あの世はギュウギュウ詰め(短編集その2)
渡貫とゐち
攫われタイムライン
サンタクロースが肩に担ぐような白い袋の中から、ひょこっと顔を出した少女がいた。
乱れた金髪、寝起きから間もなく、袋に詰められ移動させられたノーメイクである。
「え、え!?」と動揺する彼女だが、あまりにも早く冷静さを取り戻した。
「――あ、なんだ、いつものか」
「いつものってなんだ! 自覚があんのかあんたには!」
「外に出れば誰かしらにこうして攫われるもん……、縄に手錠に鎖に猿ぐつわ――袋に檻も体験済みなのよ、慣れるものでしょ。
今回はお城の中の、しかもわたしの部屋で寝ていたのにもかかわらず攫われるって……もうさ、対処のしようがなくない?」
攫われ慣れているせいか、彼女の全体重が袋を担ぐ男にかけられ、ずしっと重たくなる。
完全に脱力している彼女は、こんな状況でもリラックス状態だとでも言うのだろうか。
「足下に気を付けてね」
「クソッ、のん気なお姫さまだぜ……ッ。言わるまでもなく攫った後のルートは確認済みだ、足場も把握している……状態は悪いが、崩れることもない調査済みの民家の屋根だぜ」
「関係ないって」
男が聞き返すよりも早く、だ――男が踏んだ屋根が……抜けた。
ずぼっと足が膝まで埋まり、バランスを崩した男の体が前のめりに倒れる。
咄嗟に袋を離して屋根に片手をつくが、壊れた屋根の一部の破片が上を向いており、男の顎がちょうどそこへ突っ込んだ。
「がふっ!?」
顎に入った一撃が脳を揺らし、男を気絶まで追い込んだ。
――偶然の不幸。
ただしこれは、発端は攫われたお姫さまである。
「わっ、きゃっ!?」
屋根の斜面を転がり落ちていく袋の中のお姫さま。当然、途中で止まることなく民家の上から落下し――、だが、彼女が地面と衝突しなかったのは、下にもう一人いたからだ。
「よし、漁夫の利、もーら」
い、と言う前に、受け止めた袋の中から、彼女のかかとが偶然にも受け止めた男の眉間に突き刺さる。袋の中で体勢を変えたタイミングだったのだ……、一瞬でも遅れていれば、ずれていた着地ポイントが、こんなところで合うとは……やはり、不幸である。
一撃で意識を奪われた男が倒れ、彼の上に着地した彼女は無傷である。緩んだ袋の口から這い出てきた彼女は、ノーメイクどころかベッドで寝ていたままのネグリジェである。
下着が見えそうな、透けた刺激的な格好である。
(おい、次はお前が攫いにいけよ……っ)
(嫌だよ……これで何人目だ? 百人斬りされてるんじゃないか……? お姫さまを攫うだけの簡単な任務のはずなのに、ばたばたと刺客が倒されていくのは不幸で片づけられるのかよ……こんなの呪いって言われた方がまだ納得できるぞ……っ!)
不幸の発端はお姫さまである。罪人でもなければ未来の危険人物というわけでもない。十四歳で年相応の……、まだまだ発展途上のお姫さまである。
国民からの人気もあり、誰に向けても分け隔てなく接する愛嬌がある女の子だ……。自分を攫った刺客に忠告をするほどだ、理不尽な対応に怒ってもいいくらいなのに、彼女はそんな素振りを一切見せない。いくら慣れているとは言え……、
私怨が絡んだ理由はなく、ただお姫さまというだけで攫われる彼女は、その段階で不幸である。そしてそんな彼女の不幸は、動けば膨らんでいくのだ……しかも雪だるま式に。
動かなければ時間経過と共に落ち着くはずだが、刺客としては、攫っている現時点でじっとしているわけにもいかない。
任務達成のために動けば、もれなく不幸もついてくるという――、敵がいないことを基準に低レベルの任務だと設定されているが、事実上、最大難易度の任務なのではないか?
新入りの『悪の刺客』たちを振るい落とすにしては、求められる技量が高過ぎる。振るい落とすには持ってこいだが、これでは全滅が濃厚だ。
数が減れば攫いやすいというわけでもない。ライバルもいないが、同時に協力者もいないのだから……、ただでさえ高い難易度が、さらに高くなるだろう――。
刺客たちは気づき始めている……これは任務達成が合格なのではない……彼女の不幸に『振るい落とされない』ようにする試験だと。
無理に挑んで不幸の餌食になるよりは、状況を見て引く選択もありだ。制限時間内に不幸の餌食になっていなければ、まだ合格の可能性はある……。
外から窺うのが最適解だ。
「おい、誰もいかねえならオレがいくぞ」
と、刺客の中から一歩前に出ていった男がいた。白い袋の上でちょこんと体を丸めて座り、寒さに堪えている少女を抱える。狙ったのかどうか、お姫さま抱っこだ。
「わっ!?」
「寒けりゃしがみついてろ、人肌じゃねえが暖が取れるだろ」
季節は冬だ、ネグリジェだけでは寒いだろう……。この格好だと室内にいても寒いはずだが、徹底して温度調整がされていればここまで薄着でも問題ないのかもしれない……。
さすが、お姫さまである。
「今日は船? 気球? また無人島に連れていくの?」
「は? ……そんな大がかりなことはしねえよ、攫って、とりあえずどうすっかな……」
連絡をすれば、上司から指示があるだろうが、とりあえずは隠れ家である地下室にでも――、
「え、そんな近場でいいの? 早くしないと『あの人』が駆けつけちゃうよ?」
「あのひと――、ッッ!?」
男が振り向いた時には、既に刃が喉元に添えられていた。
……横へ軽くスライドさせるだけで、首が切断されるだろう……、
それほどの近距離に、『彼』はいた。
「騒ぎを辿れば姫さまがいる……常識だぞ――と言うには、攫われることに慣れ過ぎていますかね……」
「わっ!? ……最速じゃない? 今日は早いのね、騎士さま」
「今回の刺客は数が多いだけで、実力者ではありませんからね。もっと上の連中であれば手際良く、俺に勘付かれずに島の一つや二つ、渡ってしまいますから……。
世界の裏側まで連れていかれてしまっていたでしょう……、だとしても不幸の連鎖を辿っていけばすぐに分かりますけどね。
発信機などなくても、あなたの居場所がすぐに分かるのは不幸の利点ですね、姫さま」
「わたしを攫って痛い目を見るのはみんななのに、どうして飽きもせずにわたしを攫うんだろうね……、色々なところにいけて観光できるから、わたしは良いけど!」
「助けにいく俺の身にもなってくださいよ……、駆け付けた時には既に、相手は大半、疲弊しているので歯応えがまったくないんですよね……。
最近はもう、俺たち救出班も小旅行気分ですよ」
「それはそれでどうかと思うけどねっ!」
最初こそ必死になって救出作戦を決行していたが、次第に先と結果が見えてきたので、救出する側も手を抜くようになってきた。
いざ助けに敵陣地へ踏み込んでみれば、姫さまは寝転んですやすやと眠っているし、敵の本拠地は壊滅状態に近いしで、これまでの必死さが笑われているように感じたのだ。
そのため、いつからか、のんびりと救出に向かうことが常態化していた。
これは救出側と刺客たちの戦いではなく、
姫さまが抱え、膨らませる不幸と、刺客たちの戦いである。
竜巻の真ん中にいる姫さまは、案外なんともないのだ。
「お、お前らは……ッ――クソ、攫うことが簡単にできるのは、その後の対処に負担がかからないからか!? 警備を徹底するコストをかけるくらいなら、攫われてしまえば勝手にこっちが疲弊することを狙って、警備を手薄にしてやがったのか……ッ!」
「まあ、すぐに攫われるのは問題だが……、しかしどれだけ徹底して警備を増やしても変わらないだろうな。そもそも不幸の発端は姫さまなんだ、警備の強度は関係ない。
無条件で攫われるのが姫さまの唯一にして最大の不幸なのだからな」
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