他の女子生徒など霞むほど、彼女は遠くにある高嶺の花だった。(byオルナバス)

 学院での彼女は、他者を寄せ付けないオーラを纏っていた。


 当然だ。


 アルトマイアー侯爵家の長女、フーレリアは常人とは違う。




 常になにがしかの本を読んでいる姿を見かける。


 静かに物語に没頭している彼女の姿は美しく、男子学生はおろか、女子学生も声をかけることを憚はばかられていた。


 もっとも、王太子の婚約者に話しかける無謀な男子学生がいるはずもない。


 婚約者のいる女性にあまりなれなれしくするのはマナー違反だからだ。




 座学の成績は常にトップ。


 ガリ勉を揶揄する“学院の才女”というあだ名は、陰口として同学年の者たちに浸透していた。


 ともあれできることはその程度、陰口を叩くことしかできなかったのも事実だ。


 ガキっぽいことだが、それほどまでにフーレリアは他者と馴染まず、孤高を貫いていた。




 正直に言おう。


 その在り方に心を奪われた隠れファンが男子生徒にそれなりの数がいたことを。


 美しき侯爵家令嬢、王太子という婚約者がありながら、その容姿や学問への取り組み方に惚れた男子学生たちがいた。




 ああそうだ、俺もそのひとりだったよ。




 思春期まっさかりの俺は、あろうことにか婚約者のいる女子生徒に惚れたのだ。


 他の女子生徒など霞むほど、彼女は遠くにある高嶺の花だった。


 そんな花ならば、手を伸ばしたくなるだろう?




 俺は想いを押し殺しながら学院の五年間を過ごした。


 たまに会話を交わすこともあったが、そっけないものだったと記憶している。




 * * *




「王太子よりフーレリア嬢の身辺警護を任されています、隠密騎士のクリスです」




「王太子からは婚約を破棄されたと聞いています。なぜ、王太子の騎士がフーレリアを陰ながら守るようなことを?」




「王太子殿下にとっては婚約破棄は本意ではありませんでした。そしてアルトマイアー侯爵家から放逐されることも。心配なされるのは当然のことかと存じます」




 クリスは学院時代の上級生で、王太子の護衛を努めていた人物だった。


 言わば王太子の懐刀。


 腹心にも等しい人物だ。




 婚約を一方的に破棄しておきながら、最高の護衛を陰ながら派遣するとはね。


 自身、眉間に皺が寄っているのが分かる。


 未だ王太子にとってフーレリアは特別な女性なのか。




 こじらせた初恋を引きずっている俺にとっては、苛立たしい話だ。




「それでヴェルナー伯爵家でもフーレリア嬢になるだけ便宜を図って欲しい。特になにもないのに手を差し伸べる必要はありませんが、彼女が困窮するような状況にあったらさりげなく仕事を回すとか、支援をお願いします」




「仕事? フーレリアはこの街で何をするつもりなんだ?」




「さて、それはまだ分かりませんが、職人街に工房を購入なされました。何か特技を活かして生活するつもりかと」




 特技?


 フーレリアの姿を思い浮かべても、読書している姿しか思い浮かばないが。




「かしこまりました。当家としても可能な限り支援をすると約束しましょう」




「それを聞いて安心しました」




 ヴェルナー伯爵家でフーレリアと同級生の俺は彼女を陰ながら見守るという仕事を仰せつかっている。


 次男坊の辛いところだ、次期当主である長男の兄上にはこのような雑事は回ってこない。




 ……とはいえ、またフーレリアと関わりを持つことができるのか。




 内心では穏やかではいられない。


 彼女と直接、会話をする機会もあるだろうか。




 どんな状況でそれが叶うのかはまだ分からないが、密かに胸踊らせていた。




 この後、偶然スロイス叔父さんの死に立ち会ったフーレリアと直接会話を交わすことになる。


 なぜスロイス叔父さんと関わりを持ったのか、理解に苦しむが……彼女が学院を卒業しても未だに勉学の手を止めていないのだと知って、なんとなく「らしい」と思ったのは秘密だ。

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