ダウンロード・コンテンツ

「せっかくの自分だけの人生なのに、ダウンロード・コンテンツに手を出し過ぎているやつが多過ぎる!」


「……ダウン――……コンテンツ……、ああ、ゲームで言う、追加データ、だっけ……? ゲーム好きらしいお前の表現の仕方なのは分かるが、もっと分かるように言え。

 ……人生をゲームだとしたら、だろ?」


「人生はゲームだ」


 だんっ、とジョッキをテーブルに叩きつける。酔ってるなぁ……。仕事からの帰路の途中で乱暴に呼び出されてきてみれば、先に居酒屋でしこたま酒を飲みやがって……。

 乾杯くらい一緒にさせろよ――。


「あ、どうも」


 店員さんから、さっき頼んだ酒が届く。あまりアルコールに強くはないので、ソフトドリンクに似た酒だ……、毎回ここで思うけど、ソフトドリンクに似た酒ならソフトドリンクを飲めばいいのでは? と思ってしまうが……、まあ、付き合いだ。

 幼馴染が相手でも、ここは空気を読んでおこう。


「お前、仕事は? この前、決まったとかなんとか……」

「辞めた」

「なんで」

「上司がムカつく」


「……それだけで辞めたのかよ……。こんなところで躓いていたら、社会復帰は遠のくばかりだぞ? ニート生活を辞めたいから、必死になって頑張ってたのに……一瞬の判断で全てをゼロに戻すなんてもったいなくないか?」


「もったいなくねえよ。あのままがまんしていたら、相手を殺していたな……、そっちの方が最悪だろ。辞めただけなら会社を変えればいい……、だけど殺していたら、不必要な枷が手足にはめられ、これから動くことになる。そんな縛りプレイじゃ、俺の人生はクリアできねえ」


 人生・ハードモードの方が忙しくて楽しいだろ、と言って縛り出したのはお前の気がするけど……、酔ってるから覚えてないか。


 ハードからイージーに戻すにはもう手遅れだ……不可能とは言わないが、難しいだろう。

 ニートでいた五年ほどのブランクはなかなか取り戻せない。


「嫌なやつともつるんでいくのが人生だよ。話せば経験値が貯まっていくんだ、それはお前にとっては良いことばかりのはずだろ?」


「人付き合いはダウンロード・コンテンツなんだよ。

 人と関わらなくとも、経験値は少なからず得ているもんだ」


 ……ふうん。

 さっき言っていたことは、こういうことか。


「ゲームはよ、パッケージとして出た分で完結してんだ。オンラインゲームでシナリオが追加されるのはまた別だが……、基本、ダウンロード・コンテンツはパッケージ内容のメインのゲームに飽きた、それでもまだ遊びたいプレイヤーが追加して楽しむものだ。

 ……人生だってそうなんだよ。

 人付き合いは必須じゃない。自分の人生は自分一人で生きられるようにできている。他者を必要とする人生なんか、ゲームとしてバグだらけじゃねえか!」


 こいつが言っていることは親や兄妹は弾かれているんだろうな……、他人との人付き合いをするべきか、維持するべきかを考えた時、不要であると言っている。


 まあ、先輩後輩、友人、彼女……子供を作ることは推奨されているとは言え、必須ではない。

 作らなかったからと言って死ぬわけではないのだから、いらないものであるとも言える。


 食欲、睡眠欲……これらは消費しなければ死ぬのだから、自然と手が伸びるようになっている……。しかし性欲は違う。必ずしも手を伸ばさないといけないことではない。


 世界に生まれてから、多少は親の手が出るとは言え、大人になってしまえば一人でも生きていける。人付き合いをする必要はない……、もちろん、それを楽しんでいる人もいるだろうし、その方が多いだろう。一人でいることが悪ではないが、少数派であることは確かだ。


 全員がインドアなら、休みの日に外に人なんていないし。


「自分の人生というメインシナリオをクリアする前に、ダウンロード・コンテンツに手を出してッ、友達だ彼女だ子供だ!? そんなもん勇者として旅立ったのに、魔王を倒さないまま途中の村のミニゲームでひたすらハイスコアを更新し続けているようなものじゃねえか!!

 そういうのは魔王を倒してエンディングを見てからにしろ! そして、メインシナリオのエンディングは人としての死だっ、メインシナリオを最後まで楽しむ俺には、ダウンロード・コンテンツを旅半ばで始める気も、エンディング後に始める時間もねえんだよッ!!」


 店員さんを呼びつけ「――おかわりッ!」と頼むこいつはこんな調子でさっきまで店の中で暴れていたのかもしれない……迷惑な客だ。


 やってきた女の子の店員さんも慣れた様子だが、表情がひきつっているので良くは思われていないらしい……、金を落とすだけでは好かれないのか……。


「で? 人生がメインシナリオのお前は、なにをクリアとしてるんだよ。まさか寿命までじっと黙って生きていくつもりか? 魔王の城まで一直線の道をボタン長押しで進んで辿り着くゲームを、お前はクソゲーと評価するだろ」


「仕事をして、人並みの生活を手に入れる……、俺にできることを真面目にやって、稼いで、俺一人が生きられる貯金をして……、世界に溢れた娯楽を楽しんで死んでいくんだ……」


 追加で頼んだ酒を飲みながら、うぅ、と声を漏らす……。

 泣いてるのか? 酔いで吐き気があった、ってわけじゃないよな?


「誰とも関わらずに、生きていくメインシナリオ……。

 でも、それが人生なんだから仕方ねえだろ!」


「多少の人付き合いはメインシナリオに組み込まれてそうだけどなあ……」


 ここまで喋ってから、前提をひっくり返すが、人付き合いは別にダウンロード・コンテンツじゃないし。それこそが人生のメインシナリオであると言える。


 確かに必須ではないし、誰とも喋らずとも生きてはいけるだろう……大きな感動はないが。まあ、面倒なことがないのは利点かもな。

 トラブルがない、というのはでかい。


 だけど、それは楽しいのか? さっきの勇者と魔王でたとえれば、これこそがボタン長押しで辿り着く、障害が一切ない直線の旅なのではないか。


 旅じゃないな……こんなの移動だ。

 シームレスな移動だ。

 点から点へ移動できないとクソゲーって言うのだろうか?


「俺だって……っ、ダウンロード・コンテンツ、遊びたいさ……」


「メインシナリオをクリアしてからじゃないと遊ばない派だろ、お前は」


「死んでからダウンロード・コンテンツに手を出そうとしても、もう死んでんだから意味ねえだろうがッ!」


 メインシナリオのクリアが『死』って言うのもおかしいけどさあ……。

 こいつは自分で決めたルールに縛られ過ぎてる。ちょっとは緩めたっていい気がするけど。


 あと、メインシナリオを進めながらダウンロード・コンテンツを遊んでもいいじゃん。

 なにがダメなんだ?


「それは……負けた気がするだろ」

「お前はもう負けてんだから気にすんなよ」


 社会の中で生活することが勝ちってわけじゃないが……、一度、離脱したところで負けってことでもない。

 ただお前の今の状況は、少なくとも勝ちでも勝とうとしているわけでもない……じゃあ負けだって言うしかねえじゃねえか。


「彼女や子供を作って楽しそうに生きてやがる勝ち組の裏で、俺はそいつらにできなかったことをやってやるんだッ! 彼女を作る努力の時間、子供を育てる時間——それらの時間が今の俺にはある! 親になった同世代にはできなかった努力の時間を俺は持ってるんだからなぁッ!」


「ふうん……——で、お前はなにがしたいわけ?」


「………………」


「ない時点でお前は勝てねえだろ」


「……友達も、彼女もいねえ……子供なんて一生ッ、俺には無理だ! 

 今更、ダウンロード・コンテンツに手を伸ばしても掴み取れない俺はもうっ、メインシナリオをクリアするしかやることが――」



「あのさあ、あたしを目の前にしながら諦めるなら、砕けるつもりで言ってみれば?」



「………………お前、だって彼氏が……」


「いねえよ。いたらお前の呼び出しに頷いてここまでくるわけねえだろ。一回だけじゃなく毎週のようにお前と連絡を取ってんだぞ? で、相談も受けて、元気付けて……気づけよ。

 メインシナリオばっかりやってるから、そんなことも分からねえんだ」


 ……ちょっと酔ってきたな。体が熱い――。


「俺、ダウンロード・コンテンツを遊ぶなら、経験値、まったくないぞ?」

「知ってる」

「メインシナリオを進むつもりだったんだ、知識も能力もそっちに振ってねえぞ!」

「分かってるって」


「幼馴染ってだけの関係だろ!? こんな俺のどこが――」


「今でも家族同士の付き合いがある幼馴染の関係性をなめるな。そして、あたしのメインシナリオはあんたと一緒になることだ。

 ……ずっと前にそう決めて、そのために生きてきたんだよ――勝手にバグらせて、進行不可能にするんじゃねえ。あたしだって最初から、ダウンロード・コンテンツに手を出すつもりなんか毛頭ねえんだからな」


「お、お前の、ダウンロード・コンテンツ、は……?」


「お前と逆だ。一人で生きること。趣味に没頭すること……。

 でもあたしはそんなおまけよりも、あんたと生涯を歩むメインシナリオを優先する」


 なにをメインとするのか、なにをダウンロード・コンテンツにするのか、そんなの人それぞれだ。というか、【人生】が【ゲーム】だとしたら、目に見えて起きることの全てが最初に出たパッケージの全てなんじゃねえの?


 追加なんてない。


 そう見えたとしても、最初からこの時期に出てくるイベントだったってわけだからな。



「どうする? 社会復帰の前に、お父さんになってみるか?」

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