第69話 メルギド

 単眼巨人サイクロプスを排除し、無事列車が走り出した。


 魔導列車の護衛部隊『黒狼』、その隊長である狼獣人のフェンと、この列車の責任者から討伐の手伝いと隊員の治療の礼にと報酬を提示されたが、邪魔しただけだからと断った。怪我をした隊員の治療も問題なく終え、ようやくドワーフの国である「メルギド」が見えてきた。


 ―『メルギド国』―


 ドワーフが、広大な山脈の一部を切り崩して、山の斜面と地下に建造した国だ。人間の国に比べて規模はかなり小さい上、この山脈一帯のエリアしか領地と言えるものはない。都市もこの「メルギド」だけだ。山の鉱脈から算出される様々な鉱石で武具や金属素材を生産し、各国へ輸出している。ドワーフは人間に比べて癖が強く、気難しい者が多い為、交易に来る他国の商人や武具を求めて来る者とのトラブルが絶えない。それでもこの国が栄えているのは、それだけドワーフの作る武具や素材が他国のそれと比べて優れているからだ。



 「凄いな……山の半分が街か! 」


 前世では見たことのない光景に暫し魅入る。山の斜面一面に古い西洋の街並みが軒を連ね、あちこちの建物から煙がモクモクと出ている。まさに鍛冶の街だ。それに山脈の一際高い山の火口からも噴煙が昇っている。


 「山脈に火山? なんてファンタジーなんだ……。よくこんなとこに街を作ったもんだ…… 」


 「レイ様、「ふぁんたじー」とは何ですか? 」


 「イヴ、それは幻想とか空想とかいう意味らしいわよ? よくわからないけど、そっとしときなさい」


 「は、はぁ…… 」


 「着いたらまずは宿の確保ね。人間サイズの宿はあるけど、風呂付となると空いてるかわからないわね…… 」


 「申し訳ありません。メルギドは私も初めてなので、ご案内ができません…… 」


 「気にしなくていいわよ、久しぶりに来たけど私はわかるから。それよりここの人達は結構荒っぽいから、気を付けてね」


 「? 」


 「ドワーフって荒っぽいのか? マネーベルの冒険者ギルドでもたまに見かけたが、そんな感じはしなかったけどな」


 「お酒が入ってなかったからよ。ドワーフがと面倒よ? それにここには、武具を求めていろんな人間がいるの。ピンキリだけど、腕に覚えがあるって連中ばかりだから絡まれるとそれも面倒なのよ」


 (わかる気がしてきた。良い武具を求めるってことは、それなりに腕に自信があるんだろう。この間のスヴェンみたいなヤツばかりじゃないだろうが、まあ用心するに越したことはない)



 この国の検問に関しては、俺達は列車に乗車する際にパスしている。徒歩や馬車で他の国からこの国へ来る人間は殆どいないらしく、実質的に魔導列車の乗客をチェックすればいいらしい。理由は、途中の魔物が強力だからだ。先日の単眼巨人は非常に珍しい遭遇だったらしいが、周辺の山や森には、並の護衛では対処できない魔物が種類問わずに多く生息しているらしい。それに、馬車が通れるような街道もないのが一番の理由だ。


 それでも街が維持できているのだから、ドワーフ達の戦力も強力なのだろう。厚みのある強固な城壁の上には弩の他に、大砲のような金属の筒が設置されている。リディーナの言ってたように火薬があるのだろう。銃もひょっとしたらあるかもしれない。


 (なんだかワクワクしてきたな…… )


 街に降り立った俺達三人は、まず宿の確保に向かう。リディーナを先頭に俺とイヴが付いていく。街で見るドワーフ達はファンタジーな創作物に出てくるそのままな姿だ。背が低く、筋肉質な肉体で、髭もじゃだ。女性に関しても髭以外は同じだ。ほぼ全員、腰に金槌を差しているのがなんともおもしろい。


 ドワーフのサイズに合わせた建物の中に、いくつか大きな建物があった。大きいと言っても人間サイズだ。リディーナの言っていた人間用の宿だろう。


 「ここは従業員も人間だから、お勧めなのよね。の部屋は空いてるかしら…… 」


 リディーナはそう言うと、一際高い建物の扉を開けて中に入っていく。言ってた通り、確かに受付は普通の人間だ。部屋の空きを訪ねると、どの部屋も空いていた。なんでも暫くマネーベルへの列車が運休していたので、この宿に泊まっていた客が、安い宿に変えたからだそうだ。


 「運が良かったわね! 」


 宿には妥協しないリディーナのチョイスで、最上階の風呂付の部屋をとった俺達は、部屋に上がりリディーナに疑問を投げる。


 「なんでわざわざ最上階を選んだんだ? いつもはそんなことは気にして無かったろ? 」


 この世界にエレベーターは無い。最上階と言っても五階までしかないのだが、階段での上り下りはさすがに面倒だ。


 「そろそろ日が暮れてくるから外に出ればわかるわよ」


 「「? 」」


 不思議に思った俺とイヴは、バルコニーに出た。


 外は日が沈みかけ、街には街灯がともってきていた。


 「バーロー! もう仕事は終わりじゃいっ! 一昨日きやがれバーロー」

 「酒だ! 酒持ってこーい! 」

 「おいっ! そりゃ儂の酒じゃぞっ! 」

 「それよこさんかーい! 」

 

 街のあちこちからドワーフ達が一斉に出てきた。手には木製のジョッキや酒瓶を持っている。街の至る所で宴会が始まった。


 「「…… 」」


 「ね? 」


 (ここは昭和の下町か? なんだこれ…… )


 「下の部屋だとウルサイのよ。最上階でもマシってとこだけど。日が完全に暮れたら喧嘩も始まったりしてもっと騒がしくなるわよ? 」


 「こりゃ、メシも部屋で摂ったほうが良さそうだな。……そう言えば『防音の魔導具』って無かったか? 」


 「あっ! あったわね確か……これね。イブ、使い方分かるかしら? 大概の魔導具は魔力を流すだけだと思うけど…… 」


 「そうですね、他の魔導具と使い方は同じです。流す魔力量で防音の範囲が広がるようです。この部屋ぐらいなら普通に流すだけで十分かと」


 リディーナが『防音の魔導具』を起動させると、外の騒音が完全に無音になった。


 「凄いな。ここまで無音になるものなのか。この部屋の音も漏れないのか? 」


 「そのはずです」


 「だが、危険だな。外で何かあっても気づけない…… 」


 「何か危険があれば精霊が騒ぐから大丈夫よ」


 「そうか、便利だな相変わらず…… 」



 しかし、この街に着いてからリディーナの表情が若干暗い。どうしたのだろう?


 「リディーナ、どうした? 何か不安なことでもあるのか? 」


 「え? そんなことないわよ? 大丈夫よ」


 「そうか? でも何かあればちゃんと言うんだぞ? 我慢して溜め込んで欲しくない。イヴも我慢とか、遠慮とかするんじゃないぞ? 」


 「うん。……ありがと」


 「……承知しました」


 …


 夕食は部屋で摂ったのだが、メニューはマネーベルと変わらなかった。メルギドは、食料の殆どを輸入に頼ってるらしく、食べ物に関してはドワーフらしいものは無い。では酒はというと、こちらも輸入らしい。意外と思ったが、どうやらドワーフは金槌ハンマーで叩けないものは基本作らないらしい。極端すぎる。


 「そう言えば、不死者アンデッドの遺跡があるとか言ってなかったか? 」


 「前に話したわね。確かこの街の地下にあったはずよ? レイなら余裕だろうし、武器を作ってもらってる間は暇になるからそこを探索するのもいいわね」


 「不死者の遺跡はどこも未走破なはずでしたけど…… 」


 「イヴは、レイの『浄化魔法アレ』を見てないから仕方ないわね。大丈夫、レイなら余裕よ♪ 」


 「よ、余裕……? 」


 「だといいがな…… 」


 リディーナ行き付けの鍛冶屋へは明日行くことにして、今日は風呂に入ってゆっくり休むことにした。


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