第226話 新事実

 シリルは、レイにそこまで説明されて初めて事の重大さに気付いた。人族の殆どの国は『アリア教』を信じている。エルフ族をはじめ、様々な亜人種は『女神アリア』の存在を信じてはいるが、アリア教の信者ではない。人間から発祥した教えが亜人に浸透し難いこともあるが、最大の理由は『聖女』が現れないからだ。


 『アリア教』はあくまでも人間の宗教なのだ。


 仮に、女神からの神託を悪用し、『亜人は異端であり、排除すべき悪である』などと発信されれば、亜人は人間国家から敵視され、排除されるだろう。亜人の国は勿論、人間社会にも亜人は大勢共存している。数に勝る人間が亜人廃絶に動けば、どのような悲惨な結果を招くか……。


 「言うまでも無いが、この話は極秘だ。万一このことが漏れれば、戦争どころじゃないぞ?」


 シリルが口元を押さえて、込み上げる吐き気を必死に堪える。重過ぎる秘密を予期せず知ってしまったことに、計り知れぬ重圧を感じていた。それは隣にいる伯父であるトリスタンも同じだったようで、先程より一層、顔を青くしている。


 「し、しかし、神託を捻じ曲げるなど……」


 「権力に取りつかれた人間ならやるだろうな。人間なんてそんなもんだ」


 「そ、そんな……」


 (俺が転生する際、女神アリアは天罰などのような直接的な行為は出来ないと言った。『聖女』を殺した『勇者』にすらしようとしないなら、出来ないと同じだ。神託を捻じ曲げるようなヤツに対しても女神は何も出来ないだろう。過去にそのような事例がなければ、一線を越えるヤツは出てくるだろうな……)



 「な、なんてことだ……。オブライオンに続き、神聖国の『聖女』までも『勇者』の手に掛かっていたなんて……」


 「『勇者』の一人が、神聖国に入り込んで『聖女』を洗脳していた。教会のトップである教皇もどうなってるか分からない。俺は、これから神聖国のローズ家に『聖女クレア』を保護させて、クレアの精神を元に戻すつもりだ」


 「まさか、教皇まで……。いや、ローズ家? 確か、代々『聖女』の護衛騎士を輩出している名家だけど……」


 「アンジェリカ・ローズもこのことを知っている。あの女の実家は大貴族でそれなりに力があるんだろう? 最悪、洗脳されてる教会トップ達は全員始末しなきゃならんからな。教会を立て直させるのに、今はあの女の実家ぐらいしか候補が無いだけだ」


 「教会のトップを始末? ……正気かい? 下手すれば、全アリア教徒を敵に回すんだよ?」


 「洗脳された権力者を生かしておいても同じことだ。『勇者』を殺る前に対処しなきゃ、勇者どころじゃなくなる。アリア信徒が全員敵に回れば、人間の国で活動が難しくなるんだからな。あまり時間の余裕は無い。教会に内偵を送ってると言っていたが、連絡方法は?」


 「週に一度、灰色鳥グレイバードで手紙のやり取りしてるけど、まだ教会中枢の情報は無い。神殿騎士団の動きが慌ただしいってことぐらいだ。内偵の者にはキミに協力するよう伝える。あとで彼女の詳細を教えるよ」


 「彼女? 女か……」


 女と聞いて、リディーナの頬がピクリと反応する。


 「ああ、B等級の冒険者だけど、腕利きだ。それより、聖女クレアを正常に戻すって目星はついてるのかい?」


 「……『魔黒の甲冑まこくのかっちゅう』があれば何とかなるはずだ」


 「え? アレが何で? あんな物をどうして……」


 「知ってるのか?」


 「知ってるも何も『黒のシリーズ』じゃないかっ! なんであんな物が必要なんだ! キミの『魔刃メルギド』もそうだけど、なんでそんな物を使ってられるんだ! まったく、命が要らないのかい? 信じられないよ! ……あの『剣聖シン』、幸三さんだって使うことを嫌がったんだぞ……。それにライアンさんもあの鎧を着て……」


 レイは、トリスタンの言葉に反応し、その胸倉を乱暴に掴んで声を荒げる。


 「コウゾウ? 今、幸三って言ったのか? まさか、日本刀を持ち込んだのはソイツか?」


 「うっ…… 苦し…… そ、そうだ『剣聖シン』、シングウ・コウゾウだ。それが何か……」


 「師匠ジジイがこの世界の『勇者』だっただと……?」


 レイは、掴んでいた胸倉から手を離し、額を押さえて考え込む。


 「どういうことだ……。師匠が二百年前の『勇者』の一人で、その孫娘である白石響が『勇者』として召喚された……。そして、師匠の弟子である俺が、それを始末しにこの世界に呼ばれただと? ……偶然な訳が無い。くっ、女神め、やはり知ってて黙ってやがったな…… しかし、どういうことだ? 師匠は女神が召喚した、白石響は違う、偶然としては出来過ぎてる。まさか、今の『勇者』共も女神が召喚してたとしたら…… いや、なら俺を呼んだ理由が無い。俺の身体に仕掛けをしたくらいだ。『勇者』が邪魔になったら消すぐらいの仕掛けをあの女神がしてないはずがない。くそっ! 一体どうなってる……」


 動揺を隠せないレイに、リディーナは心配そうな顔をするが、トリスタンは尋ねずにはいられなかった。


 「幸三さんを知ってるのかい?」


 「……俺の師だ」


 「う、嘘だろ? そんなことって……」


 「それに、『勇者』の一人は師匠の孫娘だった。サリム王を脅迫してた一人だ。この国に吸血鬼をけしかけ、マネーベルを襲った不死者アンデッドの群れを率いていた。まあ、昨日俺が始末したがな……」


 「嘘だろ? ……それを知ってて殺したのかっ! キミは……」


 「白石響は、修羅に堕ちていた。女神の依頼が無くても、『新宮流』の宗家……新宮幸三の名代として俺は始末しなければならなかった。私情は挟めない。俺が殺らなくても師がいたなら師が同じことをしたはずだ」



 「やっぱり、キミ達はオカシイよ……」

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