悪の種
@yuugi
悪の種
現代日本においてドラマやアニメに出てくるような、大きなテロ事件だとか、大量殺人とかは起こっていない。正義のヒーローなんてかっこいいものもいないし、もちろん悪い強大な組織なんてものも存在しない。平和ボケした世の中。
僕は平和な世の中に浸かっているただの男だ。朝6時に起きて顔を洗い、歯磨きをして、朝ごはんを食べて、着替えて会社に行く。理不尽に怒られて残業をして、家に帰るのは日が回る直前。家に帰ったら風呂に入って歯磨きをして寝る。これの繰り返し。
だけど嫌気がさしてきた。楽しみもなく、ただ生きるだけ。嫁は不倫して家を出て行った。娘は嫁と一緒に出て行ったから何も残っちゃいない。ただ生きるだけ。平和な世の中に浸かっているだけ。
......そう思っていた。
心が荒んでいき、前を向いて歩くのもやめた頃。家の扉を開けようとした時、後ろから声がかかる。
「君、生きる気力ってあるかい?」
だれだ? 僕の知り合いの声ではない。振り返るとそこにはスーツ姿の男がいた。
「こんな平和なだけの世の中に何もない僕。生きる気力なんてあるわけがない。」
不思議と疑問の声は出ず、素直に質問に答えていた。
「君珍しいねぇ。急に声をかけられたら驚くだろ? それも知らない人から。」」
「疑問に思ったが、自分でも驚くほどに素直に飲み込めただけだ。」
「そう。まぁどうだっていいけど。」
なんだかよくわからないやつだ。
「生きる気力がない、なら死んでもいいって考えたりする?」
「なんでそんなこと聞いてくるんだ?」
「私はね、平和な世の中を壊してやろうと考えているんだ。なんの楽しみも見出せず、ただ生きるだけの世の中。価値などない世の中。君も同じことを考えているだろう?」
たしかに同じ考えを持っている。だからなんだ? こいつの言いたいことがいまいち掴めない。
「だったらなんだ?」
「もしもそう考えているなら、私の元についてこの世界を壊さないか?」
「くだらないな。アニメの見過ぎだろう」
「ほんとにそう思うかい?」
頭のおかしいやつ。みんなそう思うだろう。だがこいつは違う。本気だ。
「本当はわかっているんだろう? 僕が本気で言ってることくらい。そして君は私の話に乗り気でいる。」
こいつ心が読めるのか?
「あぁ、心が読めるわけじゃあないよ? ただ表情を読み取るのが上手いだけさ。で、どうする?」
「......方法を聞いていない。」
「やっぱり乗り気だね。教えてあげるよ。私は研究を重ねて人に能力を植え付けることが出来る種を開発した。何が開花するかは埋め込んだ人の想いによって変わってくる。その能力を使いみんなで世界を壊すんだ。もうすでに何人かには植え付けてある。君が望むのなら、今ここで植え付けてあげよう。」
聞き間違いか? 開発? 能力を植え付ける? 何を言っているんだ?だが......。
「......いいだろう。乗った。」
「ははっ、君はやっぱり珍しい。だから面白い。ではこれを。」
そう言って男は種のようなものを差し出す。
「飲んでください。飲んで1週間ほど経てば君の想いによって能力が目覚める。」
「わかった。」
そう言って僕は差し出された種を飲む。何も変わった感じはしない。
「飲みましたね。ようこそ、裏の世界へ。ついてきてください。基地へ案内します。
そう言って男は歩き出す。僕は黙って着いていく。
正義のヒーローがいない世の中。そこに生まれた大きな悪。これから数週間後、この世界はなすすべもなく崩れ去るだろう。そうなった後、僕は何をするのだろう。
まぁいい。どうせ生きるだけだったんだ、好き勝手しようか。
悪の種 @yuugi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます