第63話 睡眠

「よし、まあこんなもんだろ。街へ帰るぞ」


 三日間の野営訓練を終え、街への帰路につく。


 リディーナはイヴをチラリと見て提案してきた。


「街に着いたら、まず服屋にいきましょ?」


 振り返ると、イヴのスーツがボロボロになっていた。考えてみれば、イヴはギルドでいきなり職を辞して付いてきたので着の身着のままだ。この三日間も着替えは無かったはずだ。下着などはリディーナが替えを貸していたようだが、失念していて申し訳なかったな……。


「私の事は、どうぞお気になさらないで下さい」


「いいの、いいの。気にしない気にしない~」


 リディーナのこういった気配りには本当に助かる。色々経験してるとは言え、イヴはまだ十代の女の子だ。同性の視点で気配りできるリディーナの存在はありがたい。それに、俺は金銭的にもリディーナに依存しているヒモだ。何か気づいたとしても金が掛かることにはリディーナにお伺いを立てなければならないので、率先してあれこれやってくれるリディーナには頭が上がらない。


(その内、イヴにもバレるんだろうな。すまんなイヴ、女神の使徒はヒモだ)



「「ッ!」」


 街の手前で複数の反応が探知魔法に引っ掛かり、リディーナも気づいたようだ。


「何かしら?」


 反応は人間らしいが、確かに変だ。森の入り口で野営でもしているかのように集団になって固まっている。こんな街の近くで野営など普通はしないので、妙な動きではある。


「数は六人。こんなところで妙だな。街の手前で回り道するのもなんだから、一応様子を見てみるか……」


 コクリと頷くリディーナとイヴは、瞬時に気配を殺し、足音を立てないように反応のあった方へ足を進める。リディーナはともかく、イヴも暗殺者として訓練を受けていただけあって、森の中でも問題なくついてくる。家屋より、野外での無音行動は難しい。慣れないうちは、音を出さないように意識すると速度が出ないし、速度を出そうとすると、予期せぬ枝や草を踏んで音を出してしまう。上級者は無音で速度を出した上、足跡などの痕跡も残さない。そのあたりはリディーナが突出しており、俺でも彼女には敵わない。


「(レイ、よ)」


 小声でリディーナが話しかけてくる。どうやら集団でいた不審な者達は、以前イヴの護衛をしていたA等級冒険者の二人とその仲間だった。


 …

 

「おい、ロイっ! 本当にアイツらはこっから森に入ったんだろうな? もう三日だぞ?」


「門の衛兵から聞いた情報だ」


「くそっ、もし間違ってたらその衛兵もぶっ殺してやる」


「スヴェン様、いつまでここに?」


「……あと一日待つ」


「それにしてもエルフの女ってマジですか? スヴェン様」


「ああ、見つけても殺すなよ? たっぷり可愛がってやる」


「それ、俺もいいすかね?」


「しゃーねーな、だが俺が先だぞ?」


「くぅ~! 流石、スヴェン様っ!」


「でも『S等級』ってヤバくないですか?」


「問題無ぇ。コイツがありゃあ魔法はおろか、身体強化も使えなくなる。そうなりゃただのガキだ。見てろよあのガキ……目の前で女を犯してから殺してやる」

 

 …


「(スヴェン・ハルフォードとロイです。後の四人は知りません)」


「(見たところ、たき火を囲んで親し気にしているから仲間だろうな。聞こえた限り、俺達を待ち伏せしてるってとこか、それにしちゃ警戒もせずに緊張感が無いな)」


「(始末しましょう)」


 中々物騒な発言を軽い感じで言い放つリディーナだが、俺も始末するのは賛成なので、別に咎めたりはしない。だがちょっと思いついたことがあるので、二人を手招きして呼び寄せる。


「俺がやる。できれば無力化して生捕りにしたい」


「どうして?」


「イヴの闇魔法の実験台にする」


「いい案ね」


「了解です」


 闇の属性魔法は、対生物向けの魔法が多く、相手がいないと中々練習できない。イヴは俺に使うのを嫌がるので、野営中に小鬼ゴブリンなんかが出れば練習させたかったが、いなかったので練習はできなかった。折角使えるのに使わないのは勿体ないと、練度を上げるようにイヴには言ってある。闇の属性はこの世界では忌諱される存在らしいが、俺は別に気にしない。使える物は何でも使う主義だ。


 という訳で、いずれ始末しようと思っていたアイツらが都合よくいるので、実験台になってもらう。向こうも俺達を狙ってるらしいので、何ら気が咎めることも無い。


 イヴは不快感を示すかと思ったが、案外ノリノリだ。


 A等級の二人以外は、女三人に男が一人。魔術師が二人、剣士が二人だ。


 単体なら手なんか翳さなくても魔法は撃てるが、今回は複数人なので、指を六本向け、指向性を持たせた『雷撃』を威力を弱めて放つ。


「「「ギャッ!」」」


 電撃をまともに受けた者達が、短い悲鳴を上げてその場に倒れて昏倒した。


「おっ、一人耐えたヤツがいるな」


 一際体の大きな剣士の男が一人だけ立ち上がる。


「ぐっ、な、何が……」



「よし。イヴ、『睡眠』でも『麻痺』でもいい。やってみろ。一発放ったら、それを基準に魔力を調節して威力のコントロールを掴むんだ」


「了解です。……『闇の力よ 我が力となり 彼の者を眠りに誘いたまへ 『睡眠スリープ』!」


 剣士の男は、瞼が半分ほど閉じて、ふらふらと揺れ、やがて瞼が閉じて地面に倒れ込んだ。


「なんかシュールだな……」


「なんかマヌケね……」


「……」


 昏倒した六人全員を縛りあげる。以前の教訓を生かし、リディーナの魔法の鞄には頑丈なロープを買って入れてある。誰が魔法を使えるか分からないし、起きたらウザそうなので全員に猿轡をしておく。身体強化で引き千切られる可能性もあるので、油断はしない。その気配がしたら迷わず首を刎ねていいとリディーナには言ってある。


 リディーナはすでに細剣レイピアを抜いて六人の後方に待機しており、やる気満々だ。


「あれ、いつ起きるか分かるか?」


「すみません、わかりません」


「じゃあとりあえず、次のヤツから段々と弱めて放って、睡眠の効果時間を計るぞ」


 端から回復魔法を掛けて意識を覚醒させる。相手が驚愕して目を見開くと同時にイヴの魔法が放たれ、眠りに落ちていく。


 …

 ……

 ………


 六人全員が寝静まり、数時間経ったが誰も起きる気配が無い。


「暇だな」


「暇ね」


「申し訳ありません……」

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