【書籍化決定】ヴィーナスミッション ~元殺し屋で傭兵の中年、勇者の暗殺を依頼され異世界転生!~

MIYABI

第一部 異世界編

第1話 プロローグ

 俺の名前は、鈴木隆スズキタカシ42歳。独身。


 高級ホテルの一室を借り上げて約三か月。寝室のテーブルやベッド脇に大量の本を積み、テレビにはゲーム機を繋いでいる。ここ最近の俺の趣味だ。


 ベッドで横になりながら本を読んでいると、ノック音の後に男が入ってきた。


「鈴木さん、体調どうですか? てか、また本が増えましたね」


「美香が大量に持ってくるんだ。まだ読んでないのが一杯あるのにな」


 入ってきた男は、資格をはく奪された医師、いわゆる闇医者だ。俺は末期のガンに侵され、余命半年と宣告を受けていた。延命治療を行うつもりはないし、あったとしても普通の病院には掛かれない。この闇医者に少なくない金を払い、非合法に痛み止めの処方を受けている。


「いい子ですよねー、美香ちゃん。でも見た目に反して随分偏った趣味してますね。あんなカワイイのに~」


 そう言って、テーブルに積まれた小説を手に取る闇医者。部屋にある大量の小説は、異世界モノやファンタジーが殆どだ。俺が都内で経営しているバーの従業員である高階美香タカシナミカは、クール系美人の見た目に反して、こういったモノが好きなようだ。俺が病気になって、ホテルの一室で療養することになってから、見舞いがてら自分の趣味を押し付ける様に持ってくる。長年、店を任せていたが、今まで彼女の趣味を知らなかった。


「手を出したら殺すぞ?」


「やだな~ 出しませんよ~ でも、今の鈴木さんにその発言は説得力が無いですよ?」


 確かに今の俺は以前の面影は無い。ここ数ヵ月で一気に瘦せ細り、体が萎んでしまった。とても人をどうこう出来るような身体ではない。


「あの子に何かあったら加害者とその関連組織を潰すよう、前にいた会社の連中に依頼してある。俺の使い切れなかった全財産が依頼料だ。喜んでやるだろうな」


 前にいた会社というのは、警備会社という名目の民間軍事会社だ。米国にある正規の会社だが、裏では紛争地域での戦闘から暗殺、破壊工作まで非合法な案件も条件次第で幅広く請け負う会社だった。


「じょ、冗談ですよね?」


「どうせもうすぐ死ぬんだ。金なんて残してても仕方ないだろう? 今まで世話になった子が、俺が死んだ後に何かあったら気分が悪いからな。保険だよ保険」


「こ、怖い人ですね……。他にもそういう対象の人っているんですか?」


「さあな? いいから早いとこ鎮痛剤を置いていけ」


「毎回思うんですけど、これが毒だったらとか思わないんですか?」


「さっきも言ったろ? どうせ死ぬんだ。死ぬ前にやっておくべきことは全て済ませてある。毒で死のうが、病気で死のうが変わらん」


「そ、そうですか……」


「あ、万一毒で死んだら、お前は殺されるから気を付けろよ?」


「えっ!」


「冗談だ。別に毒を盛りたきゃ盛ればいい。その代わり俺の死後、死体の処理は頼んだぞ。前に渡した番号に連絡すれば、綺麗に始末してくれるはずだ」


「それは間違いなく……」


 顔を青褪めながら、痛み止めのアンプルを数本と点滴を置いて、闇医者は部屋から出て行った。別に医者じゃなくても注射や点滴ぐらい自分でできる。


 俺は傭兵だ。若い頃は日本で殺し屋をしていたが、監視カメラやスマートフォン、SNSの普及などで仕事がやり難くなり、傭兵として海外に活動の場を移して生きてきた。他に生きる道があったかもしれないが、育った環境では難しかった。生きる為、金銭を得る為に人を殺してきた。


 表向きの仕事として、都内で店を出した。酒を提供するバーだ。小さい店だが、何かと裏の仕事にも都合が良かった。年間の殆どを海外で過ごしていたので、店を任せていた子達には申し訳なかったが、それぞれ少なくない金を残している。開業から働いてくれていた美香には、俺の死後、弁護士を通じて店の権利書と金が渡るように手配してある。今まで世話になった礼だ。他に思い残すことは特にない。


 ふと、手元の小説が目に付いた。


「どうせ持ってくるなら完結した本を持ってこいよな……。次巻の発売予定っていつだよ?」

 




 一か月後、俺は死んだ。





 暗闇の中で声が聞こえる。


「やっと見つけたわ」


 声が聞こえて周囲が明るくなると、俺の前に女が立っていた。


「初めまして、鈴木隆さん。私の名前はアリア。地球とは異なる世界の神です」


「?」


「早速なんですが、鈴木さんに依頼したいことがあります」


 目の前にいたのは超絶美貌の美女。煌めく桃色の髪と瞳、完璧なスタイル。何より神々しいオーラが半端なく、存在感が凄まじい。


「依頼?」


「はい♪ 鈴木さんは、つい先程お亡くなりになりました。このままですと、鈴木さんの魂が輪廻に流されてリセットされちゃいます。その前にスカウト、いや依頼ですね。私の管理する、剣と魔法の世界でお仕事を依頼したくて声をお掛けしました」


(剣と魔法の世界?)


「……因みに内容は?」


「勇者達三十二名を殺して下さい」



 どうやらこの女、邪神みたいだ……。


 綺麗な顔してとんでもないこと言い出したな。神が殺しの依頼とか違和感ありまくりだ。しかし、俺は剣と魔法の世界というフレーズが頭から離れなかった。


「……とりあえず、詳細を聞こう」


 なぜ俺はこんな返答をしているのだろう? 見ず知らずの人間(?)に殺しの依頼の話をされて、詳細を聞く? あり得ん。


 しかし、この時、俺は冷静ではなかった。


「話が早くて助かります。今から約半年前に、地球から私の世界に三十二名の『勇者』が召喚されました。勇者達は、異界を渡る際に特殊な能力に目覚めてます。その特殊で強力な力を使って半数以上の勇者が暴走しはじめました。全員が蛮行に走っている訳ではないのですが、一つ懸念がありまして、将来を見越して全員始末して欲しいのです」


(始末……ね)


「その懸念とやらはなんだ?」



「……異世界転移技術です」



 さっきまで笑顔で話していた女神の顔が、急に真剣な表情に変わる。


「まず、異世界間の転移についてですが、これは本来、『神』のみが行える秘術です。人間がおいそれと行えることではありません。通常の召喚魔法とは全く違い、使用エネルギーも人間が生み出せるものではありません。しかしながら召喚は行われた。これについては今も調査中ですが、直近の問題として、召喚された勇者達の行動が看過できないものになってきているので、先に手を打って置きたいのです。特殊能力を使って自由に生きることは容認できるのですが、地球への帰還を試み、結果的に異世界転移技術を得てしまうことは阻止したいのです」


「元の世界に帰りたいってのがそんなにダメなのか? 無理矢理連れてこられたんだろ? そんなに転移技術が漏れたくないなら女神さんがとっとと帰してしまえばいいじゃないか」


「元々、今回の召喚の詳細が判明次第、召喚された人達は地球へ送還するつもりでした。しかしながら三十二名と人数が多く、送還にかかる神力、まあ超エネルギーですね、これを確保している間に、私の神託を受け取れる『聖女』が勇者達の一部に殺されてしまい、その旨は伝えられませんでした。それに加えて、召喚を首謀した国の王は、他国と連絡を絶ってしまい、他の国にいる聖女が私の意図を未だ伝えられない状況です。まあ、もう地球には帰すわけにはいかないので、聖女には勇者から距離を置くように伝えてありますが」


(えぇ……勇者が聖女を殺した? なんでまた……)


「残念ではありますが、特殊能力でやりたい放題の者達を、他の世界に自由に行き来されるのは神として容認できません。拘束や説得で解決できればいいのですが、私の世界の人間では難しいと判断して、この度、鈴木さんにお願いしたい次第です」


「神が何とかできないのか? 天罰的な」


「神が地上に介入するには制約があり難しいのです。迂闊に介入すると、国が一つ二つ滅んじゃうので。神も万能というわけではないのです」


「うーん」


「なんとかお願いできないでしょうか?」


「正直、魔法の世界に興味はあるが、そんな特殊能力を持った三十人以上の人間を殺せる自信はないな。俺より適任な人間は他にいるだろ?」


 俺より強い人間はいくらでもいる。武術の達人や特殊な訓練を受けた軍人など、地球には俺より優れた人間はいくらでもいるし、思い当たる人間もいる。


「まず、鈴木さんを選ばせて頂いた前提として、異界を越える強靭な魂を持っていること。これは肉体的、精神的強さに比例しません。それに異世界への順応性です。文化や風習、特に特定の神への信仰がある人は条件に合致しません。地球において条件に合致する国、民族として日本人が候補でした。加えて経歴や人格を考慮して、実行できそうな人をようやく見つけたのが鈴木さんです。タイミング良くお亡くなりになってラッキーでした。あ、今、鈴木さんが考えてる人物は、当面死なないみたいなんで、間に合いません」


(ラッキー? しかし、あの師匠ジジイまだまだ死なねーのか、化け物だな。それよりも……)


「心が読めるのか?」


「今の鈴木さんは魂の状態なので全部駄々洩れですよ?」


「そういうのは最初に言ってくれ」


「申し訳ありません。それと、鈴木さんにはこちらの肉体を用意したので、依頼の実行に関しては心配無用です!」


 そう言って、女神が手をかざすと一人の少年が床から浮きがってきた。整った容姿と肉体、西洋風の顔立ちの金髪の美少年だ。


(若いな。それより問題は……)


「私が丹精込めて作った、最っ高の身体です! 肉体性能は勿論、魔法適性も最高峰! 各種耐性もバッチリです。顔も完璧! 本来、側付きの天使にと創った素体ですが、今回特別に提供します! 最高最強です!」


「他に無いのか? もっと地味な感じの」


「えっ? 何が不満なんですか? これ以上ない完璧な顔と体ですよ?」


「だからだよ。これから三十人以上殺そうってのに目立ってどうすんだよ」


「そんな……でも、用意できる身体はこれだけです。変更はできません。それに遺憾ながら、鈴木さんの魂が入れば、その影響で顔と肉体に若干変化があるはずです。ホント遺憾ながら……というか、鈴木さんがそれ言います? 過去の記憶は見ましたが、鈍感野郎ですよね」


(最初の荘厳な雰囲気からずいぶんキャラが変わってきたなこの女神……鈍感野郎? よく言うぜ。それで苦労したから地味な顔で頼んでんだよっ! 普通がいいんだ、フツーがっ! どんな過去を見たか知らんが、見たんなら知ってんだろ! 嫌なんだよ、目立つのはっ!)


 俺は 暫し考える。


(うーん。断ったとしても、失うものは何もない……のか。自称女神の話を信じるなら、断っても輪廻の輪ってやつに還って、このまま消えるだけだしな。これが夢だったとしても、どの道病気で死ぬし、騙されたと思ってやってみるかな。魔法、使ってみたいし。だが、これだけは確認しないとな、プロとして)


「報酬は?」


「え? 報酬ですか? 新しい完璧な身体と異世界への転生、新しい人生! じゃ、だめですか? 一応、勇者達の暗殺が終われば、他の世界へ転移しようとしない限り、世界征服しようが、何しようが自由にしていただいていいのですが……」


(世界征服とか厨二かよ……)


「まあいいか。わかった依頼を受けよう。どうせ失敗してもまた死ぬだけだしな。標的ターゲットと異世界の情報をくれ」


「ありがとうございますっ! って、失敗しないで下さい! 勇者の情報と、私の世界の情報に関しては、すでに新しい肉体にインプットしてあります。鈴木さんが地上に下りた際には、記憶として参照できると思いますし、魔法もすぐに使えるはずです。それと、勇者達のいる国にはもういないのですが、他の国に二人の『聖女』がおりますので、何かお困りのことがあればコンタクトを取ってください。私の神託を受け取れる人間ですので、協力するよう伝えておきます」


「了解した。それと名前に関してだが、流石にこの顔で鈴木は違和感があるから、聖女には『レイ』という名前で伝えておいてくれ」


 傭兵時代のコールサインを端折っただけだが、別にいいだろう。顔と名前のギャップで目立ちたくないからな。金髪碧眼が「鈴木です」なんて名乗ったら、日本人だと一発でバレる。


「わかりました。では次からレイさんとお呼びしますね♪ では、宜しくお願いします! いってらっしゃい!」


「は? あ、いや、ちょっと待っ――」


 大事なこと聞こうとしたが、一瞬で光に包まれ、女神の声は聞こえなくなった。

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