第68話 黒狼
ドワーフの国「メルギド」までの魔導列車の旅は、概ね順調に進んでいる。三日間の運行予定が残り一日という所まで来ていた。
レイ達が泊っている個室の部屋では、リディーナとイヴが空中でフワフワ浮いて遊んでいた。
「ウフフ……。見てレイっ! もう余裕よっ! 」
「私も大分出来るようになりました…… 」
二人には、俺が密かに試行錯誤して実現していた『
(くっ、コイツら……。俺が寝る間を惜しんで、古代語で書かれた魔導書を読み解き、地球の科学知識を必死に思い出しながら擦り合わせをして、この魔法を発現させるのにどれだけ苦労したと……。それにこの世界の人間にも理解できるように説明するのは結構大変なんだぞ……。それをこうもアッサリと…… )
リディーナの天才的な感覚は置いておいて、イヴに関しては、今まで魔法に関してはまともな指導を受けていなかったようだ。だが逆にそれが良かったのかもしれない。マネーベルでの野外授業で魔法の基本的な考え方を教えたが、イヴは頭が良く、どんどん理屈を理解していった。それに魔法の素養も高く、リディーナとは違ったアプローチながらも魔法の習得が早い。最近は、疑問に思ったことを素直に聞いてくるようになり、知識欲もあるようだ。
「二人とも、外で『飛翔』の魔法を使う際は、「高度」に気をつけろよ。調子に乗って高く飛び過ぎると、最悪意識を失って、地上まで真っ逆さまだ。それに気圧の関係で内臓にも影響が出るからな。まあ寒くてそこまでいられないだろうが…… 」
「はーい♪ 」
「承知しました」
高度計なんて作れないからな、原理も知らないし。イヴはともかく、リディーナは「風魔法」が得意だ。リディーナにはまだ教えてないが、風の魔法を併用できれば高高度にも行けるし、空力も無視して高速で飛べる……はずだ。
(教えたら無茶しそうだしな。俺が試してフォローできるまでやらせられん……)
不意に、列車の速度が遅くなり、やがて停車した。
―『乗客の皆様、只今進路上に障害が発生致しました。これより障害の排除に向けて作業を行います。乗客の皆様はどうかそのままお席を離れずにお待ち下さい』―
列車内にアナウンスが流れる。
窓の外を見ると、前方で何かあったらしく、護衛の獣人達『黒狼』が慌ただしく動いている。
「魔物でしょうか? 」
「大概の魔物なら轢き殺して進むものだけど……。『黒狼』が出たってことは大物でしょうね」
「ちょっと様子を見てくる」
「あっ、ずるい! 私も行くっ! 」
「お供します」
「……ちょっと見るだけだ。邪魔したくないしな。ここで待っていろ」
そう言って、光学迷彩の魔法で姿を消してレイは客室から出て行った。
「んもうっ! 」
「……す、姿が……消えた? 」
「あ、イヴはまだ見たことなかったっけ。あれはね…… 」
…
俺は列車の連結部分から屋根に飛び乗り、強化した視力で前方を伺う。
(あれは…… )
前には線路を塞ぐように巨大な魔物が立っており、獣人達に取り囲まれていた。
(一つ目の巨人……。
ギルドの資料で見た記憶を思い起こす。
―『
巨人系の魔物の中でも最大級の巨体を誇り、個体数は少ない。知能は他の巨人系の魔物と同じように低く、本能のまま行動する。腹が減ったら目に付く生き物を何でも捕食する危険度の高い魔物だ。その膂力は圧倒的で、樹木を引き抜き、振り回すほどの力がある。
(初めて見るが、十メートル以上あるぞ…… )
(しかも雄だ……。二人は来なくてよかったかもな)
獣人達は、巨人を圧倒するスピードで、短剣による攻撃を連携して行っているが、大したダメージを与えてるようには見えない。皮膚もやたら固そうだ。だが獣人達の連携は素晴らしい。まるで長年訓練された特殊部隊のようだ。この世界に来て初めて洗練された戦闘技術を見た気がする。
(『黒狼』か……。全身黒の装備といい、まるで忍者だな。だが決め手に欠けるようだ。あれでは何時間かかるかわからんな)
細かく傷つけていれば、いずれ出血によって倒れるか、逃げていくだろうがそれまで彼らの体力が保つかだ。あんな動きを何時間も続けられるとは思えない。巨人の振るう拳は、速さこそ大したことはないものの、攻撃範囲が広く、威力もヤバそうだ。食らえば一撃で致命傷だろう。
うぼぉぉぉああああ~~~~
雄叫びを上げながら、巨人が両腕をブンブン振り回している。まるで癇癪を起した子供だ。
獣人達は、巨人を相手に手こずってるように見えるが、並みの人間が相手なら瞬殺できるレベルの攻撃を繰り出している。獣人一人一人のスピードも速いし、練度も高い。強化したリディーナには及ばないが、複数で連携して襲ってくるのならこいつらのほうが厄介だ。
指示を出していた隊長らしき男が不意に振り返り、こちらを見る。
(ん? )
目を凝らして、鼻をスンスンさせている。
(気づかれた? 匂いか? こっちは風下だぞ? )
隊長がこちらに気を取られた隙に、隊員の一人が巨人の餌食になった。連携が一瞬止まり、側面から巨人の張り手をまともに受けてしまった。吹き飛ばされた隊員は血を吐き、ぐったりとして起き上がる気配は無い。
なんだか自分の所為のように感じたレイは、即座に『雷撃』を巨人に放ち、動きを止めた。獣人達も一瞬呆けてしまったが、すぐに我に返り、一斉に巨人の首目掛けて短剣を突き立て、止めを刺した。
「邪魔して悪かったな。治療してやるからそう警戒しないでくれ。俺は乗客だ」
光学迷彩を解き、首に掛けた冒険者証を提示しながら両手を上げるレイ。
「客? それに……「A等級」? もう一つの証は何かわからんが、敵ではないようだな。助太刀は感謝するが、治療は結構だ。どうせ助からん」
隊長らしき男が、冷静にレイと怪我人を見て判断する。
(こいつ、イイな。こういうプロがこの世界にもいたのか)
周囲の隊員も、沈痛な面持ちだが、怪我した男が助からないと判断したのか、短剣を手に止めを刺してやろうと近づいていく。
(コイツら今まで出会った冒険者達より全然プロだ。ちょっと好感が持てるな…… )
「まあ、待て。俺は回復魔法が使える。そいつも今ならまだ助かるだろう。診せてくれ」
「本当か? 下手に苦しめるだけなら許さんぞ? 」
まあ任せろと、隊長の男に手を振り、レイは怪我して動かない獣人に近づく。
(左腕の粉砕骨折と肋骨もバラバラだな。内臓の損傷も激しい。腕は後回しで、先に内臓の損傷からだな。ショック死しないように回復魔法で応急処置をして、あとは列車内で少しづつやるか。欠損も無いし、破れた程度の臓器なら普通の回復魔法を強めに掛ければ十分だ。イイモノ見せてくれた礼にキレイに治してやる)
…
「後は、列車内で治療する。とりあえず命に別状はないから心配しなくていい。メルギドに着く頃には動けるようになるだろう」
「……か、感謝する」
隊長の男は深く頭を下げる。
「礼はいい。それより、俺の存在がどうしてわかった? 」
「匂いだ。それと、僅かだが景色に違和感があった」
「驚いたな。匂いは想像ついたが、景色の違和感に気づいたのか…… 」
光学迷彩といっても完璧に透明になれるわけじゃない。森の中なら発見は無理だが、直線の多い背景ではわずかにズレが生じる。とは言え、普通は意識しなければそのわずかな違いも分からないはずだ。列車の背景でそのズレに気づけたのか? 匂いに関してもこちらが風下なのは確認している。種族特性もあるのだろうが、この男、嗅覚も含めて並みの観察力じゃない。現に他の獣人達は気づいておらず、俺の登場に吃驚していた。
「生まれつき、目も鼻もいいんだ、それだけだ。それより名前を伺っても? 」
「冒険者のレイだ」
「レイ殿か、私はフェンだ。改めて助太刀と仲間の治療を感謝する」
フェンと名乗った男と、他の獣人達も揃って頭を下げてくる。
(今までクズばかり見てきたが、久しぶりに気持ちのいい男達に会ったな)
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