第94話 メルギド防衛戦③

 『くっ! とりあえず砲撃を再開させろっ! 『』も出せっ! ワシの権限において許可するっ!』


 通信用魔導具から入ったガルド・アマ・メルギドの指示に、衛士隊長のゼンはすぐに行動を起こした。


 「おいっ! 『魔導砲』を扱えるヤツは俺について来い! 残った者は、砲撃の再開と怪我人の搬出だ! 急げっ! 」


 『鬼猿オーガ』の放った魔力弾は、城壁を貫き街の一部を破壊した。警報が発令されていたとは言え、街には多くの人間が避難もせずに活動していて、少なくない被害が出ていた。城壁にいた衛士隊にも死傷者が出ていたが、生き残った衛士達は浮足立ちながらも、訓練通りに民の避難誘導と、砲撃の再開に努めた。


 さっきまで遠目に見えていた『鬼猿』が、もうすぐそこまで迫っている。


 「くそっ、『魔戦斧隊マジクス』は何をしている……」


 衛士隊長のゼンは、数人の衛士達をつれて、地下にある厳重に施錠された倉庫に来ていた。『魔戦斧隊』が出陣してからしばらくして、あの魔獣から閃光が放たれた。『魔戦斧隊』がどうなったかは分からないが、戦闘が行われている様子も無く、あの魔獣は変わらず近づいてくる。『魔導砲』の使用許可が出たということは、『魔戦斧隊』に何かあったと推測された。


 厳重に施錠された部屋の倉庫で、ゼンは連れて来た衛士達に指示を飛ばす。


 「持ち出す『魔導砲』は三丁。射手以外は補佐だ。予備の魔石砲弾は三発でいい、どうせそれ以上は砲が耐えられん。砲を点検し、調整を終えたら出撃だ。お前ら、覚悟を決めろよっ!」


 「「「了解!」」」



 ―『魔導砲』―


 火薬で鉄の砲弾を打ち出す大砲に対し、希少魔石を砲弾として、火と土の複合属性魔力弾を発射する魔導兵器だ。その威力は凄まじく、既存の武器や魔法とは一線を画す。しかし、砲自体の耐久性の問題と、使用する希少魔石の高コストの問題、それに、諸外国に知られた場合の危険性を考慮した結果、秘匿され封印されることとなった。


 しかし、封印された最大の原因は、射手に多大な負担がかかることだった。


 地球の無反動砲に似た、筒状の砲身を肩に担ぎ、引き金のついたグリップを握る衛士隊長のゼン。筒状の砲身からは一本のチューブのようなコードが伸びており、先端には針のような突起が付いていた。


 「ふぅー……」


 ゼンは、意を決してコードの先端を自分の胸に突き刺す。


 キュィィィン


 『魔導砲』にはめ込まれた石がが赤く光り、起動音のような音が鳴る。他の射手も同じようにコードを胸に刺して、『魔導砲』を起動させた。


 「よしっ! 行くぞっ!」


 弾薬箱を持った補佐役の衛士達を連れ、ゼン達は急いで城壁に上がる。


 …


 衛士隊長のゼンが『魔導砲』を取りに地下へ向かった頃、同じように城壁の地下の一角で『魔操兵ゴーレム隊』の準備も進められていた。


 ―『魔操兵ゴーレム隊』―


 古くから火口に棲む『炎古龍バルガン』を討伐するべく創設された部隊で、人が乗って操る大型の『魔操兵ゴーレム』を開発し、実験していた新しい部隊である。『魔操兵』自体は、古くからある魔導技術の一つだが、製造、運用できる錬金術師や魔術師は非常に少なく、また、術者によってその性能にばらつきが多かった。製作者にしかその命令ができない点や、貴重で高価な素材を使って製作しても、術者が死ねば、その『魔操兵』を動かすことはできず、ただの鉄くずになってしまう欠点を何とか解決し、部隊としての運用ができるまでになっていた。


 総責任者は、マルク・マジク・メルギド。


 「マルク様の命令だ。出せる魔操兵は全部出すよっ!」


 地下の巨大実験設備で声を張り上げたのは『魔操兵隊』の女隊長バルメだ。『魔操兵隊』の操縦士は、全員が女性である。魔操兵の操縦には、繊細な魔力コントロールが必要で、その基準を満たしたのが女性だけであった為だ。


 「バルメ隊長、出せるモンって言ったって、試験型の六機しか出せませんぜ?」


 整備士のような格好をした男がバルメに言う。


 「地上にまで被害が出てるらしい。試験型でもなんでも出さなきゃ、街が無くなっちまうよ? それにまたとない実戦だ。武装はありったけ積みなっ!」


 「あ、ありったけ? でも、相手がどんな魔物か分かりませんぜ? 巨大な魔獣ってだけじゃ、何を装備したらいいか……」


 「『魔導砲』は?」


 「ありゃダメです。一発でも打てば魔操兵を動かす魔力が足りなくなっちまいます。動力の魔力量の問題はまだ解決しちゃいねーんですぜ?」


 「ちっ、仕方ないね。半分は近接戦闘装備、もう半分は火器を積んで遠距離支援装備だ。オラ、急ぐんだよっ!」


 「り、了解っ!」


 慌ただしく整備班のドワーフ達が、並んで配置された『魔操兵』の試験型に装備を艤装していく。用意された魔操兵は六機。その全長は八メートル程で、鉄色の装甲に覆われた騎士のような姿形をしていた。


 操縦士を集めて作戦会議を終えたバルメは、責任者であり代表の一人のマルクから『魔戦斧隊』が壊滅したとの情報を聞いて、内心ほくそ笑んでいた。『魔操兵隊』は秘密の部隊だったが、そのことを知る一部の者達、特に『魔戦斧隊』の幹部たちからは「金食い虫」、「素材の無駄」など常日頃から嫌味を言われ、その上、女性の隊員が多いこともあって見下されてきた。


 (ククク……。見てなよ、脳筋どもっ! 『魔操兵隊』の力を見せてやるさっ!)


 艤装を完了した魔操兵へ、次々と隊員達が乗り込む。一般には知られていない地上への通路が開かれ、バルメを先頭に『魔操兵隊』が発進した。


 …


 山の斜面に設置された、岩に偽装された扉から六機の『魔操兵』が姿を現す。


 「目標補足! あの黒いデカブツだ! 四・五・六番機、榴弾発射! 一番機アタシと二番・三番機は接近するよっ!」


 「「「「「了解っ!」」」」」


 目標である『鬼猿』を発見したバルメは、すぐに僚機に指示を飛ばす。すでに『魔戦斧隊』は壊滅したとの情報はマルクから入っていたので、友軍の被害は気にしないで良かった。


 肩に榴弾砲を装備した魔操兵から、榴弾が発射される。城壁にある鉄の弾を発射する大砲とは違い、榴弾は目標に着弾後に爆発を起こす、鉄の砲弾に火薬を圧縮して装填した弾だ。


 次々と榴弾が『鬼猿』に命中していく中、バルメを中心とした三機の魔操兵が、山の斜面を滑り降り、『鬼猿』に接近していく、三機の魔操兵は、片手に大型の大剣バスターソードを持ち、もう片方の手には同じく大型の盾が装備されている。


 …


 「くっ! 砲撃中止っ! 聞いてないぞっ!」


 城壁の上で、手にした『魔導砲』を構えていた衛士隊長のゼンは、突然現れた『魔操兵隊』を前に、急いで砲撃の中止命令を出した。衛士隊の隊長であるゼンは、『魔操兵隊』の存在は知ってはいたものの、実際に目にするのは初めてで、衛士達に指示を飛ばしながらも戸惑っていた。


 (あれが対火龍の『魔操兵隊』か……。しかし、前例が無いとは言え、他の部隊との連絡手段が無いのは拙いな……)


 通信用の魔導具は、対になる物としか連絡ができない。ゼンの持つ魔道具は、上長であるガルドにしか繋がらない。今まで複数の部隊が同時に行動をするような事案は無く、過去に『龍』が襲来した時には、街を守る衛士隊以外の部隊は無かった。


 「これじゃあ、援護もできん」


 ゼンは、他の衛士達と共に、成り行きを見守るしかなかった。

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