第136話 蹂躙

 レイが、割れた窓から下を覗くと、逃げた騎士はいつの間にか手にしていた大剣を壁に突き刺し、勢いを殺して着地、下にいた騎士達に何やら叫んでそのまま馬に乗って逃げて行った。


 (ハリウッド映画みてぇなヤツだな……)


 「レイっ!」


 リディーナの声に振り返ったレイは、部屋に雪崩れ込んできた神殿騎士達に無言で魔法を放つ。


 ―『氷結』―


 部屋に飛び込んできた騎士達が、次々に凍っていき、氷の像と化して絶命していく。


 「リディーナ、ちょっと下まで行って来る」


 「私も行くっ!」


 「いや、イヴと一緒にジェニーとここにいろ。それとその子を頼む」


 レイは、白金の騎士に連れてこられ、放置された少女を見る。着ている服は血と泥で汚れ、所々に殴られたような痕、目に光は無く虚ろで、レイが騎士達を斬り殺した凄惨な状況でも虚空を見つめ呆然としていた。


 「「「……」」」


 「とりあえず、下の連中も始末してくる」


 そう言って、レイは階段を駆け上がって来る騎士達の喧騒に向かって歩き出した。


 …


 「さっきは、派手に殺って部屋を汚しちまったからな。氷魔法で綺麗に殺るか……」


 レイに殺到する騎士達が、次々に氷の氷像と化していく。完全無詠唱で繰り出されるレイの魔法に、騎士達は訳も分からないまま凍らされ、剣を振りかぶりながら絶命していく。


 「ヒッ!」


 「くっ! なんだ? 魔法か? 対魔法防御っ! 結界を張れっ!」


 一人の騎士がそう声を上げ、他の騎士が何やら魔導具らしきものを掲げる。


 レイが魔法を放とうとするも、魔力が霧散し、発動しない。


 「へぇ 便利なモノ持ってるな……」


 「ふん、これで魔法はおろか、身体強化も使えまい! いくぞっ!」


 「……悪いが得物の差がデカ過ぎる。戦術が誤ってるぞ?」


 レイは襲い来る騎士達を、それぞれ一刀のもとに斬り捨てる。古龍ですら容易く斬り裂ける『魔刃メルギド』が、先程の騎士達のように、剣も鎧も紙のように切り裂かれ、騎士達の剣技が意味を為さずに斬り殺されていく。


 「ば、化け物だっ!」


 「怯むなっ! 斬り殺せっ!」


 「ぐはぁ」


 「ひぎぃ」


 「だ、だめだっ! 撤退っ! 撤退しろっ!」


 一階のロビーまで騎士達を斬り殺しながら降りていったレイだったが、逃げ出した騎士達を宿の外まで追うことはせず、踵を返して自分の部屋まで戻って行った。


 「それにしても、まったく刀に血糊が付かないな。一体どうなってんだコレ?」


 『汚れるのは嫌でありんす』


 「お前か……」


 『クヅリと呼んでくんなまし』


 「……」


 …


 「とりあえず、お風呂かしら?」


 放置された少女を見て、リディーナが呟く。イヴはその言葉を受けて風呂場に行こうとするが、リディーナがそれを制止する。


 「イヴ、流石にもうこの部屋は使えないから、隣に行きましょう。悪いけど空いてるか確認してきて。誰か宿泊してたなら他の部屋でもいいわ」


 「承知しました」


 イヴはそう返事をして部屋を出て行った。


 「リ、リディーナさん……、な、なんでそんなに落ち着いていられるんですかっ!」


 「なんでって、何が?」


 「い、いや、教会の騎士ですよ? こ、こんなに殺しちゃって……」


 室内のバラバラになった騎士達の死体を見て、震えながらジェニーが言う。


 「別に? レイの敵になるなら教会だろうと神殿騎士だろうと関係ないわ。それに、レイは大人しく従おうとしたじゃない。なのに、私達に下衆な事をしようとしたんだから自業自得よ」


 「……」


 ジェニーは今になって、何故、元A等級冒険者でもあるマリガンが、二人を異様に恐れるのかを理解した。瞬く間に神殿騎士を斬り殺して見せたレイには勿論、それを平然と流すリディーナにもだ。


 (マリガンさん、ビビリ過ぎってバカにしてゴメンナサイ。やっぱこの人達とんでもないです……。私、ちょっとおしっこ漏らしちゃいました……)


 今にして思えば、なんで武器を買いに行っただけなのに、ドワーフ達があんなにも丁重にしていたのか、分かってしまった。今考えてみても、衛兵達が整列して見送るなんて普通じゃない。何故もっと早く気付かなかったのか……。


 (向こうでも絶対何かやったんだ、この人達……。どうしよ……、私なんか失礼なことしてないかな……。 あっ 講義の途中で寝てたのヤバいかも……)


 …


 隣の部屋が空室だったのを確認したリディーナ達は、少女を風呂に入れる。衣服を脱がし、先に桶に入れたお湯と石鹸で、少女の身体を洗うリディーナ。イヴはその間に汚れた服の代わりを探しに行った。


 (あちこち殴られたみたいな痣……。さっきの男にやられたのかしら? それに……」


 リディーナは少女の身体を見て、一瞬顔を顰める。


 少女の性器と肛門からは、血の乾いた痕とドロリとした体液が流れ出てきた。リディーナはそれに湯をかけて洗い流し、少女を湯船に入れる。見たところまだ十歳に満たない子供だ。少女の身に起きたことを察し、怒りに震えるリディーナ。


 (なんてことを……)


 あの下品な言葉遣いの騎士が、この少女を保護していたとは到底思えない。幼い少女を凌辱し、連れ回していたのは間違いないと判断したリディーナは、自分の服が濡れるのも構わず、そっと少女を抱きしめる。


 「もう大丈夫。大丈夫だから……」



 「あう…… うっ…… うわぁあああああん」


 堰を切ったように泣き出す少女。それを黙って抱きしめ、リディーナは優しく少女の頭を撫で続けた。

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