第189話 エタリシオン①

 リディーナとシャル、ソフィがレイ達と別れて半日が過ぎた頃、森の先にようやく集落が見えてきた。レイと別れてすぐの頃は、シャル、ソフィと仲良く談笑し、平静を保っていたリディーナだったが、レイが側にいない寂しさで、双子には悪いと思いつつも、早くレイの元に帰りたいと焦燥に駆られていた。


 「見えたわ!」


 シャルとソフィにはまだ何も見えない。リディーナの様に、視力を強化して遠くの物を見ることはレイに教わったが、まだ身体の感覚部分だけを強化するのに慣れていない二人は、必死に目に魔力を集中させる。


 「「う~ん?」」


 「あれ?」


 リディーナの頭に疑問が浮かぶ。集落らしき建物は見えるが、人の動きが無い。巨木をくり抜いてできた家々からは、人の気配が感じられなかった。


 「廃村? って、人間の国じゃあるまいし、この国で集落を放棄するなんて聞いたことないわね……」


 ここよりもっと先にある、王都を挟んで反対側にある自分の故郷周辺以外は土地勘の無いリディーナだったが、無人の集落など聞いたことが無かった。森の自然と共に生きるエルフ族は、巨木をくり抜いた家を一生大事にして住み続ける。一軒や二軒、集落に空き家があることは珍しくないが、集落丸ごとが空き家というのは考えられないことだった。


 (結界も無事だったし、ブランのおかげか『魔の森』でも魔物が出なかったから安心しちゃってたけど、シャルとソフィが攫われた経緯や、一角獣ユニコーンの群れが人里に現れた違和感は拭えて無かったんだったわ……)


 「「お姉ちゃん……」」


 「二人共、一応、警戒はしておきなさい」


 三人は、警戒しながら注意深く集落に近づく。人の気配に敏感のはずの一角獣であるブランは特に警戒する様子も無く、シャルとソフィを背に乗せ、悠然と歩いている。


 (ブランを見てると調子狂うわね。このコ、本当に一角獣なのかしら?)

 

 

 集落に入り、家々を見て回る三人だったが、人の気配は無いままだった。家の中をいくつか調べたリディーナだったが、家財道具はそのまま使える程、傷みもなく、古過ぎもしなかった。


 「移住……。という訳でもなさそうね。襲われたような形跡は無いけど、慌てて出て行ったような感じね。食料や貴重品も無くなってるみたい……一体何なのかしら?」


 「誰もいないねー」

 「お姉ちゃん、どうするの?」


 「そうね……。ちょっと気味が悪いけど、日も暮れてきたし今夜はここに泊まりましょうか」


 泊まる家を適当に選び、中に入る三人。ブランとリディーナの馬は表だ。馬は家の前に繋ぎ、ブランは何もせず放置する。元々、いつ逃げてどこかへ行ってしまっても構わないと考えていたレイ達は、ブランを縛ることはしていなかったのだが、ブランは逃げもせず、レイ達や双子から離れなかった。


 …


 夜。

 

 静まり返った集落の家で、双子の寝顔を見ながらリディーナは考える。無人とは言え、この場所に集落があったということは、普通に考えればこの周辺に集落は無いだろう。ここから真っ直ぐ西へ向かえば王都だが、その間に集落は無いはずだ。『エタリシオン』は王都を中心に放射状に集落が点在するので、このまま西へ向かうか、円を描くように北回りか南回りで他の集落を探すしかないが、正確な場所が分かってる訳では無いので、時間が掛かるだろう。


 (王都へは行きたくないけど……)


 早くレイの元へ帰りたい……。その為には、他の集落を探すより、王都に向かった方が早い。そう考えたリディーナは、王都へ向かうことに決めた。


 (このコ達の『メナール村』なんて聞いたことないし、どこの集落の人間に預けても、王都経由で送ることになるのは変わりないから、このコ達にとってはその方が早いしね……)



 エルフは同族を非常に大事にする。人間社会のように、同族同士でも争いをするような社会ではない。困ってる同族には可能な限り親身になって世話をするのが当たり前の社会だが、裏切りや掟に背く者には容赦しない。特に他種族との交流に関しての掟が多く、破った場合の処罰は厳重に処される。長命だが出生率が極端に低いエルフ族は、数で圧倒される他の種族に国を滅ぼされることを何より危険視し、他種族との交流は厳しく制限される。


 リディーナのように国を飛び出し、国外で冒険者等の活動をする者は非常に稀で、違法では無いものの、様々な制約が発生する。本来であれば、国の四方にある検問所を通って、国の出入りをしなくてはならなかったリディーナだったが、検問所を通過し国内に入ると、隔離処置され検閲を受けるのを、リディーナは嫌がり、里帰りの際も、検問所を通ることはしていなかった。無論、そのことは違法行為だったが、義理の両親しか会う者は居らず、国境の警備も難なく躱していけるリディーナは特に気にしていない。


 (そもそも、結界警備の兵士に預けられれば、すぐに終わったのよね……。巡回してた形跡も無かったし、やっぱりオカシイわ……。国の中だけど、王都へ行くまで油断しない方がいいわね)



 翌朝、リディーナはシャルとソフィを連れて、王都へと出発した。

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