第225話 別の世界

 「サリム王だったか? 王様は治療した。眠りから覚めたらすぐにでも動けるし、元気になってるはずだ」


 「ま、まさか……」


 トリスタンとシリルがレイの発言に信じられないといった顔をする。サリム王の病は、エタリシオンにあるどんな薬草も効かず、回復魔法では病が治らないと分かってはいたが、症状すら緩和できなかったのだ。


 魔素の濃い森に囲まれたエタリシオンは、多種多様な薬草が自生する。麻酔効果のある『ポピン草』をはじめ、魔素の薄い人間の国の範囲では見られない物も多い。それ故にエルフ国では他の国より薬学が発展しているが、それでもサリム王の病は治せなかった。


 「父上の病が治っただと?」


 シリルが再度レイに尋ねる。


 「完治はしてない。病に侵された部分を切除して臓器を元通りに再生しただけだ。それでも数年は元気に生活できるだろう。だが、この病は、目に見えない原因によって引き起こされる。目に見える悪い部分を切り取っただけで、その原因が全て無くなったわけじゃない。回復魔法はその原因を増殖させてしまうから今後はやらない方がいい。もし、転移……悪い原因が全部無くなっていれば寿命まで生きられるだろうな」


 (俺の『透視』じゃ、転移してるかどうかまでは分からないからな。本来なら暫く滞在して経過観察した方がいいだろうが、そんな暇はない。まあ、シャルとソフィの様子を確かめる時にでも診てやればいいだろう。……あのオッサンが受け入れるかは知らんがな)


 「ホント、キミには驚かされるよ……。二百年前の『勇者』達にも病を治すなんて出来なかった。……回復魔法は凄かったけどね」


 「過去の『勇者』がどんなヤツらだったのかは知らないが、俺がいた時代より古い人間だったんだろう。恐らく七、八十年以上昔の人間だ。知らなくても無理はない」


 「七、八十年? 彼らは二百年前に来たんだよ?」


 「メルギドで見た『銃』はどう考えても二百年前のものじゃない。まだ単なる推測だが俺のいた世界とこの世界では時間の流れが違うんだろう。俺がいた世界の二百年前にはあの銃は製造されて無いんだからな」


 レイがメルギドで『銃』を見た時、二百年前の『勇者』は、少なくとも第二次大戦中の兵士だったことを確信していた。メルギドに残されていた銃、『M-1ガーランド』は大戦中に米軍を中心に西側諸国に配備されていた銃だ。それに『日本刀』。旧日本軍の将校なら軍刀では無く、自前の刀を持参していたこともあり得るだろう。この二つから推測すれば、女神は大戦中の兵士を双方の陣営から召喚したことになる。


 (まあ推測の域を出ないし、ひょっとしたら只の骨董品マニアかもしれないが、戦闘を目的に召喚したならそれは無いだろう。それが分かったからと言って何が変わるものでも無いが、これが事実なら、この世界と地球では時間の流れが三倍近く違うということだ。召喚に時間のラグが無いと仮定するなら、地球と同じ宇宙の別の惑星では無く、まったく異なる次元の世界という可能性が高い。空間転移の能力持ちがいくら頑張っても地球には帰れない。この仮説は勇者達には絶望だろうな……)


 「銃……。それなら冒険者ギルドの本部にもある。魔物には効果が低いといって『勇者』が使わなかったものが」


 「どうせ『弾丸』は無いんだろ。メルギドにも無かったしな」


 「弾丸?」


 「銃から発射する金属の塊のことだ」


 「それなら、あったはずだ。金色の長細いヤツのことだろ? 一度だけ撃たせてもらったことがあるから覚えているよ」


 「……保管方法は?」


 「え? 『勇者』達の荷物や装備品は『Sランク』の魔法の鞄マジックバッグに保管してあるけど……」


 「……」


 (時間停止機能付きの鞄か……。ならまだ使えるな。それに、もしかしたら他の装備も残ってるかもしれない。大戦中のものとは言え、中~遠距離からの攻撃方法が弓か魔法しかないこの世界じゃ、十分有用だ。銃があれば、勇者を楽に殺せた場面がいくつもある)


 「魔法の鞄があるなら持ってこれるだろう? お前が持ってこい」


 「うーん……。『勇者』の調査ができなくなるけどいいのかい? 一応『勇者』の件は、信頼できる者で調べてはいるんだけど、本部にボクがいないと統括できない。さっきキミに言われた調査が、その間は中断してしまう。それに、そんな貴重な物を運ばせられるほど信頼できる人間が今は調査で出払ってるんだよ……」


 (くっ、確かにそうだ。トリスタンこいつには『勇者』の居所を調べさせる方が優先だ。銃は欲しいが、その前に情報が無きゃ何もできんしな。くそっ、やっぱりこっちから取りに行くしかないか……)


 

 「ねえ、レイ。確かギルド本部の書庫に行きたいって言ってなかったかしら?」


 リディーナの発言にレイはそのことを思い出す。


 「書庫? 何か調べたいものでも?」


 「古代語の本だ。本部の書庫に多くあると聞いた」


 「こ、古代語が読めるのかい? う、嘘だろ……?」


 「嘘言ってどうする。……仕方ない、こっちの用事が済んだらギルド本部へ行く。『勇者』の装備品と、古代語の本を用意しておけ。それとアイツらの情報もだ」


 「わ、わかった。手配しておく。……確認しておきたいんだが、キミ達の今後の予定は?」


 「マリガンから聞いて無いのか?」


 「神聖国に向かうとだけ。キミ達と一緒にいるのは『聖女クレア』だろ? それと護衛騎士筆頭のアンジェリカ・ローズ。普通の修道女の格好をしてるけど、何度か見たことがあるから知っているよ? けど、何やら様子がおかしいから気にはなってたんだ。どういうことか聞いても?」


 レイは、トリスタンにどこまで話すか迷う。女神の神託を受けることができるのは、現時点で帝国にいる聖女のみだということは、絶対に漏れる訳にはいかなかった。帝国がどのような国か分からず、情報も無いことから、万一『勇者』に利用されれば、全アリア教徒を敵に回すかもしれないからだ。


 「お前に楔は打ったが、俺はまだ信用してる訳じゃない」


 「神聖国にはギルドから内偵も出してる。しばらく前から教会の動向もおかしいんだ。頼む、教えてほしい」


 トリスタンはそう言うと、レイに頭を下げる。



 レイは暫し悩んだ後、話すことを決めた。


 「『聖女クレア』は精神を病んでいる。『勇者』の一人に洗脳された影響だ。今は洗脳が解けているが、『聖女』としての務めは果たせない状態だ」


 「洗脳だって? いや、ちょっと待ってくれ……。それって…… 拙いじゃないかっ!」


 「?」


 シリルはトリスタンの狼狽ぶりを理解できない。何故、伯父はそんなに慌てているのか、聖女が務めを果たせないなら他にもいるじゃないかと疑問に思う。頭を抱えて何やら思案しているトリスタンに、レイが続ける。


 「オブライオン王国の聖女は死んだ。神聖国の聖女も務めを果たせない。女神の神託を受け取れる『聖女』は、帝国にいる一人しかいない。『勇者』か、野心を持った権力者にこのことが知られれば、利用されるのは間違いない」


 「り、利用って……?」


 「おいおい、大丈夫か? 次期王様なんだろ? この国にだって他人事じゃないんだぞ? 女神の『神託』を独占できるってことは、神の言葉を自分の都合の良いように捻じ曲げることもできるんだぞ? 大陸中にいるアリア教徒を支配できるんだ。その意味分かってんのか?」


 「なっ!」

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