第242話 尾行

 B等級冒険者パーティー『ホークアイ』のラルフは、一人、王都フィリスに残り、この国の情報を集めていた。S等級冒険者、『大地のゴルブ』が本部から派遣された理由はラルフも知っている。ラルフからすれば、大昔の『伝説の勇者』が現れたというのは信じ難い話だったが、実際に『レイ』という規格外の存在と、ギルド本部が動いていることから、事実という前提で動いていた。


 ラルフは、ゴルブの動向を観察し、『勇者』を確認するのが任務だったが、マリガンからはラーク王国の内情も調べるように言われている。金の産出で急速に国が発展してきているラーク王国だったが、その影響は冒険者にも及んでおり、マリガンは冒険者の引き抜きに頭を悩ませていた。


 冒険者が拠点を移すのは、別に珍しいことではない。立地や条件、報酬など、自分達の力が生かせる環境に拠点を置くことは当然の判断だ。国や地域によって、冒険者への依頼内容には特色が出る。貿易都市のマネーベルでは、護衛や調査の依頼が多く、国境付近の都市では魔物の討伐依頼が多い。ここラーク王国のフィリスでは、主に採掘場の警備や山の探索など、鉱山に関する依頼が多く、産出される金の輸送は騎士団の仕事なので、護衛の依頼は殆ど無い。


 マリガンの懸念していることは、育てた冒険者が引き抜かれることは勿論だが、D等級以下の冒険者も引き抜かれていることだ。ラーク王国の依頼の傾向から、等級に見合ってない冒険者に仕事を振っているのではないか、という疑惑がマリガンにはあった。


 通常、警備の依頼は、C等級以上の冒険者でなければ受注できない。護衛依頼と同じように、警備依頼は対魔物は勿論、対人の戦闘能力が必須だからだ。C等級の冒険者パーティーでも、パーティー内にC等級以下のメンバーがいれば、警備依頼は受けられない。流出した下位の冒険者の数から、十分に仕事があるとマリガンは思えなかった。


 …

 

 (確かに、マネーベルウチからも若いのが流れて来てるな……)


 ギルド周辺の路地で、小汚い格好で浮浪者のように座り込み、ギルドに出入りする人間を観察しているラルフ。ここフィリスでは貧富の差が激しく、路上で物乞いをしている者の姿は珍しくない。ラルフは状況に応じて変装し、ギルド内外からフィリス支部の情報を集めていた。


 (『大地のゴルブ』は相変わらず、ギルドに併設された酒場で飲んだくれてる。あのジイさん、ホントにやる気ねーな。だが、「S等級」が『勇者』の可能性のある冒険者を探しに来てるってのに、ギルドの職員が協力してるようには見えない。本部から来てる上、「S等級」だぞ? 蔑ろにしてるのは明らかに変だ……)


 ラルフはフィリス支部の対応を不審に思う。仮にこれがマネーベル支部だった場合、マリガンの慌ただしい対応が目に浮かび、このフィリス支部の冷ややかな対応が有り得ないと思ってしまう。特に、ラルフは不死者アンデッド襲撃や、レイによる神殿騎士達の惨殺現場を見ている。「S等級」の機嫌を損ねるリスクを身を以って知っていた。「S等級」である『大地のゴルブ』に非協力的な姿勢は自殺行為に思えた。


 (ギルドマスターはクライドって金髪の眼鏡。ギルマスにしては年は若いが、切れ者って雰囲気だ。まずはそこから調べてみるか……)


 ラルフはギルドからクライドが出てくるのを待ち、尾行してギルマスの周辺調査を行うことにした。


 …

 ……

 ………


 冒険者ギルド、フィリス支部から一人の男が出てくる。地味な色合いの古びた外套に、つばの広い帽子、顔を隠すように襟を立てて歩いていく男に、ラルフはそっと腰を上げ、ついていった。


 (ギルドマスターのクライドだ)


 普段はパリッとしたスーツを着こなしている男だったが、今日の格好は、同一人物とは思えないほど印象が変わっている。だが、いくら姿を誤魔化そうと服装を変えても、靴まで変える者は殆どいない。それに、歩き方も同じだ。歩き方を変えるのは、そうした訓練を普段から行っていなければ難しい。ラルフは靴と歩き方の二点から、即座に男がクライドと看破し、尾行を開始する。


 (格好を変えるってことは、人に知られたくないって事なんだろうが……。何が出てくることやら……)


 クライドはギルドを出て、街の中央に向かう。近年急速に開発が進み、ガラスを多く使った建物が軒を連ねており、通りを歩く人間も、洗練された服装の者が多くなってきた。


 (この格好じゃ目立つな……)


 ラルフはクライドと距離を保ちながら、顔の汚れをふき取り、髪を整え、着ていた外套を素早く裏返しにする。裏返された外套は綺麗な布地になっており、ラルフは一瞬で物乞いから小綺麗な平民に変わった。クライドを視界の片隅に捕らえながら、背筋を伸ばし、顎を上げて水平よりやや上方に視線を上げる。


 警戒している人間は、他人の視線に敏感になる。同じ視線でも、下から見上げるような上目遣いの視線と、上から見下ろすような視線では、実は後者の方が敵意を感じ難く、印象にも残り難い。ラルフは直接監視対象を見るようなバカな真似はしないが、万一、クライドが尾行を警戒して振り返り、ラルフと目が合ったとしても、監視していると悟られぬよう、ラルフは細心の注意を払う。


 (宿?)


 クライドが一軒の宿に入っていく。王都の宿の中では最高級ではないが高級宿であり、一般の平民が気軽に宿泊できるような宿ではない。


 ここで、ラルフは尾行を諦める。中の構造が分からない建物に入るのは、尾行が発覚するリスクしかない。クライドが中で誰と会うのか気にはなるが、無理して調べる必要も無いので、宿の出入り客を監視し、宿泊客を把握する方へと切り替えた。


 (こそこそと隠れて会うんだ。何かやましい事でもしてるかもしれないが、単に女と逢引ってこともあるからな~ さて、今の内に腹ごしらえでもしておくかね……)

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