の理想の男性像を目の前にし、暗殺の役目を暫し忘れる藤崎亜衣。



 藤崎が高校一年の時、初めて付き合った男は白人の大学生だった。付き合いは長くは続かなかったものの、それ以降、日本人の同学年は子供にしか見えず、恋愛の対象外になってしまった。現在までに数多くの男性と体を重ねた経験のある藤崎だったが、セックスは外国人とでしか満足できなかった。週末はよく、クラスで仲の良かったマリアと里沙と三人で繁華街へと繰り出し、ナンパされた外国人とセックスした。


 日本では何不自由なく暮らしていた。中学では成績も良く、全国有数の進学校に入学できたが、入学して早々授業についていけなくなった。部活に入らず、塾に通うも状況は変わらなかった。そのストレスを藤崎はセックスで解消していた。マリアと里沙からは、呆れられたが止められなかった。


 この世界に来て、男子には女があてがわれたが、女子には茶会や舞踏会など貴族の令嬢が好むような催しに呼ばれるだけだった。それに、食のバリエーションが驚くほど少なく、すぐに多くの女子達は早く日本に帰りたいと思った。藤崎もその一人だ。オブライオンの騎士数人と関係を持ったが、女を喜ばせるという文化が無いのか、ただ突っ込んで出して終わりという単調な男ばかりだったことにもガッカリした。


 冒険者として外の国に出ると、その環境の違いに驚いた。食もオブライオンとは違い豊かであり、魔導具を利用した上流の暮らしは地球とも遜色なく、オブライオンの王宮より他国の高級宿の方が贅沢な暮らしができたのだ。魔法や能力を使えるこちらの暮らしの方が自由にできると『探索組』の一部の者は思い始めてしまった。


 フィネクスで一人のエルフを助けた。その縁で一緒に遺跡の探索をするようになったが、エルフの女がとんでもない価格で奴隷として売れると知った藤崎達三人の冒険者パーティー『白い狐ホワイトフォックス』は、そのエルフを罠に嵌めて売り飛ばした。大量の金を手にした藤崎達は豪遊し、次第に遺跡に潜らなくなった。その頃に知り合い、遊び慣れたイケメンのスヴェンに藤崎は入れ込み、遺跡で発掘した古代魔導具をマリアと里沙に内緒で貢いでいた。スヴェンはここラーク王国の侯爵家の跡取りで、この男を落とせれば、この世界では安泰だと思ったのだ。


 スヴェンに貢いだ物には魔法の鞄マジックバッグや色々な魔導具が多かったが、何に使うか分からないような、古代魔導具もあった。後に、それを求めた『探索組』のリーダー的な存在である夏希と喧嘩になり、藤崎がメンバーの二人にも内緒でスヴェンに貢いでいたのがバレたのだ。


 夏希の前ではマリアも里沙も成すすべなく圧倒され、慌てて二人を見捨てて逃げてきた藤崎は、貴族の後ろ盾を得て匿ってもらうしか手が無かった。


 日本には帰れない。オブライオンにも帰りたくない。友達も裏切った。それに、夏希には絶対に捕まりたくない藤崎は、そのストレスを性欲で解消して誤魔化していた。



 (ヤバい…… ヤリたくなってきた……)


 藤崎は気づけば自分の服を脱いでいた。美人と言ってもいい垢ぬけた顔。そして、十七歳という若さながら、成熟した大人の身体と、きめ細やかな白い肌。藤崎亜衣は、いわゆる男受けする、男の情欲を掻き立てる容姿をしていた。男女の美的感覚が地球と異なるこの世界でも、藤崎は男に好かれる、抱きたいと思わせる十代とは思えない妖艶な雰囲気を持っていた。


 シーツを剥ぎ取り、素早く寝ているアルヴィンに馬乗りになる藤崎。


 「――ッ!」


 「しーーー」


 突然のことに驚き、身体を起こすアルヴィンを、藤崎は身体強化で強引に押し倒し、手で口を塞いだ。目を丸くして驚くアルヴィンに、藤崎が甘く囁く。


 「あなたはアルヴィン・ハルフォードで合ってるかしら?」


 口を塞がれながら、コクリと頷くアルヴィン。寝ていたところに裸の女の子が突然現れ、混乱し取り乱すも、押さえつけられた手を跳ねのけることが出来なかった。凄まじい力に驚くも、初めて見る女性の裸体に困惑するアルヴィン。


 「じゃあ、今からいいコト教えてあげる……」


 「……」


 …

 ……

 ………


 翌朝、騎士宿舎を後にした藤崎は、城直樹にどう報告しようか考えていた。


 「まあ、馬鹿正直に報告しなくてもいいわよね。状況も多少は分かってきたけど、まだアイツの目的も見えてこないし、バックにいるっぽい貴族も分かってない。先にエルヴィンとかいうブタを始末して、つついてみるのも面白いかもしれないわね……」


 藤崎は、アルヴィンとの予想外の出会いに今後の方針を修正する。


 「でも、あのイケメン、童貞だったのね。テクは無かったけどいいモノ持ってたし、悪く無かったわ~ まあ教えて行けばいいわよね」


 藤崎の中で、ハルフォード家の当主にはアルヴィンを据えることが決まった。その為には城直樹とエルヴィンが邪魔だ。だが、城が冒険者ギルドや他の貴族と繋がり、暗躍してることを考えると、迂闊に事を進めるのは危険だということも分かっていた。


 「少し、本気で調べてみるか……」

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