第151話 憂鬱
リディーナは、ベッドで寝息を立てているレイを、傍らでジッと見つめていた。
ここ数日、レイは聖女と女騎士の治療につきっきりだった。街では大聖堂の崩壊と、神殿騎士団の壊滅、聖女が行方不明など、かなりの大事になっているらしいが、この宿は静かなものだ。先日、レイが大量の神殿騎士達を斬り殺したせいで、私達以外の宿泊客は全て逃げ出し、死体の片づけと清掃で、私達以外は閉鎖も同然だったからだ。
冒険者ギルドや街の衛兵達は、ここでのことに緘口令を敷き、宿の入り口ではマリガンが信頼した冒険者達が警護していて、誰も立ち入ることが出来なくなっていた。この事態に対して、宿のオーナーからは苦情も何も無く、ただ従っている。政治的なやり取りがあったのかもしれないが、私には関係が無い。
レイは、軽い食事と魔力回復のための仮眠を繰り返していて、碌に話もできていない。それに、あまり構ってもらっていないせいか、一抹の寂しさも感じてしまう。
寂しさだけじゃない。……不安にも思う。
レイは美形だ。その外見は、美形が多いと言われるエルフ族に比べても、勝るとも劣らない。でも、レイの本当の魅力は外見じゃない。誰よりも強く勇敢で、賢く、そして優しい。簡単に人を殺める冷酷さと私やイブに見せる優しさのギャップ、偶に見せる子供の様な無邪気さがたまらなく愛おしい。
レイには私だけ見ていて欲しい……。
例え、興味が無いと分かってはいても、他の女を見て欲しくない。さっきの女騎士や聖女の裸を前に、冷静に治療するレイには女慣れした様子が垣間見えて、モヤモヤする。
あの日以来、レイに抱かれてない。
何か私のダメなところがあったのだろうか? レイが初めてだった。他に経験なんて無い。あの時は成すがままだった。ひょっとして良くなかったのだろうか?
気づけば私は、服を脱いで、レイの隣に滑り込んでいた。彼のシャツのボタンをそっと外し、その胸板に触れる。
あの日のことを思い出す度に、身体の奥が熱くなる。
はじめは一緒にいるだけで良かった。側にいて、一緒に行動するだけで満足だった。でも今は違う。レイに触れられたい。優しく撫でて欲しい。
もっと愛して欲しい……。
でも、今はダメ……。
レイは、消費した魔力を回復させる為、深い眠りについている。こうして私が何かしても簡単には起きないほどに。レイは試行錯誤して、魔力の回復には深く眠りにつくことが最適解だと言って実践している。まったく信じられないが、睡眠をコントロールする術は、以前からの特技だと言っていた。野営の時など、レイは殆ど寝ていない。本人は平気だというが、三日も寝ずに稽古や移動を行っても平然としているのはちょっと信じられない。起きているだけなら一週間は耐えられるというのだから驚きだ。
だから逆に、今みたいに熟睡しているのを邪魔したくない。私やイヴがいるから安心して寝られるというレイの言葉は、頼られているようですごく嬉しい。
こうしてレイの寝顔をゆっくり見られるのも久しぶりだ。レイは、私達より早く寝ることは無い。夜中にこっそりベッドから抜け出して、魔法の練習をしているのも知っている。列車内では、遅くまで魔導書を読み、机の明かりが消えることは無かった。
やはり、再生魔法は相当魔力を消費するのだろう。普段、何でもないように高位の炎や水を生み出しているが、レイが日中に睡眠を欲する程に消耗するのは、再生魔法を使ったときぐらいだ。
私の時もそうだった。
あの暖かい魔力の波動……。
一人でいることに恐怖を感じてしまった私を、レイは寝るまで回復魔法を掛け続けてくれた。あの暖かさと優しさが忘れられない。
あの女もひょっとしたら……。
いや、考えるのは止めよう。あの女がどう思おうが関係ない。今はただ、レイの温もりだけを感じていたい。
ふと、ベッド脇に立てかけられた黒い刀が視界に入る。
『魔刃メルギド』、その中身は自らを黒龍の祖と呼んだ『黒源龍クヅリ』だ。五つに分けられた魔石を集めることで、「力」を取り戻し、レイに掛けられた「封印」を解くことができるという、なんとも信じがたい話だ。けど、実際にこの黒刀は意思があり、話すこともできる。一時はレイの体を乗っ取ったこともある。もうそんなことはしないし、できないと言ってはいるが、信用はできない。
その目的は、レイに黒竜を孕ませて、その子を「器」として復活すること。そんなこと到底容認できない。そもそも黒竜なんて存在するかも分からない。火竜や土竜、水竜、風竜など、四属性の竜は稀ながらも存在するが、光竜は勿論、黒竜もお伽話上の存在でしかない。この刀の素材である魔石についても、本当に『黒龍』のものであるかでさえ疑問だ。
……仮に実在したとしても、誰がレイにそんなことさせるもんですか。
私は、シーツの余りを黒刀に被せ、暫し、レイの温もりに浸ることにした。
「……」
この刀、ひょっとして、私とレイの情事を見ていたのかしら……?
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