ひとりでお留守番、できますよね?

 ウチの子は天才か。


 ホルトルーデの魔法適性は驚くべきことに、地属性の上級魔法と炎属性の上級魔法を扱えるほどの適性を誇りました。




 ただし時空属性は中級魔法までで、上級魔法である〈ディメンション・ソード〉などは扱えなかったのですけどね。


 それでも地属性と炎属性をマスターして、〈アナライズ〉と〈ストレージ〉が使えるって……もしかして私より錬金術師向きなのでは?


 弟子が師匠を超えるのは師匠にとっては嬉しいことですが、しかし超えるのちょっと早いですよ!




 ……いや、そもそも私は生活のために錬金術をやっているのであって、本命は読書をすることなんですよね。




 以前購入した十冊の古代語の書物はとっくに読み終えていますから、新しい書物を購入しに行くのもいいでしょう。


 というわけで、初めてのお留守番ですよ、ホルトルーデ。




 * * *




 いつもは買い物に出るときはホルトルーデを連れて行くか、そうでないときはホルトルーデに居留守を使わせていました。


 しかし自衛手段を身に着け、接客もこなせるようになったホルトルーデに居留守を使わせる必要はもうありません。


 ひとりでお留守番、できますよね?




 そのうち逆にひとりでお使いをさせてもいいかもしれませんね。


 だんだんと独り立ちしていくホルトルーデに寂しいものを感じますが、錬金術方面を任せて私は読書三昧というのも悪くないかも知れません。




 いや、むしろそれがホムンクルスの使い道として正しいのではないかとすら思えますね。




 さて本屋です。


 相変わらず古代語の書物は不人気なのか、一冊金貨一枚で購入できます。


 再び十冊を選んで購入します。




「おや、また古代語の本を買っていってくれるのかい、お嬢ちゃん」




「はい。前のは読み終えたので」




「本当に読めるんだなあ。凄えよ?」




「古代語の翻訳には自信があるもので。ところで前回、訪れたときにあった本が数冊、なくなっていますね。誰か買っていっているんですか?」




「ああ、学者先生がたまに買っていくよ。研究のためだとかで」




「なるほど……その学者さんを紹介していただくことはできますか?」




「うん? 大丈夫だと思うよ。地図を描くからちょっと待ってろ」




「ありがとうございます」




 本屋のオジサンから地図をもらって、学者さんの家に向かいます。


 割と広々とした一軒家に住んでいるようですね。




「ごめんください。スロイス先生はご在宅ですか?」




「はいはい。小生がスロイスでございますよ」




 出てきたのはモヤシのように細い無精髭のオジサンです。


 予め学者だと聞いていなければ不審者かと思う出で立ちですね。




「本屋さんの紹介で訪ねさせてもらいました。実は私、古代語の本を読むのが趣味なのですが、『空間のほつれについての考察』という本を購入されたのはスロイス先生で間違いありませんか?」




「ほほう! 確かに『空間のほつれについての考察』は小生が購入しましたな。もしや時空魔法について詳しいので?」




「ええ、幾つか書物を読んでいるに過ぎませんが、内容がどんなだったのかな、と気になりまして」




「なるほど! 同好の士というわけですな! どうぞ汚いところですがお上がりください」




「では失礼して」




 並ぶ本棚と詰められた書物の数からして、それなりの資産家らしいことが分かります。


 なのに身なりに気を使わないのは、ちょっとチグハグですね。


 どういう身分の人なんでしょうか。




「小生のコレクションはこれだけですが……ええとどこに仕舞ったかな。おお、あったあった。お探しの本はこれですぞ」




「ああ、これです。内容はどうでしたか?」




「非常に興味深い記述がありました。小生はもう現代語訳したものがあるので、金貨一枚で売ってもいいですぞ?」




「本当ですか? ありがとうございます」




 私は金貨一枚で『空間のほつれについての考察』を買い取りました。




「それにしても時空魔法の復活に興味のある御仁とは珍しい。伝説の魔法、時空魔法の研究者としては貴殿の知識にもまた興味が尽きませんぞ」




「私などまだまだ小娘ですから。先生の研究はどこまで進んでおられるのですか?」




「実のところ、時空魔法の魔導書の中身は完成しているのですな」




「なんと! それは偉業なのでは?」




「ですが、魔導書にするためには表紙の装丁が必要になりますからな。装丁を依頼したところで情報が漏れるのを恐れて、小生は魔導書を完成させられなくて困っておるのです」




「でしたら先生、ウチで魔導書の装丁をしましょうか? 私は錬金術師ですから、魔導書の装丁を作ることが出来ます」




「ぬぬぬ……しかし貴殿は古代語に通じており、時空魔法についても造詣があるのでしょう?」




「まあそうなんですけどね。私個人としては、時空魔法を広めたいわけではないので、先生の成果を奪うようなことはしませんよ」




「……貴殿、まさか既に時空魔法を復活させているのでありますか?!」




「……それについては私の口からはなんとも」




「ぐぬぬ……まさか先を越されていたとは小生、一生の不覚! ならばこうしましょう。小生の書いた魔導書の装丁をお願いする代わりに、貴殿の時空魔法の魔導書を一冊、写本させていただきたい!」




「うーん。それでは私に得がないかもしれません。先に先生の魔導書の内容を改めてもよろしいですか?」




「いいでしょう」




 スロイスは金庫を開けてひとつの冊子を取り出し、机に置きました。


 私は「それでは失礼して」と断って手に取ります。




 中身は?


 れっきとした時空魔法の魔導書。


 しかも空間転移――〈テレポート〉の魔導書でした。




「なるほど。分かりました、この内容ならば私の手持ちの一冊を写本させてもいいでしょう」




「なんと……魔導書の内容を見ただけでこれが何の魔法か分かるのでありますか!」




「これでも時空魔法の魔導書を自作したことがありますからね」




「もしや学院で学ばれたことがあるのでは?」




「……そうですね」




「そういえばまだ貴殿のお名前を伺っておりませんでしたな」




「フーレリアと申します」




「フーレリア? それはまさか王太子から婚約を破棄されたというアルトマイアー侯爵家のご令嬢では……!!」




「お恥ずかしながら本人です。それにしてもスロイス先生は貴族なのですか? 私のことを知っているとは」




「小生、実はヴェルナー伯爵家の縁戚でありましてな。前当主の弟の息子に当たります」




「迷宮都市の領主一族だったのですか。なるほど、それで……」




「アルトマイアー侯爵家のご令嬢ということは、古代語に精通しており魔導書を書くこともできましょうな。なるほど……先を越されているのも頷けるというものです」




「いいえ。先生のこの魔導書の内容も凄いですよ。これ〈テレポート〉でしょう?」




「たはー。小生の魔導書がたった十分で看破されるとは。本当に凄いでありますな!」




 私は魔導書を返して、工房の場所を書き記した地図を渡して今日のところは辞去することとしました。

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