第24話 パーティー登録
おかしい、どうしてこうなった……。
この女、リディーナとは勇者達の情報を聞いたら別れるつもりだった。そもそも一緒についてくるなんて、想像もしていなかった。まあ、お願いしたのは俺なんだが。なのに俺は顔を晒し、名を名乗り、金を出して貰って武器を買う為、ドワーフの国へ案内してもらうことになった。
勇者を殺し、女を助け、治療したら、ヒモになってた。
何を言ってるかわからねーと思うが、俺も何をしているのか分からなかった。
そして、俺達は今、ロメルの街に入り、冒険者ギルドへ向かっている。リディーナは、俺の外套を着てフードを深く被っているが、何故か俺と腕を組んでいる。それもこの女、胸がかなりデカい。エルフが貧乳なのは空想上のお話だけのようだ。
俺も男だ。気にならないと言ったらウソになる。それにこの女、街に入ってから何だか様子がおかしく、妙にテンションが高い。
「おい。くっつくな」
「これからパーティー登録しに冒険者ギルドに行くのよ?」
因みに言葉は大陸共通語に切り替えてある。リディーナ曰く、人間である俺がエルフ語が使えると知られると色々と面倒になるそうだ。
「だから何だ? 関係ないだろ」
「か、関係あるわよ! さっさと登録したいんでしょ? あんまり余所余所しいと、バカに付け込まれて絡まれるわよ? これくらいの距離感なら怪しまれないわ!」
「説得力ありそうで、まったくない根拠で誤魔化すな」
そうして問答している内にギルドのカウンター前まで来てしまった。
「こ、こんにちは、レ、レイ君? 暫く見てなかったけど、心配は……いらなかったみたいね。と言うか、フード、被らない方がお姉さん、いいと思うの……」
いつも淡々としていた受付嬢の頬が心なしか赤い。何が「お姉さん、いいと思う」だ。これだから容姿の良い顔は嫌なんだ。殺し屋が印象に残る顔して目立ってどうすんだ……。
「……パーティー登録をしたいんだが」
「あ、ごめんなさい! えーと、ひょっとして隣の人と?」
受付嬢がチラリとリディーナを訝し気に見る。リディーナは外套のフードを脱ぎ、顔を見せた。周囲の冒険者達が二度見するようにこちらに視線を向けだした。俺もこの国でエルフは勿論、亜人自体を見たことがない。珍しいのだろう。それにリディーナはかなりの美人だ。目立って仕方ないのでさっさと出たい。
「そうよ? はいこれ冒険者証」
リディーナが自分の銀の冒険者証を見せる。どうやらC等級からタグの素材が変わるらしい。C等級が銅、B等級が銀、A等級が金で出来たタグに変わるようだ。D等級以下は全て鉄だ。一々派手になって目立って嫌だなと思っていたが、冒険者同士のトラブル防止の為らしい。相手が高等級と知らずに揉める事案が昔は多かったらしく、こう変わったんだとか。アホらしい……。
「び、B等級! ……よ、宜しいのですか?」
「宜しいわよ。どうせあれでしょ? 私の受注のことを言ってるんでしょ? 構わないわ」
「ご承知でしたら問題ありません。では用紙を用意致します」
受付嬢は驚いた表情で、慌てて机の引き出しから用紙を探している。
「どう言うことだ?」
「私がレイとパーティーを組んだら受けられる依頼がレイの等級の一つ上、E等級までになっちゃうってこと」
「いいのか?」
「別に? どうせレイならすぐ等級上がるでしょ? それに依頼を受けなくてもお金に困ってないし。あ、ついでにお金下ろさなきゃ」
「あまり期待されてもな。等級に興味が無いし、今後上げるかわからんぞ? 元々C等級に上がって、移動の自由が欲しかっただけだしな」
「そうなの? でも、C等級から上は、色んな権利や特典があって便利よ? お金や荷物もギルドに預けられるし――」
「おい! 寄生野郎!」
リディーナの話を遮るように一人の男が声を掛けてきた。
「ん?」
「お前だよ! 黒髪のお前!」
「俺か? なんだ?」
「なんだじゃねーよ、お前知ってるぞっ! F級だろ? F等級がB等級に、なに寄生してんだよ!」
身なりの良い金髪の少年が絡んでくる。前に見た記憶がある。初期講習で一緒の部屋にいたヤツだ。後ろの取り巻きも同じ部屋にいた連中だな。
「ちょっと、アナタ何? 失礼よ?」
リディーナが制止するが、少年はお構いなしだ。
「エ、エルフの美しいお姉さん、貴方はきっと騙されてるのでしょう? もう心配は無用です! 私はマルティン男爵家の四男、マルコ・マルティンと申します。我が家名に誓って、今後は私が貴方を守りましょう! 貴方のような美しい人は、このような小汚い平民には相応しくない!」
顔を赤くしながら盛大に的外れな物言いを放つ少年。講習に一緒にいた取り巻きの少年達三人も後ろで偉そうな表情のままだ。
(貴族……か)
リディーナはゴミでも見るような冷たい視線を少年に向ける。
(これがテンプレってヤツか。実際に遭遇するとイラっとするな。だが、俺は大人だ。ここは無視一択。さっさと登録して街を出よう)
「すまんが早く用紙をくれないか?」
唖然としている受付嬢に用紙を請求する。慌てて用紙を出す受付嬢。
「あっ、私が書くわ!」
リディーナも少年を無視して用紙に記入しはじめる。
顔を真っ赤にしてプルプル震える少年に対し、周囲の冒険者達は、見せ物でも見るようにニヤニヤしながら様子を伺っている。
「おい、貴様っ! この僕を何無視してる! 不敬だぞっ! 僕はマルティン男爵家の四男だぞ?」
受付嬢の目がピクリと反応する。
「パーティー名はどうしようかしら?」
「パーティー名? いるのか、それ?」
「パーティー名は必須です。依頼によっては複数パーティーでの合同依頼もありますので。個人名単体とあまり長い名前じゃなければ何でも結構です」
受付嬢も少年を無視して対応してくれる。慣れてる感じだ。
「じゃあ『愛の戦士達』でお願い――」
「待て! なんだそれは、なにが愛だ。却下だ」
「それなら『レイ&リディ、ラブペアーズ』で」
「待て待て待て! どう言うセンスしてんだ? 個人名はダメとさっき言われたろ? いや、それ以前の問題だ。なんだラブって!」
「連名なら、いけます!」
「おい、お姉さん、正気で言ってんのか? アンタもセンスがヤバいぞ? もういい。俺が書く」
用紙をリディーナから奪うと、サラッと記入する。何故か落ち込んでいる受付嬢。
ヒュッ
横から何かが飛んできたが、サっと避ける。
「避けるなっ! 決闘だっ! きさっフガフガ……」
投げられたのは手袋だった。
(おおっ、貴族のテンプレ。ホントに投げるんだな)
「『レイブンクロー』?」
リディーナが、用紙を見て呟く。
「俺の名前の由来だ。国にいる黒い鳥のことだ」
正確には傭兵時代に俺がいた部隊名だ。
「ふーん、いいじゃない! それにしてもレイの国かー……」
「……登録は済んだな。行くぞ」
「ちょっと待って、私お金下ろしたいわ」
「後日にしろ。金はある」
リディーナとさっさとギルドを出る。チラリと少年を見ると、どうやら大人の冒険者達に羽交い絞めにされて嗜められているようだ。
(やれやれ……)
…
「さて、出発するか」
「え?」
「え? って何だ?」
「いや、もう昼になるわよ?」
「だから? いやそうだな、メシを食ってから出るか」
「そうじゃなくて、今日は旅の準備で出発は明日でしょ普通。大体、歩いて行くつもりなの?」
「……」
「一応聞くけど、馬って知ってるわよね?」
「馬鹿にするな、勿論知ってる。……乗ったことはないが」
(どうせ嘘をついてもこれはすぐバレる。正直に言うしかない)
「まあいいわ。先に宿、次に馬の手配。後は食料と野営の装備ね。私の服も欲しいし……」
歩きながらリディーナは旅に必要なものを挙げていく。
「宿か……」
「私、お風呂に入りたいわ」
「……高いぞ?」
「やっぱりギルドでお金下ろしてくるわね」
「いや、いい、大丈夫だ。本当に金はある。今日ぐらい贅沢してもいいだろう……」
風呂付きの宿は以前調べてあった。一泊金貨一枚もする。日本でいうと十万円だ。気軽に泊まれる値段じゃない。だがまあ今日でこの街は最後だし、明日から野営をすると考えるなら、ゆっくり休むのも悪くない。
そう言えば、ベースキャンプの荷物はどうするか、特に重要なものは……魔石があったか。今夜あたりに取りに行くか。
…
……
………
「離せっ! お前も不敬だぞっ!」
一方、ギルドでは先程の少年が、他の冒険者達に窘められていた。
「まあまあ、気持ちはわかるゼ? だからまずは落ち着きなよ?」
「うるさいっ!」
「坊ちゃんよ、冒険者同士で『貴族』を出すのは厳禁だゼ? いくら新米でも
「くっ」
冒険者ギルドでは、冒険者同士やギルドに対して、身分を利用してのいかなる強要も恫喝も許されないと規約にある。平民出身の冒険者や職員を、身分を笠に着て強引に事を進める貴族出身の冒険者は度々現れるが、冒険者ギルドは都度、厳しい処罰を行っている。過去には領地にある支部を全て引き払われ、魔物への対処が遅れたり、冒険者がもたらす魔石や素材などの流通が滞って困窮に屈した領主の例もある。それは国家に対しても同様だ。
先程の少年の言いがかりは、まさにこれにあたり、男爵家の名前を出した以上、実家にも責任の追及が及ぶことになる。
「家の名前を出しちまったのは拙かったが、まあお前さんの気持ちは分かるつもりだゼ?」
「あんな新米のガキが、高等級の、しかもあんな上玉のエルフと釣り合うわけがねぇ」
「恐らくあのガキに弱みでも握られてんだろうが、助けてやりてぇよな~?」
いかにもベテランな風貌の冒険者達に囲まれて、少年達は諭される。
「そ、その通りだ! 何か卑怯なことをしてるに決まってる!」
「そうそう。なら助けてやらなきゃな~。だが、ここじゃなんだから場所を変えて詳しく話そうゼ?」
ベテラン冒険者達と少年達は、揃ってギルドから出ていった。
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