ああ、帰ってきたんだなあ、と実感が湧きますね。
馬車による一週間の旅を経て、私は王都に舞い戻ることになりました。
エドガー兄さんの目があるので、迷宮都市に転移するわけにはいかない一週間でもあります。
工房が心配ですね。
ホルトルーデとドッペルゲンガーたちなら上手くやれているとは思うのですが……。
さて王都です、私は帰ってきたぞ!
馬車は貴族用の通用門を通り、懐かしの王都の石畳の上を行きます。
平民の住宅街を抜けて、商業地区を通り、やがて貴族街にたどり着きます。
その奥まったところにある、王城に最も近い大きな屋敷がアルトマイアー侯爵家の屋敷です。
勘当されてから勢いよく出ていったので、ろくに挨拶もしなかったのですが、使用人たちは変わらず私を迎え入れてくれました。
「フーレリアお嬢様。お久しゅうございます。なんでも迷宮都市で暮らしていたとか。悪い輩に絡まれたりなどしていませんでしたか? 婆やはそれが心配でした」
「お久しぶりね、婆や。私は大丈夫よ。こう見えてそれなりにたくましいの。知ってるでしょ? そちら変わりはないかしら?」
「ええ、ええ。変わりありませんとも。ささ、お部屋にご案内しましょう。ところでお嬢様。部屋の家具やドレスがごっそりと消えていたのですが、あれはお嬢様の仕業ですか?」
「そうよ。当面の生活資金にするために勘当されたその日に売り払ったの。代わりの家具は用意してあるから、問題ないから」
「まあ。代わりの家具はどちらに? 別の馬車でやってくるのかしら?」
婆やは大げさに驚いてみせました。
ああ、これはもう時空魔法が使えるの、バレてますね。
「婆や。私が色々できるのは知っているでしょう? これまで通り、周囲にそれを知らせる必要はないわ」
「……まあ。お嬢様がそれでよろしいなら、今まで通りにします。しかし再び王太子殿下の婚約者となられた以上、私の立場ではどこかの段階で旦那様に報告せねばなりません」
「そうね。ではうっかり報告するのを忘れなさいな。私はこのチカラを自分とこの国のために使うと決めているの。他人に知られるのは面倒が多いわ」
婆やはしばし黙考した後、コテリと首を傾げてみせました。
「お嬢様のお言いつけに従います。さてそれでは侍従たちを部屋には近づけないようにしておきますので、できるだけ早く、お部屋の支度を終わらせてくださいな」
「分かった。ありがとう婆や」
話が分かる側近で助かりますね。
婆やは私が生まれたときからの教育係にして養育係です。
専門的な教育については家庭教師に学びましたが、日々の生活に関するマナーなどは婆やから教わりました。
侍従たちを取りまとめているのも婆やです。
私は私室に通されました。
言われた通りに侍従たちは遠ざけられており、婆やもしばらくこの部屋で旅の疲れを癒やすように、と言って下がりました。
……いや、ベッドもソファもない部屋で旅の疲れを癒やせと言われてもねえ。
自分で命じたことながらおかしな言い分でひとりの時間を作ってくれました。
ありがたく〈ストレージ〉に収納してあった家具を配置していきます。
迷宮都市で購入したものばかりなので、質が下がるのは仕方がないですね。
頃合いを見てちょっとずつ家具を王都のものと交換していくのがいいでしょう。
部屋を整えたら、ベルで婆やを呼びます。
ベルは魔法具で、屋敷内にいる婆やに確実に音が届くという優れものです。
しばし待つと、婆やが笑顔でお茶を持って来ました。
さすが婆や、ちょうど喉が乾いていたところです。
部屋の片付けが終わったのを見越してお茶を用意してくる。
そんな細やかな働きができるのがありがたいですね。
「まあお嬢様。家具の質が下がっておりますね。これではお嬢様の格に合いません。アルトマイアー侯爵家令嬢として相応しい家具を入れるようにせねば」
「おいおいでいいわよ。ひとまず生活はできるのだからそれでいいでしょう? それより早くお茶を用意してくださる? ちょうど喉が乾いていたところなの」
「はいはい。今ご用意しますよ」
婆やの淹れてくれたお茶は懐かしの我が家の味でした。
ああ、帰ってきたんだなあ、と実感が湧きますね。
「そうだ婆や。ドレスも売り払ってしまったの。迷宮都市で何着かは仕立てさせているのだけど、出来上がりはまだ数日かかるわ。王都でも仕立てる必要があるから、職人を呼んでもらいたいの」
「まあ。それでは今、お嬢様のドレスはないのでございますか?」
「そうなるわね。迷宮都市で暮らすのにドレスは必要なかったし」
「一着くらい残しておいてくだされば良かったのですが……仕方がありませんね、明日にでも職人を呼びます」
「お願いね」
ゆっくりとお茶を味わい、日が暮れたら晩餐の時間です。
久しぶりにお父様とお会いすることになります。
そういえばファミリアが執務室の天井に張り付いたままでしたね。
もう不要ですから手元に置いておくことにしましょう。
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