第152話 状況確認

 「……?」


 半身に重みを感じ目を覚ますと、胸元に寄りかかっているのは金髪に長い耳、リディーナだ。


 (なんで裸なんだ?)


 それに俺もシャツが半分はだけている。俺が寝ている間にリディーナが潜り込んできたのだろう。何でリディーナが裸なのかは意味が分からないが、美人に裸で抱き着かれてるのは悪い気がしない。いや、普通に嬉しい。しかし、こうして改めて見るとやはリディーナは美しい。前世では仕事柄、世界中を回ったが、これほど容姿が完璧な女がいただろうか? 全ての女を見たわけでは無いが、自分が知る限り最高に美しい女だ。それに中身も俺にとっては完璧だ。


 裸の女を見たぐらいで興奮する歳ではないが、自分が好いた相手となると更にその美しさに補正掛かるかとも思う。それに、別に処女厨という訳では無いが、リディーナに触れたことがあるのは俺だけだと思うと、堪らない独占欲も湧いてくる。


 リディーナの寝顔を見ながら、そっと頬に触れる。次の行動に移そうと顔を近づけた瞬間、無常にも扉を叩くノック音で、その先を遮られた。


 「失礼しま…………したっ!」


 入ってきたイヴが、慌てて踵を返して扉から出て行ってしまった。


 「……」


 「うん…… んー」


 「リディーナ、起きたか?」


 「はっ! レ、レイっ! あ、あの…… そ、その、ちがうのっ!」


 「何が違うのかよくわからんが、イヴが呼んでる。服を着ろ」


 「……」


 顔を赤くして俯くリディーナの頬に、そっとキスをする。


 「んっ…… あっ」


 「続きをしたいが、また今度だ。ほら行くぞ」


 俺は、ベッドから起き上がり、シャツのボタンを留めながら窓の外を見る。もうだいぶ日が傾き、そろそろ沈みそうだ。更に真っ赤になったリディーナをもっと見ていたいが、そうも言ってられない。聖女達の治療だけで何日も経っている。そろそろ外の状況を把握しておかなければならない。


 街の大聖堂を崩壊させて、神殿騎士を何百人も殺した。地球だったら全世界でニュースになって、国際指名手配のテロリストだ。目立たないどころじゃない。聖女の治療中、街の衛兵が来なかったのはマリガンのおかげだろう。


 ここ数日、雑事は全てイヴが対応してくれてたが、何度かマリガンが訪れていたそうだ。俺は治療に専念していたので会ってないが、相当憔悴していたらしい。一応、俺が教会の重要人物を保護、治療しているとイヴが説明したら、俺が落ち着くまで待つと言って深くは聞いてこなかったらしい。異常事態にも関わらず、気を利かせてくれたのだろう。


 俺はマリガンという男が嫌いではない。癖のある奴が多いこの世界で、日本のサラリーマンのような生真面目さに好感が持っている。いや、同情か? なんにせよ、大分、その気配りに助かってることには違いない。ロメルのギルマスのような脳筋ならこうはいかなかっただろう。


 

 「先にリビングに行ってるぞ?」


 「ちょ、ちょっと待って!」


 振り向いてリディーナに声を掛けると、後ろ向きであたふた下着を着けていた。


 (黒……か)


 いつもチェックしている訳ではないが、メルギドからリディーナの下着が派手になった気がする。ユマ婆の仕立てた服もやたら露出が多い。個人的にはリディーナの美しさが引き立っていて見ていて飽きないのだが、周囲の視線を一層集めていることもあり、複雑な気分だ。


 この世界に来て、人を殺めるハードルが大分下がった。地球のような防犯カメラも無く、指紋やDNA鑑定などの科学的捜査も無い。物証と目撃証言が全てで、現行犯以外はいくらでも誤魔化しが利いてしまう。反面、立場が弱い者は状況証拠や動機で、罪が確定してしまう理不尽さもある。平民と貴族なら貴族の主張が百パーセント通ってしまうのだ。


 S等級冒険者になったことで、例え、リディーナをナンパした者を斬り殺しても罪には問われない。まるで江戸時代の斬捨御免だ。強大な武力を持った個人を取り締まることが不可能なのが理由らしいが、国に対して有害と認められれば、討伐の対象になるとマリガンから認定の際に注意も受けた。まさに『龍』と同等という訳だろう。


 だが、リディーナは勿論、イヴに不埒を働く輩に、遠慮する気は毛頭ない。


 

 「お、お待たせ。行きましょ?」


 「ああ」


 俺は、黒刀を腰に差し、服を着たリディーナと共にイヴの元に向かった。


 …


 リビングにはマリガンと見知らね金髪の青年がソファに座り、イヴに出された紅茶を飲んでいた。


 「レ、レイ殿っ!」


 俺とリディーナを見たマリガンは、慌てて立ち上がり、会釈をする。金髪の青年は座ったまま、目線を送るだけだ。


 「マリガンさん、暫く……かな? 元気……そうではないな、すまん、色々面倒をかけた」


 「い、いえ、ははっ…… 大したことは……無いとは言えないというかなんというか……」


 「「「……」」」


 マリガンは目の下に隈を作り、頬がこけて顔色も悪い。大丈夫か?


 「とりあえず、状況を知りたいと言いたいところだが…… そちらは?」


 すました顔で紅茶を飲んでいる金髪の青年に目を向ける。


 「こ、こちらは、この国の議員の御一人で、アラン・ピアーズ議員です」


 「どうも、アラン・ピアーズです」


 「冒険者のレイだ。……家名があるってことは、貴族か?」


 「いえいえ、この国が共和制になる前の貴族としての家名が残っているだけで、今はしがない議員の一人ですよ」


 自らを卑下した言い様だが、その豪奢な装いと態度はそうは言っていない。ウェーブがかった長髪の金髪に緑眼、すらっとした体形に容姿も整っている。第一印象はチャラい貴族だ。憔悴した顔で、役所の中間管理職のようなマリガンとはえらく対照的だ。


 「それと、そっちは?」


 アランの後ろに控えるように立っている執事服の初老の男。


 「ただの執事だよ。気にしないでくれ」


 単なる執事とは思えない、鍛えられた肉体と鋭い目つき。本当に執事かもしれないが、護衛も兼ねているのだろう。


 「悪いが、先にマリガンさんと二人で話したいんだが……」


 「ああ、いいよいいよ。ゆっくり話したまえ。僕はこの書状を届けに来ただけだから」


 そう言ってアランは、一通の手紙を俺に差し出し、それを受け取ったのを確認して席を立った。


 「では、僕はこれで失礼するよ。ではまた」


 「「「……」」」


 アランはそう言って執事を連れて部屋を出て行った。


 マリガンは気まずそうに俯いたままだ。アランが退室する際、リディーナに視線を向けたのを俺は見逃していない。その一瞬見せたニヤついた顔もだ。


 アランが部屋を出た後、マリガンは神妙な面持ちで話し始める。


 「レイ殿……。拙いことになってます」

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