第118話 憑依

 『魔操兵ゴーレム』や『魔導砲』の見学を終えたレイ達は、迎賓館に戻って夕食を済ませ、それぞれが風呂に入ってゆっくり過ごしていた。


 イヴは『炎古龍バルガン』討伐の際に手に入れた武具や宝飾品の『鑑定』を別室で行っている。『魔操兵』二機の発注を、責任者であり代表の一人のマルクに頼んだが、大量の素材と金貨を持ってかれたので、売却用の品をリディーナに頼まれて選別していた。


 「イヴ、無理しなくていいからな。疲れたらちゃんと休むんだぞ?」


 「はい、大丈夫です。お気遣い有難う御座います」


 そう言ってレイは、手に珍しく酒瓶を持って寝室に入り、部屋のバルコニーに出た。


 外は既に日が沈み、夜の帳が降りていた。初日に泊った部屋に比べて、迎賓館からの眺めは街全体を見下ろせて、中々の絶景だ。ここからは、ドワーフ達の酒盛りの喧騒は聞こえない。標高が高く、冷たい風が吹いていたが、風呂上りのレイには丁度良かった。


 レイは、外の夜景を見ながら酒のボトルをそのまま煽る。迎賓館の使用人に頼んで、街で一番アルコール度数の高い蒸留酒を用意してもらったのだ。オブライオン王国では手に入らなかった蒸留酒がここでは手に入った。無色透明、無味。穀物やイモ類から作られた酒だろうが、その後の風味付けはされておらず、単にアルコール度数を上げただけの原酒だろう。


 喉を焼く強烈な刺激が身体を突き抜けるが、アルコール特有の飲んだ後の余韻は無い。レイは心底、薬物耐性のあるこの身体が恨めしかった。


 「これでも酔えないか……」


 今日は、昔を少し思い出してしまった。忘れたくても忘れられない傭兵時代の記憶。時間の経過とともに、当時、百あったショックは、今では一しかないが、それでも決してゼロにはならない。普段は記憶の奥底に眠っているはずの記憶だが、時たまフラッシュバックのように鮮烈に思い出される。


 生きる為とは言え、人を殺し続けた俺は、民兵アイツラと同じだ。仮に子供の頃、に戻れたとしても、俺はまた殺して同じ道を歩んだだろう……。


 「いっそ、俺が死んでれば良かったのか……?」


 

 「レイ……」


 振り返ると、風呂から戻ったリディーナがいた。僅かに香る石鹸の匂い。まだ髪が濡れており、上気した肌と物憂げな表情で見つめられ、否が応にも情欲を掻き立てられる。


 「珍しいわね……。お酒なんて」


 「ちょっとな。酔えないのは分かってるんだけどな……」


 リディーナがレイの側に寄り、その胸に飛び込む。


 「昔何があったかなんて聞かない。……でも、命を粗末にするのはやめてっ!」


 「リディー……」


 「……」


 「……」


 「……」


 「レイ?」


 レイが急に膝を付き苦しみだした。


 「ぐっ……くっ……かはぁ」


 レイの腰にあった『魔刃メルギド』から黒い霧が発生し、レイを包む。


 「レイッ!!!」


 白かったレイの髪がみるみる黒く染まり、その髪が異常な早さで伸びていく。石の様にひび割れて再生できなかった左腕の血色が戻り、再生をはじめる。


 「レイッ! レイッ! レイッ!」


 リディーナが慌ててレイを揺するも俯き苦しむレイは、その声に反応できない。


 「リディーナ様っ! 一体どうされ……ッ! レイ様っ!」


 別室にいたイヴが飛び込んでくる。




 「うおおおぁぁぁあああああ!」




 苦しみ俯いていたレイが一変、立ち上がり笑みを浮かべて声高に叫ぶ。


 『復活っ! ようよう復活できんしたっ! くぅ~~~~!』


 「「――ッ!」」


 『中々しぶといオスでありんした。なんていう精神構造でありんしょうか……。まことに人間でありんしょうかぇ?』


 「「え?」」


 『そこのエルフ、わっちのモノを持ってきなんし』


 「「……」」


 『……言葉が分からんのかぇ?』


 レイが意味の分からない言葉でリディーナを指差す。仕草も女性っぽく、腰まで伸びた長髪も相まって、まるで別人だ。


 それも元々の整った容姿もあり、美しい女性といって差し支えないほどの美貌。


 「な、何を言ってるの? レイ? 一体……どうした……の?」


 リディーナが恐る恐るレイに話しかける。イヴは口を大きく開けて固まり、一言も声を発せずにいた。


 『まったく、手数なことだねぇ』


 「……これで通じるでありんしょうかぇ?」


 「ちょ、ちょっと待って? 誰……なの?」


 「わっちの名は『黒源龍オリジンクヅリ』。始原にして至高! 頭が高いでありんす。 し れ伏しなんし 」


 「「ちょっと何言ってるか分からない」」


 「……無礼なメス達でありんすね。まあ、いいでありんしょう しかし、こなたの身体は最高ぇ。雄といわす ことを除けば、当座の依り代として相応しいでありんすねぇ。……ただ、妙な枷があるのが気になりんすぇ」


 レイの姿をした別人? クヅリと名乗った、妙な言葉を使うが自身の身体を見渡し、目を閉じる。何やら集中しているようだが、次の瞬間、レイの身体の身長が伸び、リディーナと同じくらいだったレイの背丈が十センチ程上回り、身体つきも少年から青年のものへと変化した。


 「「―ッ!」」


 「とりあえず、枷はいくつか取れんした。さて、そこなたの エルフ、わっち のローブと杖を渡しなんし 」


 「「ローブと杖……?」」


 「ドワーフ共が、『黒のシリーズ』とか名付けた、わっち の一部よ 」


 「い、嫌よっ! 何よ変な言葉遣いしてっ! 正気に戻ってよ、レイッ!」


 「無駄よ。こなたの者の意識は、もう戻ることはないでありんしょう。なに、竜の身体を手に入れるまでの辛抱でありんす。わっち が力を取り戻し、新たな肉体を手に入れれば、こなたの 身体は返しんしょう 」


 「「新たな肉体?」」


 「この身体で『黒龍』の因子を持つ者を孕ませて、雌を産ませるんでありんすぇ」


 「「絶対ダメェェェェェェェ!」」

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