第96話 レイ出撃

 地球の狙撃手スナイパーなら絶対に行わないミス。


 それは、握り潰されそうになった『魔操兵ゴーレム隊』を助ける為に、急所を狙わず腕に命中させたこと、そして、相手を仕留めていないにも関わらず、その場に留まり移動を怠ったことだ。


 銃で目標を狙撃する場合、相手に見つからずに一発で目標を仕留めることが理想だ。所謂、「一撃ワンショット必殺ワンキル」だ。必然的に急所を狙うことが求められるが、ゼンは友軍を救う為にそれを怠った。それと、目標が健在であるにも関わらず、狙撃地点から動かなかったということは、相手にこちらの位置を特定されるということだ。


 無論、全ての状況でそうとは限らないが、今回の場合においては、友軍を見捨ててでも頭もしくは心臓などの急所を狙わなくてはならなかったし、少なくとも『魔導砲』発射後、すぐに移動しなければならなかった。


 なぜなら『鬼猿オーガ』には遠距離攻撃があるからだ。



 片腕をもがれた『鬼猿』は、自身を攻撃した城壁の者達を脅威と認識し、その口を大きく開けて魔力を収束させる。


 「ん? ……ッ! 退避っー! 総員退避だぁ!」


 ゼンが気づいて慌てた時には、『鬼猿』から魔力弾が放たれていた。


 …

 ……

 ………


 ―七家専用会議室―


 レイは、会議室のモニターで『魔操兵ゴーレム隊』の攻防を見ていた。その身には漆黒のローブを纏い、手には同じく漆黒の杖を握っていた。


 魔導士用の漆黒のローブと杖。ユマ婆が自身の工房から持ってこさせたクロズ家秘蔵の武具。『魔刃メルギド』と同じ、『黒龍』の素材から作られたその貴重な武具は、その特異な性能により長年クロズ家で封印に近い形で保管されていた。ユマ婆は、『鬼猿』と戦う気のレイに、この武具の提供を申し出た。



 ―『闇の衣』―

 

 生命エネルギーを糧に、装備者の魔力量を増幅する。使用し続ければ、寿命を縮め、装備者の命が失われる恐れがある。


 ―『黒の杖』―


 装備者の魔法の威力を上げる効果がある杖。使用の際は、装備者の精神エネルギーを糧に魔力の強化がなされ、使用を続ければ精神が崩壊し、廃人になる恐れがある。


 ユマ婆の世話係であるキルマが、クロズ家の工房から持ってきた二つの武具は、所謂『呪具』に相当する物である。強力な性能を有してはいても、使用者に多大なリスクのある二つの武具の使用は、真っ先にその特性を『鑑定』したイヴが反対した。


 「危険過ぎますっ! レイ様! 止めてくださいっ!」


 懇願するように、思い直すようレイに訴えるイヴだったが、レイは躊躇せずにローブの袖に腕を通し、杖を手に取った。


 相手が人間であれば、どんなチート能力があろうと殺せる自信のあったレイだったが、相手が人間ではなく、巨大な未知の魔獣であれば話は違ってくる。古代の文献により、生態がある程度分かっていた『龍』とは状況が違う。万一、敗北するようなことがあれば、リディーナとイヴに危険が及ぶ。それは容認できるものではなかった。


 「心配するなイヴ。ヤバくなったら、装備を捨てて逃げてくるさ」


 「ですが……」


 「それより、リディーナを頼むぞ」


 「それは勿論……」


 レイはイヴの頭をポンッとなでると、ユマ婆に振り向いた。


 「こんなモンを用意して、一体どういうつもりだ? 婆さん」


 「あー?」


 「……すっとぼけやがって。まあいい、ユマ婆、さっきの会議室まで一緒に来てくれ」


 「?」


 「代表達と話がしたい」


 …


 「で? 話とはなんじゃ? レイ殿」


 会議室のモニターを見ていたレイに、ニコラが尋ねる。


 「今からあのバケモンを殺してくるが、頼みがある」


 「「「?」」」


 「俺が死んだら二人を頼む」


 「……それだけか?」


 「それだけだ」


 「欲の無い男じゃな……。我が国自慢の『魔戦斧隊マジクス』が壊滅し、虎の子の『魔操兵ゴーレム隊』が崩壊。『魔導砲』を撃った衛士達も一射きりで安否不明の状況じゃ。この危機を乗り切れるならなんでも望みを要求できるものを……」


 「興味ない。俺が望むのはリディーナとイヴの安全だけだ」


 「……承知した。七家の名において誓おう」


 レイはニコラからそう言質をとると、会議室を後にする。




 「『闇の衣』と『黒の杖』……。ユマ婆、あの者はアレのことを承知で身に着けておるのか?」


 「『鑑定の魔眼』持ちの娘が止めてたさね。二百年前の『勇者』達でさえ、持っていくのを避けた武具を、レイ殿は躊躇なく手に取りおった。こちらが用意しておいてなんだけどね、まさか二つとも持っていくとは思わなかったさね……」


 「「「……」」」


 「いずれにせよ、レイ殿があのバケモノを止められなければこの国は終わりじゃ。任せるしかあるまい」


 「どこの馬の骨とも分からぬ者に、この国の命運を託すとはな……。情けない」


 ガルドがそう呟きながら、モニターに映る崩壊した城壁を見ていた。


 …


 地下の会議室から出たレイは、『飛翔』の魔法で上空にいた。眼下には崩壊した城壁が見え、多くの怪我人や逃げ惑う人々が見えた。崩壊を免れた城壁では、衛士達が慌てて大砲や弩を設置し直している。


 『鬼猿』は街に向けて歩き出しており、もう、すぐそこまで来ている。


 「『闇の衣』と『黒の杖』か……。なんとも悪の魔術師っぽくて厨二臭いが、有難く使わせてもらおう。魔力も全然回復できなかったしな」


 (しかし、『魔操兵ゴーレム』だの『魔導砲』だのまるでSFだ。きちんと連携して作戦を立てたなら今頃倒してたんじゃないか? まあ今更か。悪いが囮としてもうしばらくそっちで引き付けておいてもらおう)


 レイは『闇の衣』に意識を向け、『黒の杖』を構えると、魔力を練りはじめる。


 (なるほど、確かに強力だな。大体十倍ぐらいに魔力を増強できるのか……。だが、この体の中から何かが無くなっていく感覚はなんだ? 生命、精神エネルギーと言っていたが具体的に何なのか、ユマ婆も分からないと言っていたな……。本当にこの国のババアは得体の知れない物の扱いが杜撰だ)



 「だがこれならいけそうだ……。いくぞ『核撃魔法』!」

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