第248話 依頼

 翌朝。部屋のリビングで紅茶を飲んでいたレイの元に、イヴが入って来る。


 「失礼します。レイ様、ラルフと名乗る不審な男が、レイ様を訪ねて来ております。始末しますか?」


 「いや、待て待て待て。すまん、イヴにはまだ伝えてなかったな。ソイツは大丈夫だ、通してくれ」


 (昨夜のラルフって奴は、イヴも見たことがあるはずなんだが……。始末しますか、とか、冷静に考えると、イヴの経歴は知っているとは言え、十代の女の子の発想じゃないな。……まあ、俺が言えたことじゃないが)



 ゴルブの治療は朝までかかり、一緒に手伝ってもらったリディーナは、レイの膝の上で寝息を立てている。レイも徹夜していたのは変わりないが、眠気よりも魔力を消費したことによる疲労感の方が強かった。魔力回復の為に、少し仮眠を取ろうとしたタイミングで、イヴからラルフの来訪を伝えられた。


 (こういう時は、無性にコーヒーが飲みたくなるな……)


 レイは、元々、コーヒー党だ。紅茶も嫌いでは無いが、紅茶かコーヒー、どちらかを選べと言われたら、迷わずコーヒーを選ぶ。この世界では、貿易都市のマネーベルでさえ、コーヒーは存在しなかった。新しい身体になったのでカフェイン中毒というわけではないはずだが、あの香りと苦みのある味を懐かしく思う。


 レイはリディーナを起こし、イヴにラルフを連れてくるよう伝えた。


 

 「失礼します……。旦那、朝早くからすいません」


 イヴに案内され、部屋に入ってきたラルフは昨夜の姿のままだった。衣服は焦げた痕や煤で汚れ、顔色も良くはない。ラルフはレイに言われた最高級宿の宿がどの高級宿か分からず、見つけるのに朝までかかった。ラルフが知る限り、五階建ての高級宿は複数あったが、流石に受付でレイの名前や特徴を伝えて聞いて回るほど馬鹿では無いし、仮にそうしたとしても顧客情報を一介の冒険者に明かす高級宿など普通は無い。ラルフは五階建ての高級宿を一軒づつ侵入し、調べるしか無く、それが今まで時間が掛かっただけだった。


 ラルフは、その苦労と、この宿の五階に侵入したところで、イヴに見つかり危うく殺されそうになったことは、レイの前で愚痴るような馬鹿な真似もしない。


 (まさか、この俺がこんな娘みたいな歳の子に後ろを取られるなんて、バッツさんにも言えないな……。この子、確か本部の元職員だったはずだが、一体どうなってんだ? 昨夜のレイの旦那といい、バケモンだなホント……)


 この宿に侵入したまでは良かったが、すぐにイヴに背後から短剣を突きつけられ、慌てて弁明した先程の自分を思い出し、何とも言えない気持ちになるラルフ。



 「ああ、ラルフと言ったか。こっちこそ朝から悪いな」


 「いえ、お気遣いなく。それより、ゴルブの爺さんは?」


 「……とりあえず、生きてはいる」


 「とりあえず?」


 「完治はしてない」


 ゴルブが受けた毒は、レイ達の手持ちの薬草では解毒出来なかった。回復魔法を掛け続けたおかげか、時間の経過と共に毒が自然分解したのか、もしくは様々な薬草を服用した効果かは分からないが、現在ゴルブは小康を保っている。


 「意識もまだ戻ってない。できれば盛られた毒の解毒薬を手に入れたいところだ。このままでも回復魔法で命は繋ぎ止められるとは思うが、毒が完全に分解、排泄されなければ後遺症や障害が残るかもしれないな」


 「解毒薬ですか……」


 世の中には解毒薬が存在しない毒は数多くある。それはこの世界も同じだろう。しかし、毒を兵器として使用する場合には必ず解毒薬、もしくは治療方法が存在する物しか基本的には使用されない。毒や毒ガスのような化学兵器は他の通常兵器と違い、使用する本人や仲間、もしくは、殺してはならない人間に誤って被害を及ぼすことが起こり得るからだ。世の中には触れただけで死に至る化学兵器も存在するが、解毒薬が無ければ、安全に取り扱うことなどできない。相手を死に至らしめる毒は、それを無効化する解毒薬や予防、治療法がセットでないと兵器として運用するのは非常にリスクが高く、兵器として使用する以上、解毒薬が存在する可能性は高く、今回、ゴルブに毒を盛った犯人か、犯人に毒を提供した人間が、解毒薬を持っている可能性は高いと思われた。


 例外は、魔法による毒の場合だ。レイは、闇魔法の『ポイズン』という魔法が存在するのは女神の知識で知ってはいるが、具体的なメカニズムまでは分からない。その魔法の対にあたる『解毒デトックス』が光魔法に存在するも、土魔法のようにその仕組みが分からないレイは、いずれの魔法も発現させることが出来ないでいた。


 ゴルブを完治させるには、毒を盛った犯人、もしくは、毒の作成・提供者を突き止めるしかない。


 「まあ、正直言うと、お前が目撃した三人、そいつらの居場所が分かれば、あの爺さんが死んじまっても別にいいんだけどな」


 「へ?」


 「まだ断定は出来ないが、爺さんをやったのは『勇者』の可能性が高い。爺さんが冒険者ギルド本部の依頼を受けて、この街の支部を拠点に活動している冒険者が『勇者』かもしれないと調査しに来ていることは知っている。それに「S等級」の冒険者と知ってて襲うような奴は『勇者』以外に考えられないからな。爺さんを襲ったのは『勇者』の一人、城直樹の可能性が高い。マリガンから聞いてるかは知らんが、俺は『勇者』を始末するのが仕事だ。城直樹を殺せれば、爺さんの生死は俺にとっては、はっきり言ってどうでもいいんだ」


 「そう、ですか……」


 「だが、爺さんが城直樹のことを知っていれば、俺にとって有用な情報を持ってることになる。現状、城直樹は顔と名前、それとこの街の支部を拠点にしていることしか情報が無いからな。助かる可能性があるなら早めに治療したいとは思ってる」


 レイは、城直樹の居場所は勿論だが、能力の方が知りたい情報だった。やられたとは言え、実際に戦ったのなら、その能力の片鱗ぐらいは体験したはずだ。相手の意識の外から攻撃できたとしても、どんな能力か分からなければ、防がれる可能性があるからだ。『勇者』の居場所以上に、所持している能力を知ることの方が、レイにとって重要だった。


 「爺さんをやった三人、犯人の顔は見てます。俺に探させて貰えませんか?」


 ラルフは、レイにそう願い出る。レイの非情とも思える発言は、プロとして当たり前の判断だ。自身がゴルブの安否を優先し、三人を追跡しなかったことをラルフは後悔した。レイの言うように「S等級」と知って襲うような馬鹿は、普通の冒険者であるはずが無い。「S等級」の存在は公にされていないが、ある程度の実力者なら、A等級以上の存在がいることは周知の事実だ。普通の者では無い以上、犯人の詳細を調査しておく方が、『勇者』かもしれない可能性を含めて、あの時するべき選択だった。


 「……」


 レイはこのラルフという男に任せるか、暫し考える。城直樹の能力は勿論、そのパーティーメンバーの実力も分からない。万一、ラルフが捕まって、能力なり拷問なりで自分達の存在が知られれば、こちらの優位性が崩れてしまう。それに、『勇者』の能力をここの世界の者が分析できるかの懸念もあった。


 「いや、奴らは俺が調べる。代わりにお前は、アマンダという奴隷商人を探して欲しい」


 「……奴隷商人、ですか?」


 今までの話と違う話題に困惑するラルフに、レイはこの街に来るまでに遭遇した野盗団についてラルフに説明する。


 …


 「なるほど、子供達が違法に売られてるって訳ですね。未成年ってだけでも違法なのに、ひでぇ話だ……」


 ラルフの脳裏に、マネーベル支部のジェニーに保護されてるステラの姿がよぎる。あの少女に何が起こったのかは、一部の人間しか知らない事だが、ラルフは知っている。ジルトロ共和国の違法奴隷に関与した議員の調査は今も続いており、アマンダという奴隷商も違法な売買を行なっているなら、隣国であるジルトロにも無関係ではないかも知れなかった。


 「分かりました。数日以内に探します。お任せください」


 ラルフは、ゴルブと『勇者』の件を一旦置いておき、レイの要望を承諾した。


 「そういや、俺に伝えたいことがあるって昨夜言って無かったか?」


 「そうでした。旦那からの手紙をメルギドに届けたんですが、返信の代わりにバルメって女性が来てます。レイの旦那に渡すモノがあるとかで、先日までこの街で待機してました。旦那が来なかったんで、ウチのバッツ達護衛と神聖国へ出発しちまいましたが、俺はそれを伝える為にここ残ってたんですよ」


 「メルギドからの荷物か……。一足遅かったようだな」

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