第192話 血の海

 ザシュッ


 ヒュッ


 シュバッ


 エルフ国『エタリシオン』、結界手前の魔の森では、襲い来る魔物達をレイが屠り続けていた。リディーナとの合流地点であるこの野営地には、初日に襲ってきた鷲獅子グリフォンをはじめ、様々な魔獣、巨大な爬虫類型や昆虫型など、平地では見たことのない魔物が断続的に襲ってきていた。


 「ふぅー……」


 レイは、黒刀で両断した蠍に似た昆虫型の魔物を、自分の魔法の鞄マジックバッグに仕舞う。襲撃頻度があまりにも多く、魔力節約の為に死体の焼却は止め、魔法の鞄に放り込んでいたレイは、回復の為の睡眠も碌に取れずにいた。


 「レイ様、お休みください!」


 「いや、まだ大丈夫だ。それより先にイヴが休め」


 「しかし……」


 「いいから、休め」


 魔物の流した血の所為か、魔物の襲来の間隔が段々短くなってきている。流石にイヴが魔物と戦ってる間に、熟睡など出来ない。それに、イヴはレイとの交代の間、『炎の魔眼』を多用し、魔力が枯渇状態だ。レイよりも、魔力の回復に睡眠が必要なのはイヴの方だった。


 「しかし、参ったな……」


 レイ達は野営地を移動したり、飛び散った血を浄化魔法で処理したりしたが、魔物の襲撃頻度は変わらなかった。クヅリ曰く、強力な魔物は魔素の濃い場所、または魔力の多いモノを求めるそうだ。魔の森に棲む多くの魔物が森の外に出ないのは、魔素や魔力の少ないモノを捕食しても満たされないからとのことだった。


 普通の人間に比べたら膨大な魔力を持つレイや、『魔眼』という異能を持つイヴなど、魔物を引き寄せる要素がレイ達には多いらしい。『龍』が特定の場所から動かないことが多いのも、魔素の濃度が濃い場所を離れると、大量に人や魔物の捕食が必要になるからとのことだった。

 


 (……巨大な身体を持つ魔物の秘密の一端が分かった気がする。人間は、空気中の魔素を取り込んで魔力に変えるが、魔物は魔素を魔力とエネルギー源に変えているということだ。恐らくだが、魔物の体内にある魔石が関係しているんだろう)



 『強い者は、同じく強い者を引き寄せんす 』


 「強い者ね……。どうせ襲って来るなら土竜アースドラゴンが出て来て欲しいもんだ」


 「「土竜?」」


 縁起でも無い、そう言いたそうなアンジェリカを横目に、レイは真摯にそう願う。


 (魔導砲の砲弾たまがね。……もう無いんだよ)


 実は、魔導砲の砲弾は、先の『悪魔』に全て使ってしまって残弾が無い。追加の砲弾を、メルギドのマルクに頼んだが、いつ届くかは分からない。それに『竜』の魔石自体が貴重で、まとまった数の確保が出来るかも分からない。一度、飛竜ワイバーンの魔石で砲弾を作って貰ったが、やはり属性のある魔石じゃないと、指向性を持った砲撃にならず、砲から発射してすぐに拡散してしまい、意味が無かった。


 「最初の鷲獅子グリフォンを殺れなかったのは痛かったな……」



 そうこうしてる内に、また探知魔法に反応が浮かぶ。



 「まったく、茶を飲む暇もないな……」


 …

 ……

 ………


 三日後。


 「レイ殿……」


 「なんだ? アンジェリカ」


 「この状況、どうにかならないだろうか……」


 「……我慢しろ」


 野営地の周辺は、魔物の死骸が散乱し、辺り一面に血の海が広がっていた。


 魔法の鞄マジックバッグの空き容量はすでに無く、焼却処理する手間も魔力も掛ける気にならなかったレイは、魔石だけ抜いて、魔物の死体は放置していた。辺りには血の匂いが充満し、死臭も漂いはじめており、アンジェリカが堪らず声を上げたのだ。


 レイとしては、魔法を使えば処理は可能だったが、リディーナがまだ戻らず、いつまでこの状況が続くか分からない状況で、必要のない魔力を使う気にはならなかった。



 レイとアンジェリカの目の前では、イヴが両手に短剣を持ち、五メートルほどの巨人、森巨人トロールと対峙している。身体の表面が苔のような物に覆われ、肥満体の体躯から繰り出される攻撃は非常に鈍いが、膂力は強そうだ。それに、短剣で斬り付けても、傷がすぐに再生してしまう性質を持っていた。


 森巨人トロールの、腕を振り回すような攻撃を躱し、細かに短剣で斬り付けるイヴだったが、中々有効打を与えられていない。その状況で、イヴは魔法の発動も『炎の魔眼』も使っていない。長期戦を見込したレイによって、身体強化以外の魔力を使うことを禁じられた為だ。


 休息や睡眠を碌にとれていなかったレイだが、余裕はまだあった。だが、この機会をイヴの鍛錬にあてようと考えたレイは、魔物の処理をイヴに任せることにした。


 (考えろ、イヴ。倒す手段はすでに教えているぞ……)


 冒険者ギルドの資料室で見た、再生能力を持つ魔物への対処法は、既にリディーナやイヴには教えてある。先日の『悪魔』や不死者アンデッドのように、血が出ないような特殊な魔物には通用しないが、血が出る生物なら特定の弱点を突かなくても殺せる。目の前の森巨人トロールが巨体とは言え、人型なら対処はし易い。


 「くっ!」


 イヴは、森巨人の攻撃を掻い潜りながら、下半身を中心に攻めているが、時折その表情が歪む。


 アンジェリカも森巨人を正視しようとしない。


 無防備に晒されているは、男であるレイからしても不快と言わざるを得ない。小鬼ゴブリン豚鬼オークなど、人型の魔物の多くは雄だ。その上、人間の様に衣服を纏う知性や文化は無く、男性器が丸出しだ。それに、人型の魔物は、他の種族との交配が可能で、雌を見れば見境なく発情する。


 そそり立った、森巨人のは、精神的ダメージとなってイヴに襲い掛かっていた。


 ハァー ハァー アバァー


 不快な吐息を漏らしながら腕を振り回す森巨人。捕らえて捕食するというより、発情して襲おうとしている様子に、苛つきが止まらないレイだったが、これもイヴの為だと、今すぐ首とブツをぶった斬りたい衝動を抑え、黙って見守る。



 イヴが、森巨人の隙を突き、内腿を深く切り裂いて激しく出血させる。


 「ひっ!」


 しかし、暫くして傷口は再生をはじめて元通りに塞がる。だが、そのことよりも、ブツが目の前に晒され、イヴが悲鳴を上げる。



 「あの状況も、どうにかならないのか?」


 アンジェリカが非難めいた顔でレイに言う。


 「……が、我慢しろ」

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