第137話 混乱

 「一体これは……」


 マリガンは、駅に張り込んでいた冒険者の連絡を受け、レイ達が宿泊するはずの宿に、バッツを含めた冒険者達と駆けつけていた。


 ロビーには夥しい数の神殿騎士団の死体が、至る所に散らばっている。それと、震えて立ち尽くす受付の男。


 「こりゃ何かあったっつーレベルじゃないですぜ? 酷ぇ有様だ……」


 「「「……」」」


 「オエォ」


 若い冒険者が、耐えきれずに嘔吐する。血と臓腑の匂いが酷い。死体に慣れた者でも目を背けたくなる光景だ。


 マリガンが受付の男に何があったか聞くも、首を横に振るばかりで、怯えて何も話そうとしない。街一番の最高級宿の受付で、何事にも動じない男だったが、カウンターの下では失禁により、水たまりができていた。


 「……とりあえず最上階に行くぞ」


 マリガンがそう言って階段を登っていくも、そこにもロビーと同じ光景が続いていた。


 「しかし何だこりゃ……。剣も鎧も真っ二つじゃねぇーか……」


 死体の状態を見て、バッツが呟く。


 「間違いなくレイ殿達だろう」


 マリガンが神妙な面持ちでバッツに言う。神殿騎士団の着用する全身鎧は、魔銀ミスリルコーティングされた高級品だ。その硬度は、鋼以上。並の剣では傷をつけるのも難しい。恐らく風の魔法だろうと推測したマリガンだが、これ程の威力と連続使用ができる人間は、マリガンには一人しか思いつかなった。それに、階層の途中から凍った死体ばかりになった。間違いなくレイの魔法だ。


 最上階。扉が開いたままの部屋をマリガンが覗くと、そこにも騎士達のバラバラ死体があった。


 「マリガンさん、本当にこれ、人がやったんですかい? ざっと見ても神殿騎士が百人以上ですぜ? バケモンだ……」


 「これが「S等級」だ」


 バッツと他の冒険者も、マリガンの一言に息を呑む。不死者アンデッド襲撃事件の際に、ここにいる者達は、その光景を見ている。それが、人に向けられればどうなるか、この場の光景がそれを表していた。


 

 「マリガンさーん!」


 隣の部屋からジェニーが顔を出し、手を振りながらマリガンの名を呼ぶ。


 「「「ジェニー!」」」

 

 …


 マリガンが宿に訪れる暫し前、レイはリディーナ達と合流し、情報の整理を行っていた。


 「女の子は?」


 「奥の部屋で眠ってる。後で…… 診てあげて……」


 リディーナが顔を伏せながらレイに言う。リディーナの様子に、少女の状態を察したレイは、無言で頷いた。

 

 「あの騎士は、私が殺すわ……」


 リディーナは拳を握り、怒りを露にする。あの騎士が何をしたかは確定では無かったが、あの言動と、あの場に汚れて痣だらけの子供を連れてきた異常性を考えれば、疑われて当然とも言えた。


 「『聖騎士レイ』か……。俺を偽者と言ってたっけか?」


 「『聖騎士』の存在なんて教会で聞いたことがありません。ですが、あの騎士が持っていたこの「宝玉」ですが、……『鑑定』できませんでした」


 イブがあの白金の騎士が掲げていた「宝玉」を、レイに差し出して言う。


 「女神由来の聖遺物という訳か。結局何がしたかったか分からんな、あのチンピラ騎……士…… チンピラ?」


 言いながら顎を押さえて考え込むレイ。


 「「「?」」」


 「どうしたのレイ?」


 「……。リディーナ、「ポントウ」って何のことか分かるか?」


 「なにそれ?」


 「(やはり……)それに、……、ひょっとして『勇者』じゃないかあれ?」


 「「「え?」」」


 「でもあんなオッサン声、とても高校生には…… いやいた。教師だ、伊集院力也イジュウインリキヤ。そうだ、『聖騎士』の能力か、間違いない。でもなんで『聖女』といる? それに俺の名前を使っていた。『聖女』に出会う前から名乗ってたのか? 何故、俺の名前を知ってる? いや、女神が『勇者』を使ったのか? あの「宝玉」、女神由来の物を俺に使おうとした、何の為に? 『封印』とは何だ…… くそっ、情報が足りない……」


 「ちょ、……レ、レイ?」


 何かを思い出すようにブツブツ呟き、考え込んでいるレイに、リディーナが不安そうに尋ねる。


 「リディーナ、確かめたい事ができた。俺はこれから『聖女』に会いに行く」


 「わかったわ。でもあの騎士は私が殺るわよ?」


 「私も行きます!」


 「リディーナ、イヴ。場合によっては俺は『聖女』を殺す。引き返せないぞ?」


 「フフッ 今更ね~」


 「……私は、この目で確かめます。聖女様はともかく、あの騎士は許せません。一緒に連れて行って下さい」


 「あ、あの……、せ、聖女様を、こ、殺すんですか?」


 「ジェニー、お前は関係ない。あの女の子だけ頼む。マリガンにも関与するなと伝えろ。巻き込むつもりはない」


 「え? あ、は、はい……」


 …

 ……

 ………


 「……と、言う訳で、レイさん達は大聖堂まで行っちゃいました」


 ジェニーがここで起こった事をマリガンに説明する。


 「レレレ、レイ殿が、せせせ、聖女様を、こここ殺すぅぅぅ?」


 (あ、マリガンさんが壊れた……)


 「あ、でもでも、なんか変なこと言ってました。『女神様』が討てと命じた『勇者』が『聖女様』と一緒にいるとかなんとか……」


 「くっ、まったく分からんっ!」


 「それに、下品な騎士がレイさんの名前を名乗ってたんですよぉ、レイさんのこと偽者とかなんとか……。でもあんな小さい子に酷いことしといて聖騎士とか言ってんですよ? ちょっと頭オカシイ人でした。……おまけになんかキモかったですし」


 「くっ、オカシイのは私の頭だよっ! 何がどうなってんだっ! あんなに神殿騎士を殺しまくっちゃって……。ヤバイ……。下手すりゃ神聖国が攻めて来るぞ。異端認定どころじゃないぞぉぉぉ……」


 「でも、レイさんは巻き込むつもりは無いって言ってましたよ?」


 「何言ってるのぉ? ジェニィくぅ~ん! もうガッツリ、ドップリ、巻き込まれてるに決まってるでしょ~がっ! 『聖女』にレイ殿を会わせる為に、メルギドから連れて来たのは誰かね? んー? キミだっ! そしてキミに依頼したのは誰か? 私だっ! で? 私、冒険者ギルドに依頼したのは~?」


 「ジルトロ共和国?」


 「その通りっ! 仮にだ、仮にだよ? レイ殿が『聖女』を殺しちゃったら外から見たらどう映ると思う?」


 「えーと……。ジルトロ共和国が、冒険者ギルドに依頼して『聖女』を殺した……とかですか?」


 「そうじゃないんだよって、言い訳の材料が無いんだよぉぉぉ!」


 「いやいやいや、でも聖女様がレイさんに会いたいってここに来たんですよね?」


 「だーかーらー、さっきキミが言ってたろっ! 聖女付きの聖騎士とやらがレイ殿を捕縛しに来たって! レイ殿を「S認定」に推薦したのはこの国とギルドなんだよ? こっちがレイ殿側って初めから思われてたら、通達無しでこの国に来たのも納得なんだよっ! レイ殿が何で教会から捕縛されるのか理由は分からんが、神殿騎士団一個大隊を引き連れてきたのは理由として辻褄が合っちゃうんだよ~ 「S認定」の捕縛だ。そりゃいっぱい連れてくるよっ! まあ下の惨状を見れば足りるとは思えんがねっ!」


 「「「あっ……」」」

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