侯爵の娘、フーレリア嬢についてです。(byヴェルナー伯爵)

「これはこれは。アルトマイアー侯爵ではありませんか」




「ヴェルナー伯爵……」




「ちょっとした用事がありましてな。王城に参ったのです。少しお話をする時間を頂いてもよろしいでしょうか?」




「ええ、構いませんよ」




 王城に来ていた私は、アルトマイアー侯爵をサロンに誘いました。


 城内のサロンには若手の貴族たちが紫煙をくゆらせながら休憩しているところです。


 私たちを見てギョっとしたように固まり、すぐにタバコの火を消してそそくさとサロンを立ち去りました。




 王城の文官でしょう、普段王城に来ない私は知らない顔でしたが、アルトマイアー侯爵は知っているのかもしれません。




「別に慌てて立ち去る必要はないでしょうに。サロンはすべての貴族に開かれているというのに」




「先程のはここの文官たちですな。サボっているのを見られてバツが悪かったのでしょう」




「休憩時間ではなかったのですか。それならば確かに、慌てて立ち去ろうというものです」




 なるほど、サボっていたのですね。


 私はサロンの奥まった席に案内され、アルトマイアー侯爵の向かいに座りました。


 サロンは奥に行けば行くほど爵位が高い者たちが使用するという不文律があります。


 今回はアルトマイアー侯爵がいるので、一番奥からひとつ手前のテーブルを使用させてもらうことになりました。


 一番奥のテーブルは恐らく、王族が使用するのでしょう。




「それで……ヴェルナー伯爵。話というのは?」




「はい。侯爵の娘、フーレリア嬢についてです」




「……何かしでかしましたか?」




「とんでもない。娘の石化を治していただいたのです。一等級のキュアストーンポーションの錬成ができるとは、素晴らしい錬金術師ですな」




「一等級のキュアストーンポーション? それをフーレリアが?」




「ええ。ご存知ありませんでしたか」




「はい、恥ずかしながら。手の者を近くに置いてはいるものの、定期的に手紙を寄越すようにしているだけですので。あまり大っぴらにやるには、王族への顔向けができません」




「ああ……侯爵家を追放されたのでしたね。しかしそれは聖女のワガママが原因なのでしょう? 陛下も大層、お心を痛めていると聞いています」




「そうですな。しかし侯爵家を追放したのは確か。もうフーレリアは我が家の娘ではありません」




「聞いていた通りでしたか……いや王都の事情には疎くて申し訳ない。しかしフーレリア嬢は錬金術師としては素晴らしい腕をお持ちだ。平民となっても財を為し、暮らしに不安はありますまい。先日も冒険者向けの画期的な保存食の量産契約を結びましてな。金貨五百枚でレシピを買い上げました」




「金貨五百枚……? そのようなものをフーレリアが。確かに錬金釜を与えた覚えはありますが、それほどの腕前とは知りませんでした。私が思っている以上に、フーレリアは優秀だったようです」




「それはもう! 一等級のキュアストーンポーションなどは素材を用意しても、ウチのお抱え錬金術師では手も足も出ませんでした。普段はお菓子を錬成して売っているようですが、我が迷宮都市では評判になっております。私も部下に買いに行かせて食べましたが、なんというか一味違いますな」




「お菓子……それは貧相なものではないのでしょうか」




 アルトマイアー侯爵が複雑な面持ちになります。




「貧相? とんでもありません。シンプルながら立派なお菓子です。リンゴのクッキー、カステラ、蜂蜜のワッフル、限定十食のシュークリーム、どら焼き。いずれも王都で食べられるお菓子と同じくらいの美味なるものでした。さすがは王都で育っただけのことはあります」




「そ、そうでしたか。それならば良かった」




「私の娘の命を救って頂き、さらには友人になっていただきました。先日は石鹸を一緒になって作ったとかで……南国風の立派な石鹸です。家族で使わせてもらっていますよ」




「ほう。フーレリアが家にいた頃は、夜な夜な錬金釜に向かっているという報告は受けていましたが、具体的に何をしているのかまでは知りませんでした。そうでしたか、錬金術師として成功を収めているなら、勘当したとはいえ親としては安心です」




「ご安心を。お嬢様には我がヴェルナー伯爵家に貸しがありますので。陰ながら見守らせていただいておりますよ。それに王太子殿下も手の者を護衛として置いていると聞いております。フーレリア嬢をこれだけ周囲が守っているのですから、ご心配めされることはないでしょう」




「そうでしたか……」




 アルトマイアー侯爵の視線は、遠くにあるフーレリア嬢を見ている親の目になっていました。


 王命で引き裂かれた親子の間には今も情があるのでしょうね。

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