ズモモモモ……と魔法陣から黒い煙が溢れ出します。

 エリクサーとは、万能の治療薬であると考えられてきた伝説の薬品です。


 その効用は失った手足が生えてくるだの、若返るだの、不老不死になるだの、諸説ありますが……。




 書物によればエリクサーの効果は、飲んだもしくは振りかけられた対象を万全の状態に戻すというものです。


 どんな怪我も病気も治す光属性魔法〈レストレーション〉と同等と見て良いでしょう。


 これは是非ともストックしておきたいですね。




 ただし素材は厄介なものが多く、私とホルトルーデの分を作るのも難しいでしょう。




 不死鳥の羽根、乾きの石、無限水環、永久氷片。


 どれひとつとっても手に入りそうもありませんね。


 伝説級の素材ばかりです。




 とはいえ不死鳥の羽根は冒険者ギルドに依頼すれば、ダンジョンの奥深くから入手が可能です。




 乾きの石は砂漠にあると言われていますが、ここから最も近い砂漠は遥か西方のトマゾ大砂漠です。


 鑑定が必須なので、司祭か私の〈アナライズ〉が必要になりますね。




 無限水環は海竜リヴァイアサンが所持していると言われる宝具です。


 盗み出すか、交渉で手に入れるのが良いでしょうか。




 永久氷片は北の果てにある氷の大地に存在すると言われています。


 やはり鑑定が必須となります。




 ……うーん、やっぱり集めるの無理じゃないかな。




 命を救うためのエリクサーを、命を張って完成させるのは本末転倒です。


 かと言って冒険者に依頼するには莫大な報酬を用意しなければなりません。




 それにしてもこの書物、凄いことが書いてありますね。


 思えばホムンクルスの錬成方法もこの書物から得た知識でした。




 タイトルも著者名もかすれて読めません。


 さぞ立派な古代魔法文明時代の錬金術師の書物なのでしょう。




 * * *




 エリクサーの錬成方法を知れたことをキッカケにして、学院以来、久々に読書三昧をしました。


 分厚い書物ですから通読するのも一苦労でしたが、その甲斐あって面白い魔法を発見しましたよ。




 時空魔法〈コール・デーモン〉です。


 その名の通り、悪魔を呼び出すとんでもなく凶悪な魔法です。


 呼び出せる悪魔もこちらが指定できるのですが……難点は悪魔が自由意志で行動する点でしょうか。




 もちろん対策もしっかり書かれていました。


 契約魔法〈コントラクト・デーモン〉により悪魔を支配下に置く契約を交わすというものです。


 もちろん術者より悪魔の方が強ければ、契約魔法を無効化したりしてくるので、その場合は諦めるしかないのですがね。




 まあ早速、試してみましょう。




 まず用意するのは大量の血液です。


 この血液は別に人間のものでなくても構わないので、ニワトリを絞めて得た血液を〈複製〉でかさ増しして必要量を得ました。




 この血液で魔法陣を描きます。


 〈コール・デーモン〉の魔法は呼び出す悪魔ごとに決まった古代文字の配置をしなければなりません。


 〈加速の魔法陣〉に似ていますね。


 もっとも大きさは違いますけど。


 〈コール・デーモン〉の魔法陣は部屋ひとつ分くらいの大きさが必要です。




 なので私は近所の空き倉庫をひとつ、借りて行うことにしました。




 血液で描いた魔法陣の上に〈ディメンション・ウォール〉を半球状に展開して、悪魔から身を守ります。


 さあ、いよいよ〈コール・デーモン〉を試すときが来ましたよ!




「〈コール・デーモン〉」




 ズモモモモ……と魔法陣から黒い煙が溢れ出します。


 同時に煙の中から10センチメートルくらいの小さな悪魔が現れました。


 黒い肌にコウモリのような翼、長い尻尾の先端は鉤のように尖っています。




 最弱の悪魔、インプです。




「ケケケ、人間に呼び出されるなんざ数百年ぶりだぜ」




 シュルリ、と長い尻尾が伸びて私に向かって放たれました。


 しかし予め展開してあった〈ディメンション・ウォール〉に弾き返されます。




「チ。念入りなこって……」




「私の支配下に入ってもらいましょうか。〈コントラクト・デーモン〉」




「ギギギ、やめろ!!」




 しかし怨嗟の声とは裏腹に、インプは次第に態度を軟化させて私に頭を垂れるのでした。




「くっそう……人間の使い魔になるなんざ、まっぴらだってのに……」




「インプくん。これからは私の命令に従ってもらいましょうか」




「チクショー! 分かってるよ!」




 地団駄を踏むインプ。


 とはいえこの悪魔、何かの役に立つのでしょうか?

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