そうだフーレリア、普通に生活しなさい。(byお父さま)

 フーレリアが我がアルトマイアー侯爵家を追放されてから幾日かが経過した。


 どうやら手の者によれば、迷宮都市に向かう馬車に乗ったそうである。


 我が娘ながら、よく分からない。


 なぜわざわざ迷宮都市などという治安の悪い街に向かうのか。


 自暴自棄になるような子ではないことは、父親である私がよく知っている。




 あの子は非凡だ。




 幼いながらに書物に魅入られて以来、大人たちが気づかないうちにフーレリアは恐るべき早さで知識をつけていった。


 学院に入学する十歳の頃には既に、家では誰も触らない古代語の書物をひとりでたぐるほどである。


 一体、フーレリアはどこを目指していたのか皆目、検討がつかなかったほどに。




 * * *




 王太子との婚約は年回りと家格によって決まったことだった。


 王族も我が家も喜ばしいことだと思っていたし、当人同士の仲も幼いながらに悪いものではなく、むしろ仲が良いとさえ思えた。




 状況が変わったのは、神殿が聖女を担ぎ上げたときからか。


 癒やしの聖女として瞬く間に民草の信仰を集め、神殿の発言力を飛躍的に高めた存在。


 無視はできない、それが王都の貴族らと王族の共通見解だった。


 しかしその打破に王太子の婚約を使うとは思わなかった。




 とはいえ当初はまだ楽観視していた。


 王族とて我がアルトマイアー家を敵に回そうなどとは考えまい。


 第二夫人としてフーレリアを娶るなり、別の良縁を探してくれるだろうと思っていたのだ。




 それが婚約破棄に続き、我が家からも追放せよとは一体、どういう了見かと、陛下に詰め寄ることになろうとは。




 聖女の性悪さは完全に想定外だった。


 王族にとっても私たちにとっても。




 フーレリアに詳細を告げずに家から追い出したのは、なんとなく予感があったのだ。


 きっと真相を知ったとき、フーレリアは聖女に復讐をするのではないだろうか。


 私の直感だから、的外れかもしれない。




 だが家族として、父親として娘に接してきた年月は嘘をつかない。




 フーレリアは自分をないがしろにした者に対して容赦など持たないのだと。


 あれは身内とそれ以外の他人をハッキリ区別する娘だ。


 邪魔だと感じたなら、それが誰であれ排除の対象となる。


 未来の王妃になるべく教育されたフーレリアは、ダンスも社交も駄目だったが、唯一、権力者としての振る舞いだけはちゃんと身についていた。


 心の殺し方をよく心得ていた。


 一見して冷酷なまでに振る舞うことに長けていたのだ。


 王妃として内助の功を尽くすためにその才覚を振るうはずだったが、それが聖女に向けられることを私は恐れた。




 だがこれも時間の問題に過ぎないだろう。




 フーレリアは聡い。


 いずれ婚約破棄の真相にたどり着く。


 そのとき、彼女はありとあらゆる手段を尽くして聖女を討つだろう。




 国賊となろうとも、恐らく何も感じない子だ。


 ああ、どうにかして彼女を守りたい。




 念のためにつけた手の者から、迷宮都市で錬金術の工房を開いたと聞いて、ひとまずは安心した。


 そうだフーレリア、普通に生活しなさい。


 君には平民として、普通の幸福を掴むことができるはずだ。

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