第100話 魔女の傀儡

 王宮にある国王執務室から出た東条奈津美は、そのまま地下にある自室へと戻った。


 オブライオン王国、元宮廷魔術士長の研究室だったこの部屋には、様々な古文書や魔術書が棚に並び、得体の知れない生物の標本などがホルマリン漬のように容器に入れられて並べられていた。


 東条奈津美が部屋に入ると、二人の女性が出迎える。


 「おかえりなさい。莉奈が帰ってきたって聞いたけど?」


 白石響が帰ってきた東条奈津美に尋ねる。レイに負わされた怪我からは完全に復帰していたが、その両眼は真紅に輝いており、以前の凛とした佇まいとは違い、禍々しい雰囲気を漂わせている。


 「ええ。元気そうだったわよ? 随分面白い話しが聞けたわ。……そういえば、響がやられたレイって奴に、莉奈達もやられたみたいよ?」


 「……次は殺すわ」


 響の真紅の瞳が怪しく光り、腰の刀を撫でる。あの日以来、白石響は常に『白刀』を顕現させており、腰に差している。


 「まあソイツの目的は分からないし、また会えるかは分からないけど、その時は期待してるわね。それより、出掛けるわよ。、出掛ける準備を。暫くここへは戻ってこないからそのつもりで。響も準備して」


 「かしこまりました」


 薄い金髪に緑眼、髪は肩口で揃えたミディアムヘアで、目鼻立ちの整った美しい女が、奈津美の指示に従い従順に動く。その耳は長く尖っており、エルフだと言うことを表していたが、肌の色が病的に白い。


 「どこへ行くの?」


 「エルフの国、『エタリシオン』。地下のモノを起動するための『鍵』を取りにいくわ。場所はこの子イリーネの記憶にあるはずだから、辿り着けるはずよ」


 「地下のモノ?」


 「響にはまだ話してなかったわね。この城の地下深くに古代の遺跡があるんだけど、そこに古代の遺物が眠っているのよ。どうやら世界を変える力がある代物らしいけど、起動させるには『鍵』が四つ必要なの。私は偶然そのことを知ったけど、高槻や九条は、結構前からその存在を知ってたみたいね。今は二人と協力してるけど、このことを他のクラスメイトに話してないってことは、独占する気満々よね。もう少し遺跡のことも調べたいし、『鍵』を手に入れて二人と対等な立場にならないと、幾ら他で協力してるとは言え、どうなるかわかったものじゃないわ」


 「邪魔なら斬ればいい」


 「フフフ……。まあ、その時は頼むわね~」


 …


 王宮の厩舎にて飛竜の準備をする東条奈津美と白石響、イリーネの前に、佐藤優子が現れる。


 「響……。どこ行くの?」


 憔悴した表情で、佐藤優子は響に声を掛ける。失明した響が自室から姿を消してから、佐藤優子はまともに響と話せていなかった。響は常に東条奈津美に付き添い、二人は王宮内でもその所在が神出鬼没で中々会うことが叶わなかった。


 「あら、、どうしたの?」


 「……」


 まるで他人のように佐藤優子に接する響。東条奈津美はニヤリとした表情で響にそっと呟く。


 「(邪魔なら斬っていいわよ?)」


 「ッ!」


 そのわざとらしい呟きを聞いた佐藤優子は目を見開く。気づけば響の『白刀』の鯉口は切られており、その表情が一変していた。


 一歩でも動けば斬られる。


 響の雰囲気に、そう感じた佐藤優子の背中に冷たい汗が流れる。最早以前の幼馴染の面影は無い。今まで佐藤優子に見せたことのない冷徹な表情の響。真紅の瞳、縦に割れた瞳孔から放たれる禍々しい光は、人間ヒトのそれではなかった。


 「もういいかしら? 響、行くわよ」


 東条奈津美がそう声を掛けると、三人は飛竜に跨り、飛び立って行った。


 佐藤優子は、何もできずにただ飛び去る飛竜を見つめるのだった。

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