第206話 無力

 ドチャ


 生命反応が無くなり、骨と皮だけになったエリクを、レイは城壁の下に投げ捨てた。『墨焔の魔弓』を自分の魔法の鞄マジックバッグに仕舞い、シリルを見る。


 その様子を建物の屋上にいた、エタリシオン第二王子のシリルは厳しい顔をして見ていた。それは、共にいた近衛二人も同じだった。


 無理矢理『魔弓』を使わされて、その寿命を散らしたエリク。エリクの行った行為は唾棄すべきものだったとはいえ、その最後はあまりにも惨かった。『墨焔の魔弓すみほむらのまきゅう』を一射するたびに、エリクの老化が加速度的に進み、泣き叫びながら干からびて死んだ。そして、最後はゴミの様に捨てられた。


 シリルは、建物の屋根を飛び移り、城壁に上がると、レイの元へゆっくり両手を上げながら近づいていく。随伴する近衛も慌ててついていくが、レイから王子を守れる自信が無く、動揺と不安が表情に出ていた。


 「……何も殺すことは無かったのでは?」


 「……」


 「あの様な状態なら、連行して裁きを……」


 「お前もボケてんのか? また妖精を憑依されたらお前達で止められるのか? 剣は通じなかった。魔法も光や聖属性でなきゃダメージが入らない。街の兵士達であれを止められなかったからこの街の惨状があるんじゃないのか?」


 「そ、それは……」


 シリルが言葉に詰まる。ハイエルフの王族とは言え、光や聖属性の魔法を使える者はいない。エリクの暴走を止められなかったからこそ、街や民に被害が出たのだ。万一、逃げられた場合、対処できる者がいるはずはなかった。第一、エリクを止められる者がいるのなら、吸血鬼達に一か月も手こずってはいない。


 「あの寝室にいたってことは、それなりの立場の人間だろ? エリクコイツの心配より、吸血鬼アレをなんとかする方が先だと思うがな?」


 レイの目線の先には朝日が昇り、殲滅しきれなかった吸血鬼達が、陽の光を避けるようにして森へ去っていく様子が見える。


 「うっ……」


 シリルの目に現実が突き付けられる。状況は何も変わっていない。自分達が吸血鬼に対して有効な手立てが無いのは変わっておらず、明日の夜にはまた襲って来るだろう。それに、背後には灰になった街。死傷者がどれ程出たのか見当もつかない。灰になった建物や人は、風に吹かれて崩れ去っており、遺体すら残っていなかった。


 「王に伝えろ。明日の夜に来ると言った『勇者』二人は俺が殺す。邪魔だから王宮に誰も入れるなとな」


 「ど、どう言うことだ?」


 「王宮を無人にしておけと言っている。人か残っていれば巻き込まれて全員死ぬことになる。警告はしたぞ?」


 レイはそうシリルに伝え、飛び去って行った。


 

 「「シリル様……」」


 「お、王宮へ戻るぞ。とにかく、今は父上に報告だ……」


 「「は、はい!」」


 …

 ……

 ………


 「すまん、遅くなった」


 レイは、イブとシャルの待っていた王宮の屋根に戻ってきた。


 「レイ様!」

 「兄ちゃん!」


 「一旦、集落まで戻る。シャル、今すぐ両親のところへ送ってやりたいが、ちょっとゴタゴタしてる。それにソフィ達が心配だ。悪いがもう暫く一緒にいてくれ」


 「わかったよ、兄ちゃん」


 「イヴ、シャルを頼む。俺はリディーナを」


 「了解です!」


 レイはリディーナを、イヴはシャルを抱えて、夜が明けてきた王都上空を飛び立つ。


 

 「イヴねえちゃん、オレも飛べるようになるかな……」


 シャルは怖がりもせず、眼下に広がる森と空を見つめて呟く。

 

 「フフフッ 頑張れば、シャルも飛べるようになりますよ」


 …

 ……

 ………


 王の寝室に戻ったシリルは、サリム王にありのままを全て報告した。シリルとしては、あの男の言う通りにするしかないと思っていたが、ロジェは違った。


 「父上、私は反対です。王宮を無人にするなどと! 『勇者』もあの男も、吸血鬼共も! 私と兵が全て対処いたします! お任せ下さい!」


 シリルは呆れる。サリム王と側近達も同じような思いでロジェを見る。それが出来るのなら一ヵ月も王都に国民を避難させたままにしていない。現に城壁の兵士達の攻撃では、吸血鬼一人、満足に即死させられずに数を減らせていないのだ。


 (あの男に対処? 弟はまだ分かっていない……)


 あの男とエリクの戦闘を見て、実力の差…… 次元の違う力を思い知ったシリルは、父であるサリム王があの男に強気に出れず、『勇者』を特別視する理由を理解した。それと同時に自分達が、いかに怠慢だったかを後悔する。己を高める時間はいくらでもあった。結界があることを理由に、兵は鍛錬を怠り、我々王族も血を紡ぐことしか考えていなかった。我々の国の内にも外にも脅威はあったのだ。


 「ゴホッ ゴホッ ロジェ、これは王命だ。これ以上、無駄な時間を使わせるな」


 「くっ ……はい」


 ロジェは不服そうな顔をしながらも了承し、自分の側近と共に部屋を後にする。



 「シリル、被害にあった民は?」


 「そ、それが…… 遺体が残っておりません。全容の把握はすぐには困難かと……」


 「……被害状況の確認は、後に回す。まずは王宮と周辺区域の避難を急ぐのだ。民へは夕刻以降の外出を禁じ、強固な建物へ身を隠すよう通達しろ。ゴホッ ゴホッ シリル、お前が指揮を取るのだ。時間が無い、急げ」


 「はっ!」


 「なっ!」


 返事を返し、すぐさま部屋を出て行くシリル。その様子をルイは、斬られた腕を押さえながら呆然と見送っていた。


 …

 ……

 ………


 ソフィ達が待っていた無人の集落に到着したレイは、三人の無事を確認し、状況の説明もそこそこに、休息を欲した。


 「三人とも無事だな? すまんが、昼まで少し寝る。起きたら色々説明するから、リディーナを頼む」


 レイは、そう皆に言って、近くの毛布を被って目を閉じた。ここ一週間、殆ど寝ずに行動し、限界が近かった。魔力に余裕はあったが、少しでも回復しておきたかったのだ。


 「「「……」」」


 「一体どうなってるのだ?」


 アンジェリカがイヴに尋ねる。


 「私もあまり詳しくは……。ただ、『勇者』が現れました。レイ様は今夜『勇者』を始末するおつもりです」


 「『勇者』だと……?」


 「レイ様が起きられましたら説明があるはずです。それまではゆっくり休息を……」


 「わ、わかった」


 アンジェリカは、何がどうなってるのか聞きたくて仕方なかったが、ここ連日の『魔の森』でのレイの行動を思い出し、静かにイヴと共に部屋を出て行った。

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