第170話 狩猟①

 翌日から、一日の行動予定を変更し、野営の設営時間を早くすることにした。レイによる双子への魔法講義を行う為だ。


 リディーナとイヴが食事の準備をしている間に、双子のシャルとソフィを座らせ、座禅を組ませる。


 「なんでこんな事すんだよ……」

 「いいから黙ってやりなさいよ」


 「まあ、どんな格好でもいいけどな。体内の魔力を自在に操れなきゃ魔法なんて使えんぞ? まずは自分の魔力を感じろ。爪先から頭の先まで、体内の魔力を動かせれば次のステップだ。まあ頑張れ」


 レイは二人にそう言うと、近くで腰を下ろして魔導書を読み始めた。


 「「……」」


 レイは、この世界の人間がどのようにして魔法を習得するかなど知らない。リディーナ曰く、ほとんどが身近な者から教わるそうだが、教え方はそれぞれ異なるようだ。だが、どんな人間が教えたとしても、教わる本人が自分の魔力を感じ取れなければ先へは進めない。レイの場合は、前世で魔力が無かったおかげで、自分の中にある魔力に違和感を感じ、すぐに実感することができたが、この世界の人間は違う。生まれながらに魔力があるので、自分の中の魔力を感じろと言われても、多くの人間が実感できないのだ。


 全ての人間が魔力を持ってるにも関わらず、魔法を発現できない人間が多いのは、自分の魔力を感じる明確な方法や指標が無く、自力で掴むしかないからだ。


 (前世でも師匠ジジイに『気を感じろ』とか言われてシゴかれたが、全然無理だったからな。気功が習得出来てたら、もうちょい人生(戦闘)が楽になってたかもだが…… 思えば、師匠も『気』は誰でもあるとか言ってたな。そう考えると魔法を扱えるということが、いかに難易度が高いかということが分かる)


 漫画やアニメでもフィクションとして描かれることが多いが、『気功』は存在する。目に見えない『気』を操る様子は手品の様だが、極めれば普通の人間では敵わない。レイが生前、九十歳を超える高齢の師匠に一度も勝てなかったのも、師が『気功』の達人だったことが大きい。


 …


 「どうだ? 自分の魔力が実感できたか?」


 「「……」」


 「まあ、昼間の移動中は暇だろうから、時間を見つけて頑張れ」


 「お兄ちゃん、何かコツとかないの?」


 「ない」


 「「そんなぁ……」」


 (この世界の人間はみんな『魔導具』に魔力を流して使えてるのにな……。日常的に使用してる魔導具だからか無意識なんだろう)


 レイは魔法の鞄マジックバッグから、以前奪った『結界の魔導具』を取り出す。


 「ほれ。コイツを起動して感覚を掴め。込める魔力で結界強度や範囲が変わるらしいからな。暇な時でもイジってろ」


 「「は~い……」」


 興味深そうに魔導具を手に取って見ている二人に、レイは次の指導をはじめる。


 「次は、先に獣の解体を教える。リディーナ、魔法の鞄から鳥を一羽出してくれないか? 処理してないヤツあったろ」


 焚き火の前で、料理を準備中のリディーナにレイが声を掛ける。


 「あら、処理してくれるの?」


 「ああ。コイツらがな」


 リディーナが鞄から地球の七面鳥に似た鳥を一羽取り出す。


 「絞めたばかりで血抜きもしてないヤツだ。まずは短剣ナイフで首を落として逆さにして血を抜け」


 シュルとソフィが、レイから渡された鳥と短剣を恐る恐る受け取る。


 「ほれ、さっさと首を斬り落とせ」


 「「うっ……」」


 もう死んでいるとはいえ、生き物に刃を入れるのは誰でも抵抗がある。シャルとソフィが躊躇するのも当然だ。だが、生き物は生き物を殺して生きている。これがきっかけで肉が食えなくなるかもしれないが、そうなったらなったで仕方のないことだとレイは思っている。肉を食うということがどういうことかは知っておくべきだ。


 ズバッ


 短剣を手にし、鳥の首を落としたのは意外にもソフィだった。


 「うえ……」

 「ほら、シャル、しっかり持っててよ!」


 女は強し。


 「よし、シャル、そのまま血が抜けるまで足を持って逆さにしてろ」


 本来は、心臓が動いているうちに首を落として血抜きをするのが理想だが、リディーナの魔法の鞄は、時間停止機能が付いてるので、絞めた直後の状態だから問題はない。血は、腐敗するスピードが速く、早い段階で抜かないと、肉に臭みがでる。それに、肉や魚を捌くのに、最もハードルが高いのは、血まみれのビジュアルだ。だが、事前にきっちり血を抜けば、解体時に血は殆ど出ず、グロテスク感は少なくなる。


 レイは自分の魔法の鞄から大きめの鍋を出して水を張る。魔法で直接水を沸かすと、血が抜けきった鳥を鍋に入れるよう、シャルに指示する。


 「暫く出し入れして、鳥の関節が堅くなったら羽を毟れ。肉に熱が入るから十秒以上漬けるなよ?」


 二人が羽を毟ってる間に、レイは焚き火を設置する。


 「毟ったら表面を軽く炎にあてて産毛を焼け。サッとだぞ? この作業でも肉に熱が入らないように気をつけるんだ」


 血抜きと表面処理を終えた鳥を、レイはそばにあった切り株に乗せて、腹に刃を入れる。


 「ここからはちょっと見てろ。次から自分でやるんだからな。覚えとくんだぞ?」


 皮一枚分の切れ込みを腹に入れ、腿を持って思い切り開く。腿の付け根の関節から足を切り取り、次いで胸肉を引き剥がす。


 「これくらいの大きさの鳥ならこの手順で内臓は最後に取り出すが、小型の鳥なら先に内臓を取る。内臓を取るときは刃物は使うな。内臓が破ければ肉がダメになる。それと、肉を解体するときは、周囲に気をつけろ。血の匂いで魔物が寄って来るからな。時間が掛かりそうな場合は、安全な場所でやるか、必要部位を剥ぎ取ってすぐに移動するんだ。わかったな?」


 レイは、引き出した内臓を見て、顔を顰めている二人に注意を促す。この世界では、血の匂いに釣られて魔物がすぐに寄って来る。悠長に解体してたら食われるのは自分達だ。


 「それに、解体したらすぐに手を洗え」


 本来なら素手で生肉を触るのは良くない。食中毒を引き起こす菌やウイルスがあるからだ。だが、この世界には使い捨ての手袋はおろか、石鹸すら容易に手に入らない。水で洗うのが精一杯なのだが、やらないより遥かにマシである。


 「リディーナ、コイツの調理を頼んだ。二人は、片付けだ。本当は燃やすのが一番だが、今日は穴を掘って埋めておけ。終わったらメシが出来るまで、魔力を探る続きだ」


 「「はーい」」


 地球の鶏なら、内臓の可食部分が分かるレイだが、この鳥の内臓に関しては分からない。それに、この世界では内臓を食べるのは一般的ではないので、内臓や骨は、料理にすることなく廃棄する。羽毛にも利用価値があるのだが、今のレイ達には必要ないので、説明だけして合わせて処分した。

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