第101話 迎賓館
目を覚ましたレイは、見知らぬ部屋にいた。天井には荘厳な壁画が描かれ、緻密なデザインの彫刻が部屋のあちこちに飾られている。一見豪華な部屋だが、壁に飾られた様々な武具や武骨な雰囲気が、ここがドワーフの国『メルギド』なんだと主張していた。
(あのまま気を失ったのか……。まったく情けない)
隣には、すやすや眠るリディーナとイヴがいた。二人共、シルクのような光沢のある滑らかな肌着を着ている。スタイルの良い二人のシルエットが綺麗に浮かび上がっていて、なんとも悩ましい。触れたい衝動に駆られるが、その前に無くなった左腕に目がいく。傷口から上腕まで石化し、ひび割れている。軽く回復魔法を掛けてみるも、再生する気配はない。
(こりゃ、無理そうだな……)
「ん、ん~……あっ、レイ! 起きたの?」
リディーナがガバッと飛び上がるように起き上がる。イヴも目を覚ましたのか、同様に目を覚ましたようだ。
「おはよう、二人共。迷惑かけたな」
「おはようじゃないわよっ! もう三日も寝てたのよ?」
「三日……。どうりでずいぶん腹が減ってると思った」
「今、ご用意しますっ!」
イヴが慌てて、近くの昭和の黒電話のような魔導具を手に取る。どうやら通信用の魔導具らしく、何やら朝食の注文をしていた。なんともレトロだ。
「レイ、その腕……」
「ああ、さっきちょっと回復魔法をかけてみたが、全然治らん」
「そんな……」
(最悪、腕の根元からぶった切って、再生魔法を掛ければ再生できるかもしれないが、できればやりたくない。なんせ麻酔が無い。それにあったとしても、この身体には効かないだろう。まあ最後の手段だな)
「なんとかなるだろ」
「またそんな軽く言って! 髪もそんな真っ白になっちゃって……」
「そのうち元に戻るだろ」
「もうっ!」
自分の前髪を見ながらレイが軽く返す。レイの中では髪が白くなる程度は大したことではない。むしろハゲなくて良かったぐらいにしか思っていない。
そうこうしてるうちに、若いドワーフの給仕が朝食を運んできた。肉が中心の中々豪勢なメニューだが、食事と一緒に何故か酒の瓶が入っている。さも当然という感じで、ジョッキにエールを注ぐ給仕のドワーフ。
「「「……」」」
「そう言えば、ここはどこなんだ?」
「「メルギド」の迎賓館よ。昔訪れた『勇者』の為に建てられたらしいけど、結局その後に勇者が現れることもなく、ここに泊まったのは私達が初めてらしいわよ?」
「二百年前に建てられたとは言え、維持と管理は徹底されていたようです。壁に掛けられてる武具はどれも一級品ですし、設置されてる魔導具も他国でしたら機密扱いの物ばかりです。迎賓館というより要塞に近いですね……」
給仕に酒以外の飲み物を頼んだイヴが周囲を見渡して言う。どうやら色々『鑑定』済みのようだ。確かに装飾は豪華だが、壁も大理石のような石材が分厚く建てられており、かなり頑丈な造りだ。『古龍』の脅威もあって、要人の利用する施設は少なからず備えがしてあるのだろう。
「それと、レイ様が目を覚ましたら、ユマ婆が話があると仰ってました」
「はぁ……面倒だな。まあ仕方ないか。そう言えば、あそこを立ち入り禁止にしといてくれって頼んだが大丈夫か?」
「あの巨大な穴の場所でしょ? 一応言ってあるけどどうしてなの?」
「詳しくは後で説明するが、身体に良くない物質が発生してるはずだ。俺が行って処理しなきゃならん」
「大丈夫なの?」
「ああ。魔力は満タンだし、身体も腕以外は特に心配ない」
一応、クレーターの外には放射性物質は漏れてないはずだが、除去作業はしなくてはならない。まあ魔法があるから作業自体は簡単だ。魔力はかなり消費するが、空間魔法で亜空間を作って空間を丸ごと消し去ればいい。あの魔獣を亜空間に飛ばせばいいと最初は考えたが、そもそも亜空間に飛ばした物体がどうなるかなんて分からない。後に復活する可能性を考えたら、物理的に消滅させる方法を取るしかなかった。
「朝食をとったら、イヴの怪我を先に治療しよう。待たせて済まなかったな」
「とんでもありません。……有難う御座います」
…
食事を終えたレイは、イヴの顔の修復に取り掛かる。山本ジェシカに殴られ、顔の裂傷と歯の欠損が生々しい。リディーナが心配そうな顔をしているが、傷の修復や再生は、レイにとってはもう手慣れたものだ。
一時間ほどで全ての修復を終え、イヴの綺麗な顔は完全に元に戻った。
「さて、それじゃあユマ婆に会いにいくとするか……」
部屋を見渡し、着る物を探すレイ。
(そう言えば、あの『闇の衣』と『黒の杖』はどうしたんだ?)
「リディーナ、俺のローブと杖は……」
「あんな危険なモノ、着させる訳ないでしょ?」
そう言って、白いシャツを渡してくるリディーナ。『魔刃メルギド』はベッド横に立てかけてあったので、それを腰に差し、シャツを着ようとするレイ。片手でぎこちなくしているレイに、リディーナが近寄り手伝う。ボタンを留める手が途中で止まり、レイに懇願するように囁く。
「もう絶対に無茶しないで……。もっと自分を大事にしてよ……」
レイは、片手でリディーナを抱きしめる。
「ああ、わかったよ」
…
山本ジェシカは始末した。吉岡莉奈は逃亡。まさか『空間魔法』による『転移』が可能だとは思わなかった。空間の座標をどう特定して魔法を発動してるのだろうか?仲間を見捨てて中々薄情な判断だったが、状況と目的を冷静に判断する頭を持っていた。あの若さで普通はできない。すぐに襲って来ることは無いだろうが、『転移』の自由度が分からない。俺達の前に、いつでも現れることが可能ならかなりヤバイ。何か対策は考えないといけないな……。
それと、加藤拓真がどうなったかも調べないと。まさかこの街まで戻ってはきてないと思うが、あの怪我では森を走破して他所へ逃亡してるとも考えにくい。
(とりあえず、さっさとユマ婆との話を済ませるか)
部屋を出ると、ユマ婆の世話役、キルマが待っていた。
「お迎えに上がりました。ご案内いたします」
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