第169話 レイと双子

 レイ達一行が、マネーベルを出て一週間。今日もレイ達は野営で一夜を過ごしていた。街道沿いをひたすら進んでいるとはいえ、周囲は森に囲まれ、すれ違う者もいない。初日に出会った中年男の村は、とっくに通り過ぎている。『一角獣ユニコーン』の話は魅力的ではあったが、レイ達には他に優先することがあるし、エルフの子供達や修道女シスターに扮した二人は目立つので、村へ立ち寄ることなくスルーした。



 「ソフィ、本当に食べるの? 無理しちゃダメよ?」


 大猪グレートボアの串焼き肉を手にしたソフィにリディーナが心配そうに尋ねる。


 「お肉食べたら、お姉ちゃんみたいにお胸が大きくなるんでしょ?」


 「「「……」」」


 レイ、リディーナ、イヴの表情が固まる。イヴは自分の胸に視線を送り、ソフィと同じように串焼きに手を伸ばす。


 「だ、誰に聞いたのかしら?」


 動揺するリディーナ。


 「だって、村のみんなはお肉食べないから、みんなお胸が無いんでしょ? お姉ちゃんはお肉好きだから大きくなったんじゃないかって、シャルが……」


 全員の目がシャルに向かう。


 「バ、バカ! ソフィ! い、言ってねーよ、そんなこと!」


 「「「シャル……」」」


 「これが思春期ってヤツか? ちょっと早い気もするが……」


 レイは、この歳まで子供とは無縁の人生を送ってきた。孤児院で育った時に、何年か年下の面倒を見たことはあるが、子育ての経験など勿論無い。子供の性的関心など、どう反応していいか迷ってしまう。


 「女の胸には、鶏肉が良いって聞いたことがあるが、猪肉はどうなんだろうな?」


 「ちょっと、レイっ! 子供に変な事教えないでよっ!」


 「お兄ちゃん、それ本当? じゃあ、明日は鶏肉食べたい!」


 「いや、本当かどうかは知らんぞ?」


 リディーナがレイに突っ込むそばで、ソフィがレイの言葉に食い付く。ここ一週間でソフィはレイのことを「お兄ちゃん」と呼ぶまでになっていた。レイの美形な容姿と、同じエルフ族であるリディーナのレイへの接し方を見て、ソフィはレイへの警戒をとっくに解いていた。夕食の大猪の肉もレイが獲ってきた食材だ。レイ達の魔法の鞄マジックバッグには、マネーベルで仕入れた十分な食材が入っていたが、道中でレイが探知した魔獣は、食用に限りレイが狩って、食卓に並べていた。


 「鶏肉か……。じゃあ、明日は鳥料理にするか」


 家畜を除いた、地球で食用に適した獣肉は、草食性の動物が殆どだ。次に雑食性だが、食性が個体毎に異なり、味は安定しない。肉食性の動物は臭くて殆ど食用には適さない。基本的に獣肉は全て食べられるが、その動物の食性によっては、臭いや味などで食べれたものではない肉もある。人が美味しいと感じる肉は、植物や穀物を餌にする動物が殆どだ。


 だが、この世界の生き物は、毒を持つ魔獣もおり、地球での法則はあてにならない。


 街ではニワトリに似た鳥が飼われていて、卵料理も存在するが、各家庭レベルで行われてるに過ぎず、事業としての畜産は殆ど行われていない。


 この世界で流通される食用肉は、冒険者ギルドによる供給に頼っている。理由は単純で、ある程度まとまった家畜を飼育していると、魔物に襲われるからだ。城壁に囲まれた街中で畜産を行うことは、場所の確保や衛生面から不可能に近く、城壁外の郊外においても、魔物を呼び寄せてしまう畜産業は、この世界では発展していない。その為、食用肉の確保の為に、冒険者ギルドが長年に渡って存続し続けている要因でもある。



 ソフィのレイへの態度に対して、シャルは逆に、レイへ心を開こうとはしなかった。理由は嫉妬だ。リディーナにある種の憧れを抱くようになったシャルは、レイへの嫉妬心から頑なにレイと仲良くしようとしなかった。


 ソフィが串焼き肉を頬張るのを見て、シャルも負けじと串焼きに手を伸ばす。シャルの場合は、リディーナが肉が好きだから、自分も食べなくてはと思ったからだ。


 「美味しいっ!」

 「……」


 「そうか、旨いか。そりゃ良かった。だが、故郷に帰って肉が食えなくなるんじゃ、自分たちで獲れるようにならないとだな……。二人は風の魔法は使えるのか?」


 「「……」」


 「使えないか……。なら魔法を覚えてみるか? 自分達で狩りをして、解体して調理出来るようになるまで教えてやる。勿論、やる気があるなら、だがな」


 レイは子供の頃から生きる為には何でもやった。その姿勢は大人になってからも変わっていない。双子達が生きる為に、自分が教えられることがあれば、教えてやるのは過去の自分の願望でもあった。自分が子供の頃、生きる為の知識を教えてくれる大人は殆どいなかった。あの時、教えてくれる大人が一人でもいれば、物を盗み、人に暴力を振るわなくても生きていけた人生を送れたかもしれない。


 「やるっ! 教えて! お兄ちゃん!」

 「……」


 積極的なソフィに対して、仏頂面ながらも明確な拒否をしないシャル。


 「レイに教えて貰うなんて幸運よ? 二人共、精霊がちゃんと見えるんだから、本気でレイから魔法を教われば、故郷に帰るまでに精霊と契約まで出来るかもね~」


 「「ホントにっ?」」


 「風魔法を覚えられたら、精霊との契約は私が教えてあげる。そのかわり、ちゃんとレイの言うこと聞くのよ?」


 「わかった!」

 「……わ、わかったよ」


 翌日から、単調な旅の道中で、レイによるエルフの双子の訓練が始まった。

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