短編いろいろ

上杜海

ある雪の日

 冬になれば雪が降る。粉砂糖のような雪を、家の中から目を覚ましたばかりの子どもが少し興奮気味に眺めていた。


「雪降ってるよ。積ってくれないかなあ」


 それからしばらく経った。少年のささやかな願いは叶い、地面は白い絨毯で埋め尽くされていた。さっそく少年は長靴を履いて庭へと繰り出した。雪が積もった地面はしゃくりしゃくりと長靴が沈みこんでいくので、歩くだけで楽しいものがある。

 少年は、雪玉を転がして雪だるまを作りはじめた。冬といえば雪だるまだ。といってもこういう機会はめったに巡り合うものではないから、雪だるまを作ることはもはや義務とも思えた。

 窓が開いて、少年の母が言った。


「しょうちゃーん、お小遣いあげるから、配給貰いにいってくれるー?」


 少年は雪に触れてかじかんだ手のひらに息を吐きかけながら元気よく返事をした。


「うん!」


 少年は一旦家へと戻り、母から配給券を受け取ってから、玄関から外へ出た。

 外の世界は軽い雪が舞うように宙を舞っている。口を開けて雪の感触を楽しんだり、黒のセーターに白い結晶が付くのを観察したりしながら、少年は配給所に向かった。

 配給所には大勢の人が並んでいて、少年はその最後尾についた。列はなかなか前へ進まなかったが、今日は雪が降っているので、少年が楽しみに欠くことはない。

 そのうち少年の番になった。少年は手に持っていた券を、目前にいたロボットへと見せた。ロボットは顔にあたる部分につけられたカメラの焦点を少年と配給券へと向け照合したのちに、背後に山のように積まれた食料を取り出して渡した。


「オキヲツケテ」


 とても少年だけでは持ち運ばない量だったので、配給所のロボットが荷運びようの小型ロボットをつけてくれた。


「ありがとう」


 礼を言って、少年は弾むような歩き方で家への帰途についた。少年の頭の中では、もう帰ったあとの遊ぶ予定を考えていた。

 家に帰ったら、とびきりでかい雪だるまを作ろうか。友だちを呼んで雪合戦をするでもいいかもしれない。何しろ雪が積もっているのだ。楽しみ方はいくらでもある。

 少年は体が濡れるのも気にせず雪の日を目一杯に楽しむつもりだった。

 

 その姿を、街の、一際高いビルから覗く者があった。

 この地区一帯の管理を任されている部署の者で、ロボットだった。配給所にあるロボットよりも精巧で、人よりも賢くできていた。

 そのロボットは、オイルの入ったカップ片手にとなりの同僚に話しかけた。


「どうして、上の人間は意味もないのに雪を降らせるんだろうね」


 同僚ははしゃぐ少年の姿を見つめたまま言った。


「過去への憧憬だろうね」

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