私は紅茶を吹き出しそうになりました。

「お嬢様、お怪我はありませんでしたかな?」




「セバスチャン!」




 翌日の午後、ドワーフのセバスチャンが工房を訪ねてきました。


 なんでも冒険者四人がうちの工房に押し入ったと聞いて慌てて駆けつけてくれたそうです。




「私たちも工房も大丈夫よ。〈スリープクラウド〉で眠らせてやったわ」




「ほほう。闇属性の魔法は相変わらず得意なようですな。冒険者四人を一発で眠らせるとは……」




「得意分野を伸ばしておくのは当然のことでしょう?」




「そうですな。お嬢様の闇属性魔法は唯一、実用性のある魔法属性です。伸ばしておくのは当然ですが、それでも大の男四人を無力化するには相当の練度が必要です。努力なされたのですねえ」




「……まあそうね」




 実は短杖でかなり魔法の威力をブーストしていたのですが、言わぬが花でしょうか。


 私の短杖は錬金術で形質を付与したものです。


 賢明と叡智はともに魔法の威力を高める強力な形質であり、これらが付与された短杖はサイズの割に高価な杖と同等かそれ以上に魔法の威力を増幅させます。




 おっと、お茶も出さずに玄関で話し込んでしまいましたね。




「セバスチャン。せっかくなので上がっていきませんか。お茶を出しますよ」




「そうですな。ではお言葉に甘えるとしましょう」




 私はセバスチャンを工房に上げると、お茶とお菓子の準備をします。


 セバスチャンは錬金釜をかき混ぜているホルトルーデを興味深い様子で眺めていました。




「はい、紅茶とカステラ。ミルクと砂糖はどうする?」




「カステラが甘いのでしたら、どちらも不要です」




「そう」




 私は紅茶にミルクを注ぎ、スプーンでかき混ぜます。




「あの子は……お嬢様に非常によく似ておりますな」




「ホルトルーデ? そうね、驚くほど似ているわね」




「侯爵家の血筋にあらせられるフーレリアお嬢様に似ているとなると、どこかの貴族の娘かとも思いましたが……」




「が?」




「私はふと別の可能性もあるのではないかと、そう思います」




「別の可能性?」




「お嬢様はホムンクルスを作れるのではないのですか?」




「――んぐっ」




 私は紅茶を吹き出しそうになりました。


 これでも元侯爵家令嬢ですから、そんな失態は気合と根性でねじ伏せましたが。




「やはり。彼女はお嬢様のホムンクルスなのですね。錬金術の秘奥、それを身につけられておられるとは……」




「せ、セバスチャン。このことは――」




「はい。他言しません。しかし一体、どこでそのような技術を学ばれたのですかな?」




「……学院の図書館の閉架にあった古代語の文献から得た知識よ」




「ほほう、学院にはそんなものがありましたか……」




「かなり難解な古代語だったし、肝心の技術は暗号化されていて解くのに時間もかかったから、学院も閉架の文献の内容までは把握していないのではないかしらね」




「ふむ。してその書物は今も学院に?」




「まさか。こっそりと持ち出して私が管理しています」




 時空魔法の〈ストレージ〉は窃盗し放題の悪辣な魔法でもあり、私は危険な知識が満載の書物を盗み出していたのです。


 悪いこととは思うのだけど、好奇心が罪悪感を上回ってしまったのだから仕方ないですね。




「ほっほっほ。さすがはお嬢様。技術を独占したわけですな」




「当然じゃない。他にもまだまだ解読できていない部分があるんですもの」




「しかしそうしますと、お嬢様の錬金術師としての腕前は相当なものでは?」




「そうね。市井の錬金術師の中では頭ふたつくらいは抜けているんじゃないかしら」




「ではお聞きしたいのですが、一等級のキュアストーンポーションは作成できますか?」




「素材が揃えばね。どうしたの、誰か石化した知り合いでもいる?」




「……実は迷宮都市の領主であるヴェルナー伯爵家の長女が、石化の毒で眠り続けているのです」




「そうなの? 聞いたこともなかったけど……そう」




「はい。ですからいずれお嬢様の名前が伯爵の耳に入れば、一等級のキュアストーンポーションの作成を依頼されることでしょう」




「面倒なことね」




「そう仰られますな。この迷宮都市に居を構える以上は、領主に逆らうのは得策ではありませんぞ」




 心配そうに私を覗き込むセバスチャン。




 うん、でも侯爵家から放逐された我が身のことを思えば、ヴェルナー伯爵家とは関わりたくはありません。


 あそこの次男は、私と同学年なので。


 顔を見られれば一発でフーレリアだとバレますね。




 仮面でも作って顔を隠しましょうか?


 ……あからさまに不自然です。




 私が顎に手を置き黙考していると、セバスチャンは表情を緩めて口を開きました。




「いいではないですか。もう侯爵家とは関わりはないのでしょう? 領主一族に認められた錬金術師として新たな生活を送ればよろしいのでは? むしろ後ろ盾となってくださるやもしれませんぞ」




「そういう考え方もあるのね」




 意外と悪くないかも知れませんね。


 後ろ盾を得れば、少なくとも安全は買えますから。


 とはいえヴェルナー伯爵家に取り込まれるのは考えものです。


 今の私は平民に過ぎませんから、伯爵家の命令を無視できません。




 まあもしも無茶な命令をされるようなら、迷宮都市から逃げ出すことになりそうですね。


 そのくらいの心づもりはしておきましょうか。

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