第89話 奥の手

 リディーナの前から消えた吉岡莉奈は、加藤拓真の隣りに瞬時に現れた。


 「うおっ! びっくりした! なんだ、莉奈かよ。驚かせんなよ……。って、なんだよそれ、腕無ぇじゃねーか」


 「『超回復薬エリクサー』、持ってるでしょ? 早くかけて」


 「は? いや、そんなのもってねーよ。てか、そんないいモン持ってたら自分であん時使ってんだろーがっ! 」


 「ちっ、使えねーな…… 」


 斬られた腕から出血しながらも、吉岡莉奈は冷たい表情で、加藤拓真に悪態をつく。


 「お、おい、どうしたんだよ? 莉奈? 」


 吉岡莉奈は、顎をクイっと倒れた山本ジェシカに向ける。


 「ジェシカ……? やられたのか? マジかよ…… 」


 「アンタが遊んでる間にジェシカがやられて、私も腕を斬られたわ。どうしてくれんの? 」


 「お、俺の所為かよ? 俺はちゃんと仕留め…… 」


 加藤拓真の前にいたはずのレイの姿が消えていた。


 …


 「イヴ、良く頑張ったな」


 「レイ様……。ご無事なのですか? 」


 「ああ。指が何本かもってかれたが、大丈夫だ」


 加藤拓真の前で、氷漬けになっていたレイは、両膝をついて疲弊していたイヴの傍にいつの間にか来ていた。レイの左手は小指と薬指が無くなっており、腕は肘の手前まで亀裂のような傷から出血していた。着ていた衣服はボロボロに崩れており、裸の一歩手前である。


 「レイっ! 」


 紫電と暴風を纏ったままのリディーナが、高速でレイに抱きつく。リディーナの服もズタズタに切り裂かれており、そのふくよかな胸の感触がレイにダイレクトに伝わる。同時に紫電のスパークもレイに駆け巡り、レイは軽く? 感電した。


 (くっ……。不甲斐なくやられて、また心配かけちまったな。この痛みは甘んじて受けよう)


 レイの無事な姿に安心したのか、リディーナの体から力が抜ける。纏った風や雷も解除され、気を失ったようだ。涙のように血が流れた痕や口元を見るに、相当体に負担を掛けたのだろう。


 「イヴ、リディーナを頼む」


 レイは魔法の鞄マジックバッグから毛布を取り出し、気を失ったリディーナに掛ける。


 「レイ様は? 」


 「ちょっと、加藤拓真アレの始末をしてくる」



 絶対零度の魔法か……。流石に死んだと思ったな。全ての分子運動が停止する「絶対零度」。自分で使えなかったら対策もできなかっただろう。低温の世界で生命活動を維持するためには、逆に分子運動を加速させてやればいい。理屈はそうだが、調整を誤れば相殺するどころか、燃え尽きちまうからな。加藤がボケっと突っ立っててくれて助かった。そのおかげで時間をかけて調節できたからな。


 それに「絶対零度」とは言っていたが、恐らくその温度まで達していない。瞬時に-273度まで発現できていたら即死だ。自分で使って分かったことだが、絶対零度を発現するには、かなりの時間と膨大な魔力がいる。瞬時に絶対零度を生み出すことと、徐々に温度を下げて実現するのでは、天と地ほどの差がある。前者はまさに『神』の領域だ。人間の魔法では不可能だろう。


 (加藤拓真コイツの能力は大体わかった。超低温の環境を作っていたのもあの『杖』のおかげってことも見ていた。全くとんでもない代物だが、タネが分かればどうということはない。能力が不明だったからとは言え、様子を見過ぎたな…… )


 「さて、聞きたいことが山ほどあるが、とりあえず無力化しとくか」



 「ああ言ってるけど、仕留めたんじゃなかったの? 」


 「ふざけやがって……。氷の最上級魔法だぞ? なんで生きてんだ? ……おい莉奈! 一緒にやるぞっ! 俺が牽制するから…… 」


 「嫌よ」


 「へ? 」


 「悪いけど、勝てない勝負はする気はないの。それに、私は別に戦う理由もないし、拓真が勝手に突っかかってるだけでしょ? これ以上は付き合いきれないわ。あの黒髪のイケメン、レイって言ったかしら? 彼は知らないけど、あのエルフは危険だわ。殺れなくもないけど、命を賭けるなんて御免よ。ジェシカもやられちゃったし尚更だわ。あの様子じゃ、生きてても再起不能でしょ? 」


 「いや、お前……、仲間じゃねーかよ」


 「アンタもそうだけど、いい加減あのコにもウンザリしてたし、丁度いいわ。私は行くわね。後は一人でリベンジ頑張ってね♪ あっ、そうそう…… 」


 斬られた右腕を、魔法の鞄マジックバッグである腰のポーチに仕舞う吉岡莉奈。直後に『神速』の能力で素早く加藤拓真の魔杖『氷獄の杖コキュートス』をその手から奪う。


 「これは私達が手に入れたものだし、私にも権利があるわよね? だから私が貰っていくわね。じゃ、Au revoirさようなら


 ―『空間転移テレポーテーション』―


 そう言って、吉岡莉奈は消えてしまった。


 「き、消えた? ウソだろ? 転移? ……空間魔法? そんな……、使えるなんて一言も…… 」


 魔杖を奪われ、あっという間に消えた仲間クラスメイトに、呆然と立ち尽くす加藤拓真。


 「どうやら裏切られたみたいだな」


 加藤拓真はハッとして降り向くと、レイが目の前まで接近していた。


 …


 (……何が起こった? )


 山本ジェシカは薄れゆく意識の中で、訳も分からず困惑していた。目を焼かれて何も見えず、喉も内側から焼かれて呼吸もできない。頭全体を焼かれて何も感じなくなっていた。



 (あれ? これって死ぬってやつ? )



 (死にたくない)



 吉岡莉奈が『空間転移』という奥の手をもっていたように、山本ジェシカも同じように皆に隠していた能力があった。しかし、その能力を発動したら最後、ことも感覚として分かっていた。


 (このまま死ぬ? )



 ……イヤダ……シニタクナイ……



 死にたくないという本能から、山本ジェシカは無意識に『能力スキル』を発動させた。


 ―『魔獣化トランスフォーム』―


 ドクンッ


 山本ジェシカの肉体が大きく脈打ちながら、急速に変化していく。全身が漆黒の体毛に覆われ、爪が鋭く伸びる。口は大きく裂け、鋭い牙が次々と生え揃う。蛇のような長い尻尾が生え、眼球は真っ赤に染まり、額には魔石のような真紅の角が生えてきた。筋肉や骨格がメキメキと肥大していき、身長が二十メートルを超えたあたりでその肥大がようやく止まった。


 『グオオオオオオオオーーー! 』


 巨大な咆哮が、ドワーフ国『メルギド』の森に響き渡る。


 

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