第97話 核撃魔法

 ―『核撃魔法』―


 レイがこの世界に来て、地球の兵器を魔法で再現しようと考えた時に、真っ先に浮かんだ魔法だ。この魔法は女神の知識には無い。名前の通り、核兵器を魔法で再現する試みだったが、予測された使用魔力が膨大だった為、早々に断念した魔法だ。


 核兵器といっても様々な種類があるが、レイの選んだのは「核融合反応型」だ。威力の上限のある「核分裂反応型」、日本人なら誰でも知っている「原爆」などがそれにあたるが、「核融合反応型」、所謂「水素爆弾」と言われる核兵器は、核融合反応を起こす物質を追加すれば、いくらでもエネルギーを増加できるのが特徴の一つだ。それに、核兵器最大の懸念である、放射性物質の発生を抑制するのにも「核融合反応型」を選択した。


 触媒である「重水素」は、海水に多く含まれるが、この辺りには海は無い。それをゼロから生み出すことは難しいが、空気中に極僅かに存在するものを、魔法で集めることは魔力の消費はあれど、難しくはない。同じく触媒である「三重水素」を生み出す「リチウム」は主に火成岩に多く含まれる。幸いにも火山のあるメルギドの山脈、土壌からはそれの抽出ができた。


 地球で実用化されている水爆は、ウランやプルトニウムなどの核分裂物質を用いた核分裂反応を第一段階、それを起爆剤として核融合反応を起こす二段階の過程を経てエネルギーの放射=爆発を発生させる。


 放射性物質の生成が少なくなる、第二段階の「核融合反応」のみで起こす「純粋水爆」は、未だ研究途中の技術であり、地球では今も実用化には至っていないが、魔法の力によって実現への障害はクリアできる。


 個人の魔力では到底不可能と思っていたレイだったが、この『黒の杖』と『闇の衣』による魔力の増強で可能だと判断した。


 (いくらなんでも人の住めない土地にする気はないからな……。単に核爆発を起こすならそんなに難しくない。だが、周囲の被害を押さえる為には勿論、非常識な結界が必要なのは変わらない)


 レイは上空で魔力を練りながら、発動プロセスを慎重にイメージし、実行に移す。


 『鬼猿』を中心に水属性と雷属性の結界を形成、同時に空気中の水素と土壌のリチウムをそれぞれ抽出し、超高温超高圧をかけて融合させる。レイは『鬼猿』のいる結界そのものを巨大な反応炉と見立てて、融合に必要な数億度という超高熱を生み出す為に膨大な魔力を一点に集中させる。


 「うおぉぉぉーーー!」


 レイの黒髪がみるみる白くなり白髪に変わる。集中が切れそうになるのを必死に叫びながら、己を鼓舞する。


 …


 「一体、何をしておるんじゃ……」


 七家専用会議室にいた代表の面々は、モニターに映るレイに目が離せないでいた。城壁を魔力弾で破壊した『鬼猿』は、傷の回復の為なのかその場から動かない。よく見ると、千切れた腕が再生中なのが分かる。その間に『鬼猿』の周囲に巨大な結界が築かれ、分厚い水の壁のような結界に幾重にも雷のような紫電が走っている。


 自身の周囲の変化に気付いたのか、『鬼猿』が結界を破壊しようと暴れはじめる。拳を叩きつけ、何やら雄叫びを上げているが、その声も衝撃も、外部には一切伝わらない。


 やがて、結界の中心から眩い光が発生し、会議室のモニターは白い閃光に包まれ、映像が途切れた。


 …


 核融合反応により発生した凄まじいエネルギーが、結界内に放たれる。超高熱のエネルギーと中性子線の発生により、『鬼猿』の細胞が破壊され、再生する間もなく塵と化し、毛ほどの肉片も残らず消滅していく。



 まさに、人工の太陽と呼べる球体が、メルギドの街を照らす。



 核融合反応を生み出すと同時に、その凄まじいエネルギーを封じ込める為、レイは膨大な魔力を絞り出し、『亜空間』の結界で周囲を包んでいた。発生した過剰なエネルギーを『亜空間』へ飛ばすことで、核爆発の衝撃から周囲を守るためだ。


 (くそっ! このままじゃ魔力が足りない……)


 「……どうせ後で治すんだ、腕の一本や二本、くれてやるっ!」


 レイの左腕が指先からサラサラと粉になって消滅していく。肉体を糧にして更なる魔力を捻り出す。


 「おおおおおおおおぉぉぉ!」


 

 閃光が収まり、同時に結界が消失していく。爆心地では巨大なクレーターが出来上がっており、その破壊のエネルギーの凄まじさを物語っていた。


 地上に降りたレイは、肩で息をしながらその場で膝をつく。


 (なんとかなった……か? 次はもっと上手くできそうだが、こりゃ二度と撃てないな……)


 レイの左腕は、肘から下が無くなっており、二の腕まで石化したように固まり、ヒビが入っていた。


 「しかし、山本ジェシカか……。あんなバケモンに変わる能力なんて、他にもいたらお手上げだ……」



 …

 ……

 ………


 「や、やりおったんか……」


 ニコラが呟く。モニターの映像が回復した会議室では、映像に映った巨大なクレーターを代表六人が信じられないといった様子で見つめていた。



 バンッ



 「レイはどこっ!」


 リディーナが血相を変えて会議室に飛び込んできた。後ろからはイヴが神妙な面持ちで控えている。


 「ユマ婆っ! レイはどこにいるのっ? 無事なのっ? 一体なんてモノ渡してんのよっ!」


 代表達が驚き、一斉にリディーナを見る。ユマ婆は一人モニターを指差し、リディーナにレイの様子を指し示す。


 「レイ殿は無事……といっていいかは分からぬが、命の心配は……」


 ユマ婆がすべてを言い切る前に、リディーナは部屋を飛び出していた。


 …


 リディーナは地上に出て、『飛翔』の魔法で上空に上がる。画像で見た風景を探し、レイの居場所を捜索する。傍にはイヴもしっかりついて来ていた。


 「イヴ、レイを探してっ!」


 「は、はいっ! …………リディーナ様、あそこにっ!」


 イヴが指差す方向に、漆黒のローブを纏った白髪の人物が膝をつき俯いていた。


 「「ッ!」」


 「レイッ!」


 リディーナがレイに駆け寄り抱き着く。


 「リディーナか……。意識が戻ったんだな……。イヴも……心配掛けたな」


 「バカッ! なんでいっつも無茶するのよっ!」


 「レイ様、お、お身体は……」


 「まあ、なんとかって生きてるってとこか……。リディーナ、悪いんだが婆さん達に、爆心地には誰も近づかないように言っておいてくれ……。魔力がすっからかんなんだ……。ちょっと寝……る……」


 そう言うとレイはそのまま寝息を立てはじめた。リディーナはレイを強く抱きしめたまま、涙を流す。



 「……ほんとバカなんだから」

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