第62話 青空教室

 炎の魔眼を持つイヴと、風・水・雷の精霊と契約し、特に火に関しては苦手意識を持つリディーナに火に関する講義を開始する。リディーナもそうだったが、地球の科学的な理解を得ることで、魔法を行使する上で飛躍的な改善が見られるからだ。


 だが、一口に『火』と言っても説明は難しい。必要なのは魔法を使う上での理解度なので、そこまで詳しく説明するつもりはない。


「火とは、物質の燃焼によって起こる現象のことだ。燃焼とは物質の酸化によっておこる現象のことだが、この説明は今はしない。火の説明をすると言っておいてなんだが、今は魔法の行使に役立つ知識としてまずは『温度』の説明をする。この世界に温度の概念、基準はまだ無い。温度とは何か、それは物や空間の『冷たい』や『暖かい』、『寒い』や『熱い』を数値で表したものだ。水が氷る温度を零度、沸騰する温度を百度とするのが俺のいた世界(日本)の基準だが、この世界の『水』も同じだ」


 ここは森の中で、黒板やホワイトボードなどはないので、地面に字や絵を描きながら説明していく。リディーナにはお馴染みの光景だが、イヴは興味津々で話を聞いている。


「すみません、「この世界」とか「俺のいた世界」とかが良く分からないのですが……」


「リディーナ、後で説明してやってくれ」


「えー……」


「話を戻すぞ。リディーナ、宿の風呂は何度ぐらいだと思う?」


「……うーん、五十度ぐらいっ!」


「おしいな、大体四十度前後だ。では、イヴ、今の季節の川の温度は何度ぐらいだと思う?」


「さ、三十度ぐらい……ですか?」


「まあ、近いかな? 大体二十度ぐらいだ。十五度ぐらいから下だと、水浴びには厳しい水温だ。因みに人間の体温は三十六度前後が平熱と言われている。こんな風に、日常のあらゆる場面で温度というのは大きな目安になる」


 二人とも揃ってコクコク頷いている。


「ではさっきイヴが炎の魔眼で倒木を炭にしたな? あれは何度ぐらいだと思う?」


「二百度!」


「さ、三百度ぐらい……ですか?」


「正解は千度以上だ」


「「えっ!」」


「厳密にはイヴは一瞬で炭にしたので、確実にその数倍以上あるし、少し特殊な例だから、それは今は置いておく。ここで重要なのは火の属性魔法の威力を上げるのはこの『温度』を上げることを意識することで劇的に変化する。リディーナは体験済みだな?」


 ウンウンとリディーナが頷く。リディーナには、風や水で同じような説明、講義をしている。厳密には単純な『火』の温度と、物質が燃えるそれぞれの着火点で分けて考えないといけないのだが、ここはボカす。これを説明するとそれぞれの物質によって融点が違うだの色々説明しなきゃならないが、魔法の威力に関してはあまり関係ないので悪いが端折らせてもらう(細かい数値は俺も覚えてないし、知らないからというのもある)」


 俺は、てのひらの上にテニスボール大の火球を魔法で生み出す。


「この火球は約千度以上ある。だが、これを木片に当ててもすぐには炭にならない。何故だか分かるか?」


「火をあてても木片の温度がすぐに千度にならないから、ですか?」


「イヴ、大正解だ」


(なかなか頭が良いな……)


「『火球ファイヤーボール』の魔法を対象に当ててもすぐに炭にならないのは、イヴの言ったとおり、対象の温度がすぐに火球の温度と同じにならないからだ」


 俺は火球を生み出した反対の掌に水球を魔法で生み出し、火球に近づける。


「良く見てみろ、火に接した水球の側から水が沸騰しているのが見えるだろ?」


 二人は目を丸くしてその現象を凝視している。


「あ、あのー……」


「イヴっ! レイはちょっとおかしいから気にしちゃダメっ!」


「どうかしたか? 」


「な、なんでもないわ。続けて頂戴」


「……なら続けるぞ。今見てもらったように、火の属性魔法で対象を燃やす場合、火を近づけて燃やすんだ。対象を燃やす場合、火の温度を上げれば上げるほど、早く対象が燃える」


 俺は火球の温度を一気に数倍に上げて、水球を蒸発させた。


「このように『火球』の温度を魔力で上げてやると、威力も上がる。魔導書にあるような上級魔法も、単に温度と範囲を上げたものに過ぎない。他の属性にも言えることだが、それぞれの現象の性質を理解できれば、威力を上げるのはそんなに難しいことではないんだ。リディーナには『風』の講義で説明したな? 」


「『風速』とかでしょ?」


「そうだ。火に関してはそれより分かり易い。火は目に見えるし、温度によって色も変わる。温度を上げると、赤、黄、白、青の順で色が変わるんだ。まあ燃やす対象の材質でも色は変わるからあくまで参考だけどな」


 火球を消し、人差し指にライターの火のような小さい火を魔法で灯す。普通の火が赤から黄色に変化する。


「大体、千五百度から三千度まで上げた。色が変わったのが分かったか?」


 コクコクと二人が頷く。


「では、ここからは俺も本気で魔力を込める。あまり長くは続けないから良く見ておけ」


 黄色の火が段々と白色に変化する。それがやがて青色に変化すると、火が消えた。


「ふーーー。さっきの青色の火は見えたか? あれで大体、一万度くらいだ」


「「い、一万っ!」」


「あの一瞬でもかなりの魔力を消耗するし、戦闘じゃ過剰な温度だ。火の色が白の時点でほぼすべての金属が溶ける温度だ。無論、俺の知らない魔銀ミスリル魔金オリハルコン魔金剛アダマンタイトなどは分からないがな。このように『火』には『温度』があり、その『温度』によって威力が違うことが分かったか?」


 二人は再度、コクコクと頷く。


「因みに、イヴの『炎の魔眼』は、対象物そのものを燃やす。千度の火を近づけて水を沸騰させるのと水そのものの温度を百度上げて沸騰させるのでは話が変わってくる」


 掌に再度、水球を作り、魔力で水の温度を上げて沸騰させる。


「このように「水」自体の温度を上げてるんだ。火の属性魔法とイヴの『炎の魔眼』は同じように見えても根本的に違うので、イヴは分けて考えるように」


「「……」」


 二人は何故かその様子を呆然と見ていた。


 …

 

 この日は野営するつもりで森まで来ていたので、その設営をしながら二人の質問に答えたり、実演して見せたりしていたら、あっと言う間に深夜になってしまった。最後の方は、イヴも慣れてきたのか色々質問するようになったので、良い傾向だと感じる。リディーナの場合はとにかくやらせてみて感覚で理解するタイプだったが、イヴは逆だ。理屈を理解しようとする姿勢には感心するが、俺の知識も完璧じゃないので申し訳なく思えてくる。


「続きはまた明日だ。昼間に稽古して、午後は魔法についての実戦や講義をあと二日間行う予定だ。二人とも今日はもう寝ろ」


「「ありがとうございました」」


 …


 深夜。レイは外で見張りの番につき、女性陣二人はテントで仮眠をとっていた。



「リディーナ様……」


「なあに?」


「私、左右の手で異なる属性の魔法を同時に扱う方をはじめて見ました……。しかも詠唱を全くせずに……」


「でしょうね。私もレイに会うまで見たことも聞いたことも無いわ」


「やはり、アリア様の使徒としてのお力なのでしょうか?」


「うーん、それもあると思うけど、レイ自身の考え方がちょっとおかしいのよね。魔法に関しては、女神様から詠唱の知識なんてもらってないみたいだし、ほぼ独学よ、アレ。しかも魔法を覚えてまだ数ヵ月しか経ってないなんて信じられないわよね。魔導書を読み漁ってるのもこの世界の魔法と自分の考えとの齟齬を埋める為らしいけど、ほんと変わってるわ」


「数ヵ月……それも独学ですか? ちょっと信じられないですね。それに体術も凄いです」


「それは前世で培った技術らしいわよ? レイは、こことは異なる世界で死んで、女神アリアによってこの世界に転生してきた異世界人なの。今度ゆっくり本人に聞いてみるといいけど、驚くわよ? レイのいた世界にはなんと魔法が無いみたいなの」


「え?」


「まあいきなりこんなこと言われても混乱するわよね~」


「わ、私はとんでもない人に師事しているのですね……。やっぱり、見張りを代わってきますっ!」


「ま、待ちなさいっ! んもう! またなのー?」


 自分が寝ずの番をするので、二人はお休みくださいと言い張るイヴを、レイとリディーナがなんとか説得してイヴを寝かせたのだが、また同じやりとりがはじまるのだった。

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