第190話 エタリシオン②

 リディーナ達が無人の集落を出発して三日。ようやく『エタリシオン』王都が見えたきた。集落で見た巨木をくり抜いた建物とは違い、王都の建物は全て石造りだ。都を囲む城壁も含めて、植物の蔦が至る所に絡まり、一見、森の呑まれたような風景を醸し出していた。


 石で造られた建物や高い城壁は、二百年前に国を覆う結界が作られる前の時代に、魔物や人間達から人々を守る砦として建てられた名残だ。



 ヒュッ


 突然、前を歩くリディーナに矢が放たれた。


 リディーナは、咄嗟に細剣レイピアを抜き、矢を斬り落とす。


 「ちょっ! いきなり何するのよっ! ブラン、下がりなさい!」


 矢を放った城壁上の兵士を睨みながら、リディーナはシャルとソフィが乗ったブランを下がらせる。


 ブルルルッ


 鼻で威嚇するブランだったが、背に乗せた双子を気に掛けてか、数歩後退する。


 「なっ! バケモノめっ!」

 「バカ、冷静になれ! よく見ろ、馬に乗ってる、バケモノじゃない!」


 矢を放った兵士に、慌てて叱責する同僚の兵士。


 「失礼ね! ……バケモノ?」


 「女! どこの者だ? それとその…… 一角獣ユニコーンだと?」



 「ナヴァ村のリディーナ。こっちの二人はメナール村のシャルとソフィよ。このコ達を保護したから連れてきたわ。城門を開けてちょうだい。……一角獣は、二人が使役テイムしてるから問題ないわ!」


 「使役だと? バカな……」

 「いや、待て、今ナヴァ村と言ったか?」


 「そうだけど?」


 兵士達は互いに見合わせ、一人の姿が消える。暫くすると城門が開き、十人以上の兵士が弓と槍を構えて、リディーナ達を取り囲んだ。


 「貴様を裏切り者の容疑で連行する!」


 「は? ちょっと何でよ! 一体どういうことよ!」


 「黙れ! 同胞だけじゃなく、一角獣まで……。言い訳出来んぞ!」


 「は?」


 困惑するリディーナとシャル、ソフィ。


 同族なら話は通じると思ったリディーナは、剣を鞘に納め、大人しく両手を上げる。


 「シャルとソフィに乱暴するなら、全力で抵抗するけど、どうする気かしら?」


 「大人しく言うことを聞けば手荒なことはしない。だが、一角獣は処分する」



 「「ダメェェェーーー!」」



 シャルとソフィがブランに抱き着いて守ろうとする。


 「と、言う訳だから、ブラン、この一角獣ね。このコも丁重に扱ってくれないと、穏やかに話は聞いてあげられないわよ?」


 リディーナは、そう言うと同時に、突風を発生させ、自身に紫電を纏わせる。両手を上げながらも、濃紺の外套がはためき、攻撃的な視線を兵士達に向ける。


 「なっ! 『精霊使エレメンタラーい』だと?」


 兵士の一人が驚き叫ぶ。『精霊使い』とは、エルフ間でしか認知されていない言葉だが、エルフの中でも精霊が見える者でなければ分からない。精霊と契約ができているエルフは、現在のところ総人口の三割程。だが、二つ以上の精霊と契約した者をその兵士は見たことが無かった。


 「「「「「「……」」」」」」


 「「「……」」」


 リディーナ達と兵士達。それぞれが城門の前で沈黙して対峙する。


 

 「そこまでじゃっ!」



 一触即発な雰囲気の中、城門から一人の老エルフが現れ声を張り上げる。それを見た兵士達が慌てて敬礼する。二人の従者を伴い、仕立ての良い衣服ローブを着た老エルフは、他の金髪緑眼のエルフと違い、白髪に近い白金の髪に、赤い瞳を持っていた。


 エルフ古の種族、王族の血族、『ハイエルフ』だ。


 「フォッフォッフォッ。 偶々通りかかった城門で、何やら騒がしいと思って覗いて見たら、行方知れずだった姫様とはのぉ。偶には散歩も悪くなかったではないか」


 話を振られた従者二人は苦笑いの表情をし、何も答えない。



 「「「「「「「「「「姫様?」」」」」」」」」」



 兵士達を含め、シャルとソフィも一斉に老エルフからリディーナに視線を移す。


 「何のことかしら?」


 視線を不自然に逸らし、すっとぼけるリディーナ。


 「フォッフォッフォッ。老いたとは言え、その御顔は忘れてはおりませんぞ? リディーナ・エル・エタリシオン王女殿下?」



 「「「「「「「「「「王女!?」」」」」」」」」」



 「……」


 …

 ……

 ………


 「「お姉ちゃん、お姫様だったのー?」」

 

 「さ、さあ? どうかしらね~」


 城門付近の兵士詰所の一室に場所を移したリディーナ達は、先程の老エルフと対峙していた。三人の前にはお茶が淹れられ、先程までの拘束されそうな雰囲気は無い。


 リディーナの目の前に座る老エルフの名は、ヨーム公。人間の貴族社会で言えば、王族の血筋である「公爵」に値する地位を持つ男だ。エルフの国では、その長い寿命の為、世襲の頻度が人間社会のそれとは格段に少ない。その為、王族の血筋にある者は、国王より年上の人間は、全て『長老院』と呼ばれる機関に属し、長老の一人となる。国の政治に携わる主要な役職は、基本的には王直系の血筋で固められ、長老院に属する長老に実質的な権力は無い。だが、その存在は種族の起源の象徴として尊重される。


 王族の血筋、エルフ族の起源とされる『ハイエルフ』。白金の髪に赤い瞳は、その証として一目でその者が王族であることを表す。だが、リディーナのようにその特徴を持たずに生まれる者も極稀に存在した。そういった場合、その赤子はすぐさま里子に出され、本人は勿論、育ての親にすら王族という出自を知らされることはない。


 リディーナが成人時にその出自を知らされ、王都へ招聘された理由は、リディーナの実姉、二人の王女が相次いで病に倒れ、死去した為だ。エルフの王族であるハイエルフは、高い魔力と精霊との親和性を持って生まれるが、幼少期は普通のエルフに比べて身体が弱く、病気への抵抗力が低い。体が成熟した成人になれば殆ど問題は無くなるが、成人前に病で命を落とす者は珍しいことでは無かった。それ故、一般的には問題の無い普通のエルフの子供も、成人するまで大事に育てられる風習がある。


 リディーナは、女性王族としての務め、政略結婚の為に、成人になるのを待ってその出生の真実と使命を、王都の使者から伝えられた。その使者としてやって来たのが目の前のヨーム公だ。人間の老人のように、皺くちゃで腰の曲がった容姿は、残りの寿命が百年を切っていることを示している。エルフは老化が始まると、その後の余命は百年程。ハイエルフと言えど、それは変わらず、リディーナが最後にヨーム公に会った時とその容姿は変わらなかった。



 「まだ生きてたのね……」


 「フォッフォッフォッ。森に還る前に、殿下に会えて僥倖ですじゃ。しかし、こんな時にお戻りになられるとは……」


 「こんな時?」

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