第108話 激怒

 リディーナとイヴが牢に収監されて、丸一日が経過していた。


 「喉が渇いたわね……」


 「お腹も空きました……」


 二人は食事はおろか、水すらも与えられていなかった。水の精霊と契約しているリディーナも、水を生み出すにはリディーナの魔力も必要で、舌を湿らす程度しか生み出せない。


 しかし、二人共悲観はしていない。他の代表達が動くだろうし、何よりレイが助けに来てくれると信じているからだ。


 …


 「お前たちを移送する」


 『魔戦斧隊マジクス』の隊員たちが牢に訪れ、魔封じの手錠をリディーナとイヴにかけていく。リディーナの中では、後に解放されることが決定事項なので、ここで暴れる理由もなく、大人しく手錠をはめられる。


 「一体、どこに連れて行くのかしら?」


 「うるさい、黙ってついて来い」


 「「……」」


 地下の通路を随分歩かされ、辿り着いたのは巨大な門のある空間だった。門を守っていた衛士だろうか、縛られ猿轡をされたドワーフの男二人が倒れている。


 ギル・アクス・メルギドが十数人の隊員を連れ、その場に現れる。


 「やっと来たか。お前ら二人にはになってもらう。俺が力を手にし、この国の頂点に立つためのな。クックックッ……」



 ((こいつやっぱりバカだ……))


 …

 ……

 ………


 時は半日ほど遡る。


 ある宿の一室では、五人の冒険者達が酒を飲みながらバカ騒ぎをしていた。


 「ギャハハハ! ヤベー、マジヤベー!」


 「いや~ ホント凄いよねコレ!」


 「『魔法の鞄マジックバッグ』ってだけでもヤバイお宝なのに、まさかの「A品」! 人生何回遊べんのよ?」


 「こっちの鞄は「B品」だけど、それでも十分お宝だしな! それにこっちの短剣もヤバイぜ? まさかの「名工ゲンマ」作だとよ。しかも未発表品だぜ? 火属性最高峰の魔法短剣だってよ~!」


 「細剣レイピアもボロボロじゃなきゃ、結構な値がついたんでしょ?」


 「ああ、これも「名工ゲンマ」作らしいけどな。鋳つぶして素材の価値ぐらいしかねーみたいだ。まっ、魔法の鞄だけでも遊んで暮らせるしな! あわよくばと楽しみたかったが、まあしゃーねー! これからエルフだろうがなんだろうが抱き放題だしなっ!」


 「ちょっとっ! アタシらもいるんだから、ちっとは気を遣えっつーのっ!」


 「ハハ、悪ぃ悪ぃ、いやーでもあんなクッソイイ女なんか滅多に見れねぇからよ? 勘弁しろや」


 「青い髪の女も結構良かったしな~ くっそー、看守共、今頃楽しんでんじゃねーか?」


 「ふん、いい気味だわ。調子こいてる女は、ドワーフにでも輪姦されてりゃいいのよ」


 「まあまあ怒るなって、それより金の使い道でも考えようぜ?」


 「そうねー、てか何に使っても使いきれないんじゃない?w」


 「まったくだ! ホント笑いが止まんねーぜっ! ハァーハッハッハッ!」






 「なら止めてやる」





 さっきまで笑っていた男の首が宙に舞う。鮮血を撒き散らしながら転がった首を見て、その場にいた四人の表情が一瞬で凍り付く。


 「「「「ヒッ!」」」」


 声のした方を四人が一斉に振り向くと、白シャツに黒ズボン、白髪に隻腕の男が黒い刀を手に立っていた。


 「だ、誰だっ! いつの間にっ」


 「いやぁーーー! サムぅ!」


 慌てて剣に手を伸ばす剣士の男。しかし、その手が剣を掴む前にその腕は切断され、反対の腕も同時に斬り飛ばされた。


 「はぎゃあああああ!」


 「「ヒッ」」



 「(か、か、か、風よ……わ、我に……) はぐっ」


 震えながら小声で呪文の詠唱をはじめた女は、詠唱途中にその首が刎ね飛ばされる。


 「「――ッ!」」


 あっという間に二人が殺され、一人の両腕が切断された。


 「武器を手に取れば殺す! 魔法の詠唱をしても殺す! 俺の質問に答える以外に言葉を発しても殺す! エルフの女と青い髪の女に何をした? どこにいる?」


 腕を斬られた男は転げまわり、女二人は白髪の男の発する凄まじい殺気にあてられ、顔を青ざめ失禁した。


 「ぎゃあああーーー! 腕がっ! 俺の腕ぇぇぇーーー」


 ズッ


 叫んでいた男の心臓を一突きし、躊躇なくその命を奪う白髪の男。


 「し、し、し、じりまぜんっ!なにもじてまぜん!」


 泣きべそをかいて、首を左右に振りながら女の一人が知らないと弁明する。


 「これをどこで手に入れた?」


 「ろうやでずっ! 牢屋のじがでず……うぇうっうっ……だ、だずげで……」


 白髪の男が無言で部屋を後にすると、入れ違いでドワーフの衛士達が入って来る。


 「うっ! こ、これは……。レイ殿、後の処理は我々が」


 「『魔戦斧隊』の牢屋ってのはどこだ?」


 「御案内します。おいっ! レイ殿を『魔戦斧隊』本部までお連れしろっ!」


 …


 レイと案内役の衛士が去ったあと、震えて黙っていた女が、残った衛士に口を開く。


 「なんなのよっ! アタシたちが何したっていうのよっ!」


 「「S等級」の冒険者様を怒らせりゃ当然だろうーが」


 「は? 「S等級」? 何よソレ……」


 「知らねーのも無理はねーか。まあ怒らせちゃいけない人を怒らせたってことだ。ただ拾っただけなら殺されることはなかったと思うが、「エルフ」の名前を出したのがマズかったな……」


 「アタシたちはそのエルフに何もしちゃいないっ! そんなんで殺されるなんて違法よっ!」


 「言っとくが、あの方達は誰にも裁かれない。それにお前ら二人の今後に関しても、あの方の気分次第だ。精々祈ってるんだな」


 「そ、そんな……」


 衛士達は、遺体を回収し、残った女二人を連行していった。


 …

 ……

 ………


 地下の巨大な扉をくぐり、中へ進んでいく『魔戦斧隊』とリディーナ達。


 (まるで遺跡ね……。ひょっとしてこの国の古代遺跡かしら?)


 幅や高さの均整がとれた通路、ほのかに光る壁のおかげで明かりが無いにもかかわらず、室内の様子がわかる。単なる地下の部屋ではなく、古代遺跡の特徴がある空間だった。


 それに先程から散発的に幽霊ゴースト骸骨スケルトンなどの不死者アンデッドが襲って来る。そのすべてを魔法を帯びた魔戦斧で薙ぎ払い、前に進んでいくギル率いる『魔戦斧隊』。


 ギルの側には地図を手にした側近の隊員が、通路を指差し最短らしき道を指示していた。


 「まさか、すでに攻略済みの遺跡なの?」


 「フフフ……。すでに最下層まで攻略済みだ。エルフの女、我らドワーフの先人達を舐めるなよ?」


 「先人達? それに最下層まで? 最下層まで探索できていて、未だ攻略していないのですか?」


 イヴが疑問を口にする。遥か昔に最下層まで達していて、現在に至るまで未攻略なのは何故なのだろうか。


 「ふん、それはお前達が知る必要はない」

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