第93話 メルギド防衛戦②
城門が開き、『
「対巨人隊列っ! 『火炎班』は前へっ! まずはヤツの足を止めろっ!」
ドワーフ国、七家代表の一人、ギル・アクス・メルギドが部隊に向かって指示を飛ばす。部隊が『鬼猿』の左右に分かれ、火属性の魔力付与を得意とする隊員が前列に出る。
『火炎班』と呼ばれた隊員達の魔戦斧は、その刃が赤く色に染まり、高熱を帯びていた。
二十メートルを超す巨大な『鬼猿』の周囲に、小柄なドワーフ達が一糸乱れぬ動きで接近していく。対巨人戦のセオリー、足を集中的に狙ってその動きを止め、後はその巨体が倒れるまで四方から攻撃する。言うは簡単だが、いくら優れた武具を装備した頑強なドワーフとは言え、一撃でも攻撃を食らえば致命傷となり得るのはどんな巨人を相手にしても同じである。それでも臆することなく巨大な『鬼猿』に向かっていく『魔戦斧隊』の隊員達。
高熱を帯びた魔戦斧を『鬼猿』の足に打ち下ろす『火炎班』の面々。鈍重なイメージに反して、隊員達の動きは素早く、戦斧を当てては離れ、一撃離脱を繰り返して攻撃を当てていく。
「くそがっ…… 傷一つつかねぇ……」
「体毛も燃えねぇ、一体ぇどんな毛ぇしてやがるっ!」
『鬼猿』はドワーフ達の攻撃に全く動じることも無く、その攻撃を受けても平然としていた。そして、足元のドワーフ達に気付いたように、突然手で払うように隊員の一人に張り手をぶつける。
ブッ
張り手をまともに食らったドワーフの隊員がその衝撃でバラバラになる。手足が捥げ、内臓が飛び出し絶命する。
「「「―――ッ!」」」
そのあまりの威力に隊員達の足が一瞬止まる。
「止まるんじゃねぇーーー!」
ギルが隊員達に叫ぶも、足を止めてしまった隊員達が、次々と『鬼猿』の攻撃を食らいバラバラに吹っ飛んでいく。
「くそがぁぁぁ! 隊列を乱すなっ! 動けっ!『旋風班』、ヤツの目をやれっ! 狙わせるなっ!」
ギルの指示を受け、風属性の魔力を魔戦斧に纏わせた隊員達が、風の刃を『鬼猿』の眼球目掛けて放つ。しかし、それも『鬼猿』には届かない。まるで風の刃が見えているかのように、手で軽く振って、その風の刃を消失させる。
「バ、バケモンが……」
『グオオオオオオオオ!』
『鬼猿』が雄叫びと共に、激しく足で地面を打ち鳴らし、周囲の森がまるで地震のように大きく揺れる。足を取られ、まともに立っていられない振動が隊員達を襲い、足を止めた隊員達が、次々と『鬼猿』の餌食になる。
巨大な尻尾で薙ぎ払われ、足で踏み潰される。『鬼猿』が手で払うだけで『魔戦斧隊』の隊員達が肉片になっていく。あっという間に百人からいた隊員達は、その数が半分にまで減っていた。辺りには肉片と臓腑が至る所に散乱し、地獄の様相と化していた。
「か、勝てるわけねぇ……」
隊員の一人が呟く。
その声を皮切りに、一斉に隊員達が後退り、城門に向かって逃げ出す。かつて、勇猛果敢に魔獣を狩り、街の者から歓声を浴びていた『魔戦斧隊』の姿はそこには無かった。恐怖に駆られ、我先にと一直線に城門へと逃げ出す隊員達。
「て、てめーら、逃げるんじゃねぇ! 魔戦斧隊の誇りはどうしたぁっ!」
ギルは自身も恐怖に押しつぶされそうになりながらも、隊員達を留まらせようと必死に叫ぶ。しかし、恐怖に支配された隊員達は、ギルとその周囲の側近達を押し除け走っていった。
逃げ出した隊員達に向けて『鬼猿』の口が開く。魔力が収束していき、巨大な魔力弾が形成されていく。
「ま、まさか……
ギルがそう呟いた時には、その魔力の塊が逃げ出した隊員達に放たれた。その魔力弾は、ギルの頭上を通過し、逃げ出した隊員達を飲み込む。
放たれた魔力弾は、隊員達の体を塵と化して消滅させ、周囲の木々を飲み込みながら城門へと到達。城門を破壊し、街の一部が爆散した。
「そ、そんな……」
街まで続く消失した森を見て、完全に戦意を失ったギルと数名の隊員達。生き残った者達は、膝から崩れ落ち、その光景をただ茫然と見つめていた。
『鬼猿』は足元の彼らを無視して、街へと歩き出す。
…
「「「「「「……」」」」」」
メルギドの地下にある七家専用会議室では、代表達が絶句していた。
「マ、
「ただの巨人の変異種じゃないのか?
「まるで『龍』じゃないか……」
「街の被害はどうなってますかっ!」
「城壁の衛士隊はっ? 映像を回すんじゃっ!」
「くっ! とりあえず砲撃を再開させろっ! 『
一斉に慌ただしく動き出す代表達。
「マルク、『
白髪の老人、ニコラがマルクと呼んだ老人に問う。
マルク・マジク・メルギド。七家代表の一人で、ドワーフ国の魔導具関連を一手に扱う部門の長だ。
「すでに招集はしてある。じゃが、稼働できるのは全隊の半分、しかも
「構わん、出動させろ。それと住民を地下に避難させるんじゃ」
代表達は、それぞれ通信用の魔導具を手にし、各部署に指示を飛ばす。先程まで『龍』の素材で言い争っていた空気は吹き飛び、各々漸く事態の深刻さに気付いた。そんな中、ユマ婆が静かに席を立つ。
「ユマ様、どこへ?」
ソラがユマ婆に尋ねる。
「ちょいと工房に。それとレイ殿のところへ行って来るさね」
「「「……」」」
代表達が黙ってユマ婆を見送る。この事態に会議室を出るということは、指揮する立場の者としてどうかと思うが、『炎古龍バルガン』を討伐したというレイに助力を乞うという選択は、声には出さないが全員の脳裏に浮かんだことだった。
…
「キルマ、頼めるかい?」
会議室を出たユマ婆は、部屋の外に待機していた若いドワーフの女性に声を掛ける。
「はい、ユマ様。なんなりと」
「工房へ行って
ユマ婆は自身が身に着けていた鍵のチェーンをキルマに渡す。
「ッ! よ、宜しいのですか?」
「優れた道具は、使ってなんぼさね」
「畏まりました。至急お持ちします」
「別室にいるからそこに持ってきておくれ」
「承知しました」
ユマ婆の世話役であるクロズ家の末娘、キルマは、ユマ婆から鍵を受け取り急ぎ工房へ向かった。
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